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第七章 Just the Beginning 2

「さて、長々と説明しましたが、わたしの意図がわかりますか? わかっていなさそうなので教えて差し上げます。あの時、糞色頭をブチ殺そうとしていたあなたは最高でした。まさにわたしの理想です。そして、あなたはわたしの計画通りエネルギーの供給を願い、衝動に身を任せた。その際、わたしがどれだけ幸せだったか、あなたにわかりますか? 糞忌々しいアバズレばかりを見ているあなたを、ようやく振り向かせることができた。これで自分達は結ばれる。わたしの思惑通り、あなたは皮を脱ぎ捨て、わたしと同じ闇の塊となってくれた。その状態であなたを食べる。そうすることこそが、わたしにとって真に結ばれるということ。善人面した偽物のあなたではなく、本当のあなたと共に呪わしい相手を八つ裂きにして、それからゆっくり、秘め事を行うかの如くあなたの心を食べて、それで、あなたと一つになりたかった。なのに…………なのに、なんですか! あれは!」

 

 唇が触れ合いそうなぐらい近づけられた彼女の顔が、激情に染まった。

 声にもそれが反映され、その口調が今まで聞いたことのないものへと変化する。


「あの女が来た途端、あなたは元に戻ってしまった! あいつの姿を見た途端、一瞬で! そんなこと、絶対ありえないというのに! その時わたしが何を思ったか、あなたにわかりますか!? あんなにも腹立たしい気持ちになったのは初めてだッ! あなたはあの糞女が来た瞬間、わたしから目を背けやがった! ようやく、ようやくわたしのことを見てくれたと思ったのにッ! あいつのせいで何もかも台無しにされてしまったッ! あああああああああああああああああああ! 呪わしい! 呪わしい、呪わしい、呪わしい、呪わしい、呪わしいッ! あの女が呪わしい! あいつがいなければ、あいつがいなければ、あなたはわたしのものなのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 金切り声のような不快音をまき散らし、床に届きそうなくらい長い黒髪を振り乱す。


 そんなイヴを冷めた目で見ながら、義人は言葉を送る。


「僕が君と結ばれることなんか未来永劫ありえない。それが理解できたよ。ありがとう」


 その矢先、相棒の顔がまさに鬼相となった。

 底冷えするような怨念を湛えた金色の瞳が、少年を睥睨する。

 

 そうして、イヴは唇を震わせながら言葉を紡いだ。


「言い忘れてました。我々の扱うエネルギーの危険性について。用意されているそれの量は無限と言いましたね? となると、わたしが与えることのできる分量もまた無限ということになります。ですが、そのようなことをしたなら、人間の心は持ちません。あえなく発狂し死に至ることでしょう。つまりねぇ、義人…………わたしはお前の生殺与奪を握ってるってことだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 次ッ! わたしに供給を望む場面があったならッ! わたしはお前を殺してやるッ! わたしの方を向いてくれないのなら! わたしのことを好きになってくれないのなら! わたしのものになってくれないのなら! いっそこの手で殺してやるッ! なんとか言え、この野郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 荒れ狂う相棒に、少年は薄く微笑んだ。


