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第七章 Just the Beginning 1

 五月三〇日。午後二時一五分。

 カラーズ・ネスト関東第三支部。代表執務室。


「マスコミへの圧力、念入りなデータ収集、計画の練り上げ……それがまさか、このような結末になろうとは。責任を問うつもりはありません。そのようなことをしている暇があるなら、今後の方針について話し合った方が建設的です」


 室内に副官、冴子の刺々しい言葉が浸透した。


「現状を再確認しましょう。ブラックの討伐に参加した面々に死傷者はゼロ。大半は無傷でしたが、神代天馬、白柳香澄の両名は重傷を負いました。特に白柳香澄は瀕死まで追い込まれ、未だ目覚めていません。神代天馬については、体の傷ならば白柳香澄と同様医療班の異能によってすぐさま全快しました。しかし、精神汚染の影響でまともに戦える状況ではありません。そして最後に、ブラック。奴は現在も人間の姿で昏睡しています。倒れ伏せていたところを回収し、複数の手段で抹殺を試みましたが、その度に黒い壁が妨害しことごとく失敗。その後、奴にあてがったベルズタワーの一室に放置。二四時間の監視態勢で動向を観察中です」


 自分達の今を淡々と語り紡いだ後、副官はこれからの行動について自論を提案する。


「神代天馬が使い物にならない以上、ブラックを討てるだけの戦力は皆無と言わざるをえません。……貴女が動いてくださるというなら、話が変わってきますがね。ですがそれは望めそうもありませんので、私としては本部へ奴の身柄を預けるべきかと愚考します」


 是か非か、返答はいかに。副官の視線はそう尋ねていた。

 

 椿は執務机に両肘を置き、顔の前で手を組んだ。


 冴子の提言は、今取りうる最良の選択である。

 自分達ではどうやってもブラックの討伐は不可能と言っていい。さりとて、本部に引き渡したならそれも変わってくるだろう。


 あそこには化物が多く属している。彼等が総動員したなら、あるいはブラックを討てるかもしれない。

 少なくとも、自分達が対応するよりかは可能性が高いと断言できる。


「……あんたの提案を採るわ。すぐに本部へ連絡してちょうだい」


 口にする前からそうだったが、口にした後、より気分が悪くなった。


 だがそれでも、決定を変更することはできない。

 責任ある立場として、自分は最良の選択をしなければならないのだから。


 そして副官が返事をし、室内から出ようとした寸前。

 執務机の上にある、内部連絡用の電話が音を生んだ。


 いかなる報告事項か、と思い、椿は受話器を手に取り耳に当てる。


『第一オペレータールームから支部長へ。ブラックが覚醒しました』

 

   ◆◇◆


 同時刻。ベルズタワー。


 全身を包む柔らかい感触。それを認識したことで、義人は己の生を実感する。


 そうだからこそ、彼は顔をしかめた。

 あれで、死ねたと思ったのに。

 深い絶望で胸を痛めながら、少年は瞼を開ける。と、その濁った瞳が、見慣れた顔を映した。


 イヴ、である。彼女の可憐な美貌がすぐ目前にあった。

 鼻と鼻がくっつきそうな場所で、相棒は頬を膨らませ、眉間に皺を刻み、黄金色の瞳でこちらを睨んでいる。 


「……あなたという人は、なぜわたしの気持ちをおもんぱかってくれないのですか。あの時、わたしの防御が間に合ったから良かったものの、もし後一秒でも遅れていたならあなたは死んでいました。もう二度とあのようなことはしないでください」

「……余計なことをしてくれてありがとう」


 義人は彼女から顔を背け、呪わしげにそう言った。


「わたしに実体があれば、と思わずにいられませんねぇ。もし実体があったなら、あなたを張り飛ばして差し上げますのに」


 その声は普段の無機質な棒読み口調、ではなかった。

 感情をむき出しにした、非常に人間らしい音色だ。


 その調子で、イヴは言葉を続ける。


「お話していませんでしたので、ブラックの力について教えてあげましょう。ブラックというのはカラーズに類似した特徴を持つ存在ではありますが、能力発動の機構などは完全に別物です。カラーズは自身の精神力を対価にして力を使いますが、あなたは神が用意した無限のエネルギーを肉体に供給し、それを対価にすることで力を使います。カラーズの場合ですと精神力が切れた場合、力はしばらく一切使えなくなりますが、ブラックにはそういったエネルギー切れなどありません。永遠に戦い続けることが可能です。後、所持する能力ですが、これは神がカラーズに与える異能+ブラック固有の力、計六六六種をあなたは持っています。といっても、使用可能なのは今の姿ですと五〇種、変身して八〇種。そこからさらに形態を変えていく毎に使える力が増えていく、といった具合です」


