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第七章 Just the Beginning 4

 五月三一日。午後六時三五分。

 カラーズ・ネスト関東第三支部、代表執務室。


「はぁ……」


 椿の精神的疲弊が息となって放出され、広々とした室内に溶けて消えた。


「これで一五〇回目です。もうそろそろ気を鎮めてください。暗澹とした気持ちがこちらにも感染しますので」 

「そんなこと、わかってるわよ」


 口ではそう言いながらも、体は心境に対し素直な反応を示した。

 一五一回目のため息を吐き出す彼女に、副官は肩をすくめる。


「貴女がどれだけ心を痛めようとも、決定は覆りません。明日、ブラックは本部へと搬送され、速やかに処分されるでしょう。我々と人類のために」


 どこかしら嬉々とした様子で、冴子は述べた。

 無理もない。この副官もまた、一四年前暗人によって人生を狂わされている。

 彼女が抱くブラックへの憎しみは、きっと計り知れないものだろう。


 その気持ちは痛いほどわかるが、そうはいっても今回の処分対象は椿にとって特別な相手だ。素直にめでたしめでたしと断ずることはできない。


「……なんか、疲れちゃったわ」


 弱音のつもりで紡いだ台詞だったが、冴子はそのままの意味で捉えたらしい。


「正直に申し上げれば、私も非常に疲れました。今月は色々と大変でしたからね。ブラックの出現だけでも気が滅入るというのに、ベヒモスの発生数が平常時の三倍近くという異常事態まで重なりましたから。本当に、今月は慌ただしかった」


 彼女の発言に、椿は奇妙な違和感を覚えた。


 何かが引っかかる。何かを見落としている。

 そんな気持ちだ。


 今月は義人のことで手一杯だった。なので、それ以外のことは何も考えられず、結果として、大きな失敗を見逃していてもおかしくはない。


「ねぇ、冴子。ブラックの一件も終わったことだし、ちょっと落ち着いて、今月について色々と振り返ってみない?」

「そうですね。ブラックにかかりきりで正確な判断ができていなかった仕事もありそうですし、その反省として、今月のことをまとめてみましょうか」


 頷くと、副官は五月の出来事について語り始めた。


「通常業務については、まぁそうですね、目だったミスはなかったように思います。ブラックの討伐が成功するかどうか、不安材料となるのはそれだけでした。何せベヒモス討伐システム及び住民の避難システムは完成されていますから。奴等については深く考える必要がありませんでした。とはいえ、今月は先程も申し上げた通り発生数が異常でしたからね。現場の者達は大変だったことでしょう」

「その反面、自衛官達が出張る回数も増えて、人員の確保数もかなり多かったのよね?」

「えぇ、今月はなぜか同じ場所にばかり出現していましたから。自衛隊駐屯地近くのエリアもまた結構な回数現れておりまして、その結果先月の五倍の人員増加となっています」


 副官の報告内容に、椿はまたもや引っ掛かりを感じた。


 今回はぼんやりしたものではなく、ある程度はっきりとしている。もう少しで、何かが出てきそうな感じだ。


「色々と思い返してみますと、ブラックに関連する事項を除けば、やはり今月はベヒモスについての異常現象が目立っているように思います。発生率の上昇、同一地区での出現回数、これを除けば、そうですね……今月県内に現れた中位ベヒモス一五体のうち、七体が虹色の粒子となったこと、ですか」

「虹色の、粒子……」

「えぇ。粒子化したベヒモスの色はおおよそ淡いオレンジ。他にもまれに青、赤、黄、紫、緑など、様々なものが確認されていますが、虹色というのは珍しい。少なくとも、私は初めて見ましたよ」

「虹色……虹………………………………まさか、いや、そんなことは……」

 

 椿の脳内に、一つの情報が浮かび上がった。


 それは単なる偶然や与太話の類として片づけられていた“法則”だが、もしそれが事実だとしたなら――


 最悪の事態だ。


 ありえないと思いながらも、椿は机の引き出しを開け、県内の地図を取り出した。


「ねぇ冴子、あんた、ベヒモスが出た場所覚えてる?」

「いえ、申し訳ありません、正確には、ちょっと……」

「だったらデータを持ってきてちょうだい。今すぐに」


 首を傾げながらも副官はその命令に従い、部屋を出た。

 それからしばらくして、彼女が何枚かの書類を持って帰ってくる。


 その後すぐ、椿はペンを握り、次の指示を出した。


「どこからでもいい。今月ベヒモスが出現した場所を読み上げなさい」

「はぁ、では――」


 淡々と地名を述べていく冴子。その場所にペンで印を打っていく椿。

 そして、最後の場所が副官の口から放たれたと同時に。


「嘘、よね? いくら、なんだって、そんな……そんな偶然、あるわけが……」


 椿は瞠目し、冷や汗を流した。

 その様子を見て、副官は強い不安に駆られたらしい。


「あの、どうなさったのですか? 何か、問題でも?」

「……冴子、あんたさ、上位ベヒモスの発生法則って、知ってる?」

「い、いえ、存じ上げません」

「ちょっと前にね、休憩時間に息抜きでネットサーフィンしてて、それで、都市伝説系の噂をまとめてるサイトを見た時のことなんだけど……そこのサイトでね、どこぞの学者が提唱した論文について取り上げてるページがあったのよ。その内容は、上位ベヒモスの出現には法則がある、みたいなやつだったわ。結構興味深い内容だったから思わず読み込んじゃったんだけど、その時は本気にしてなかった。だって、上位は今まで三回しかやってきてないもの。どうせ全部偶然、そう思ってページを閉じた。けど……その法則が、今回全部当てはまってるのよ」

「……詳しく、ご説明を」


 生唾を飲み込む副官に、椿は小さく頷いた。


「まず第一に、ベヒモスの出現頻度上昇。上位が出現する兆候として、月初めから月の終わりまで、毎日ベヒモスが出現する、らしいわ。第二に、粒子化した中位ベヒモスの色。上位が出現する前、中位レベルのベヒモス七体前後が、虹色の粒子になっていた、とか。第三に、一定範囲内の出現地点。月末日に、月内のベヒモス発生箇所を引き結ぶと、非常に正確な七芒星を描くことができる……」


 そう言って、椿は副官に地図を見せた。

 同時に、相手の体がびくりと震える。


 県内に付けられた、発生箇所を示す印。それが線で結ばれ、綺麗な七芒星ができていた。


 心臓の鼓動が早くなっていくことを実感しながら、椿は口を開く。


「最後に……出現場所と、時間。上位ベヒモスは七芒星の真ん中に現れる。そこは県内で言うと、ここ、相楽市明浄通り。そして上位は――七時七分に、やってくる」


 弾かれた様に、副官が時計を見る。

 彼女の視線の先、壁に掛けられたそれが示す時間は。


「午後、七時七分……」


 その言葉が紡がれた直後、アラーム音が鳴り響く。


 二人が思わず息を飲んでから二〇秒後、次は電話が音を生んだ。


 まるでホラー映画の登場人物にでもなったかのような気分で、椿は受話器を取る。


 相手から伝えられた情報により、彼女は理解した。

 悪夢が、始まったのだと。


『し、支部長に緊急伝達ッ! 県内全域に無数のベヒモスが発生! それらはほぼ全て下位三階級ですが、め、明浄通りに現れた個体は…………上位! 上位三階級第一位、セラフィムですッ!』



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