「なんだ。ちょっと前にしつこく言ってたあれ、本当だったのか。じゃあ、今すぐ殺してよ。次とか言ってないで、今すぐ殺してほしいな」


 その言葉に、イヴは大きく目を見開いた。

 そんな彼女を見つめながら、義人は続ける。


「どうしたの? 早くやりなよ。僕が望んでるんだからやれるでしょ? もうどうでもいいんだよ自分の命なんか。むしろ生きていたくない。だから、早く、僕を殺してくれ」


 心から願う少年に、相棒は全身をわなわなと震わせ、その瞳から血涙を流した。


「できるわけ……ないでしょう……! この、この……この、卑怯者! お前なんか大嫌いだッ! 死んでしまえッ!」


 真っ赤な涙を散らしながら叫ぶと、彼女は姿を消した。


 残念に思えてならない。

 これで救われる。これで、自分を許せる。そう思ったのに。


 己の生にタイトルをつけるとしたなら、裏切りという言葉がふさわしい。

 誰かに裏切られて、その果てに信条を裏切った。そのうえ愛する者を傷つけたのだから、只野義人という人間は万死に値する。


 罪を償うため。これ以上苦しまないため。一刻も早く、死を与えてもらいたい。


 それを叶えられる人間が、機を見計らったかのように現れた。


 玄関のドアを開く音。次いで近づく足音。最後に――室内へ、椿が一人で入ってくる。

 そして、彼女らしい単刀直入な言葉が送られた。


「義人、あんたは死ななきゃいけない人間よ」


 間髪入れず、彼女は話を続ける。


「あんたがなったのは、ブラックっていう化物。最初に現れたのは、一四年前の日本と言われてるわ。で、一番初めにブラックになったのは、あんたの父親、只野暗人。あいつはあたしが殺した。それで、次はあんたを殺す。実行者はあたしじゃない。でも、悪いのは全部あたし。だから、恨むんだったら全部あたしを恨みなさい」

「僕は、誰も恨まないよ。もちろん、叔母さんのことだって」

「……ブラックっていうのはね、人類にとっても、カラーズにとっても邪魔な存在なのよ。人類側にとってはベヒモス並かそれ以上の脅威。カラーズにとっては自分達の立場を危うくさせる存在。特にカラーズの側からすると、何があろうと駆除しなきゃいけない対象なの。あんたもカラーズの立場が微妙なバランスでプラスの位置にいるってこと、理解してるでしょ? あたし達はね、あらゆる手段を使って印象操作してんの。カラーズは英雄であり、人類に必要な存在だと、そう認識されていなきゃいけない。そうでないと、いずれ人類はカラーズを排除しようとする。ホモサピエンスがネアンデルタール人を滅ぼした時の様に、カラーズが新人類として旧人類を滅ぼす。人々がカラーズを恐れ始めたなら、そんな考えを持つ連中が力を持つようになるわ。その結果、人類とカラーズは全面戦争を始めてしまう。……大げさかもしれないけれど、危険性は十分にあるのよ。それで、ブラックっていうのはまさに今まで積み上げてきた印象操作をブチ壊しにする爆弾なの。カラーズは危険であると世間にアピールするような、そんな存在なの。だから、あたしは人類のため、カラーズのため、あんたを殺そうとしたし、これから殺そうとする。けれど、あたしはあんたに悪いとは思わないわ。だってあたしは間違ったことなんか――」

「叔母さんってさ、全然変わらないよね。特に、そうやって自分に罰を与えようとするところとか。お願いだから、そんなことしないで。叔母さんが悲しいと、僕も悲しくなる」


 落ち着いた声でそう諭すと、彼女は沈黙した。

 その瞳に滲む水滴は、きっと目の錯覚か何かだろう。


 そう判断しながら、義人は最愛の家族へ向けて、懇願の言葉を述べた。


「何も気にせず、僕を殺してよ。“母さん”」


   ◆◇◆


 午後六時三〇分。ベルズタワー。エレベーター内にて、


 香澄は軽い気だるさを感じながら、目的地への到着を待った。


 目が覚めたのはついさっきのこと。それからすぐ、彼女は医務室を抜け出し、今に至る。


『一時はどうなることかと思ったが……ヌシが生き延びてくれて、私は嬉しいよ』

「心配をかけたな、ユキヒメ。すまなかった」

『うむ。あのようなことは二度とするな。と言いたいのだが、ヌシは聞かんものなぁ』

「それについても、申し訳なく思う。だが、命を惜しんでいては成せんこともあるのだよ。許せ、ユキヒメ」

『やれやれ、本当に頑固者だなぁヌシは。ま、私が言えたことではないがね』


 ふっと微笑む香澄。そして、彼女を乗せた籠が目的の階で停止する。


「さて。あいつは、いや、あいつらはどうしているかな」


 エレベーターから降り、フロア内を進む。


『最初はどちらにいくつもりだ?』

「まずは天馬、だな。私の予想が正しければ……急がんと手遅れになりかねん」


 顔に緊張が張り付く。歩調が速くなる。

 スピーディーな足取りで自部屋前へと着くと、ドアノブを回し、内部へ。


 その途端。


「天馬ッ! おい、天馬ッ! ふざけんなよ、てめぇ! 早くここから出やがれ! マジで死んじまうぞ!」


 ヴァルガスの悲痛な叫びが、耳朶を叩く。


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