 そこで一区切りすると、彼女はさらなる詳細を話す。


「あなたが使用する力の強弱は供給するエネルギー量によって変化するわけですが――一定レベルまでなら“あなた”が供給権を握ります。しかしそれ以上となりますと、“わたし”が権限を持ちます。例えばあなたが自己意思で供給可能な分量を一〇とするなら、それ以降はわたしの裁量でどれだけエネルギーを得られるかが決定される、というわけですね。つまり、あなたは五〇欲しいと願っても、わたしが二〇しか与えないとしたらその分しかあなたは得られません。まぁ、実際は“その逆”しかやらないつもりですけど」


 一息吐いて、イヴはさらに続けた。


「いくらド低能なあなたでもさすがに気づいているとは思いますがね、我々が取り扱うエネルギーには色々と特性がありまして。前提事項として、あなたが自己意思で供給できる分量であれば完全にクリーンです。それ以上の分量になると、まず第一に麻薬的快感を与えます。これは供給量によって度合いが変わりますが、どうであれ、第二の特性、破壊衝動・殺戮衝動を引き起こします。意志が弱い者なら、早い段階でそれに身を任せるでしょう。で、そうなった場合、第三の特性、フェアリーとの一体化が始まるのですよ。この現象をあなたが最初に体験したのは、あの液体型の個体と戦った時です。その際のことを例としてご説明しましょう。あの時、あなたは自己意思で供給可能な分以上のエネルギーを望んだ。わたしは計画上あそこであなたに膨大な量を渡すわけにはいかなかったので、必要最低限の分量を与えました。で、あなたはそれによって快感を覚え、液体型を殺したいという衝動に身を任せた。それにより、わたしとあなたは僅かながら一体化したのです。その結果、わたしは一体化の度合いに見合った分あなたの人格と心を食べる権利を得ました。あなたが悶え苦しんだのはそのせいです。あの時は二パーセントにも満たない量しか食べませんでしたが、残り約九八パーセントをいただいたなら、あなたは完全にわたしと一つになります。そうなれば、あなたはわたしと同じ意志で行動するようになる。わたしの完全な理想的パートナーとして、世界を滅ぼす存在となるのです。……昨日、それが叶うはずだったんですがねぇ。思惑通りにならなかったので食べる権利は放棄しました。なので、また計画を一から練らなければいけません。残念です」

「……君は随分とそれに執心してるみたいだけど、なんでそんなことがしたいの?」

「理由は二つ。第一に、職務だから。神は試練を与えるのがお好きな方でして。ブラックにも試練を与えようと考えたのです。で、採用したシステムが“己との戦い”というもの。このために、ブラックのフェアリーは特別製となっています。防御系統能力を所持しパートナーを防護可能、というのはもうご存知ですね。話していない部分は後一つ。通常のフェアリーが内面+理想像という形で人格を形成するのに対し、ブラックのフェアリーは内面+認めたくない闇の部分という形で人格が形成されます。そのため、おおよそ一〇〇パーセント、ブラックのフェアリーは世界へ害をもたらすべく、パートナーをたぶらかし、巧妙にその人格と心を食べようとするわけです。まぁ、暴走促進装置としての使命感みたいなものを誕生時点で神から付与されますので、もし万一フェアリーが全うなタイプになってしまったとしてもパートナーを絶対にマイナス方向へ導こうとしますがね。とりあえず要約しますと、わたしが供給するエネルギーがもたらす負の感情と戦い、敗北して身を任せちゃったらあなたの負け、といったところですか」

「……で、第二の理由は?」

「わたしがあなたのことを愛しているからですよ。わたしはね、義人。生まれた瞬間にあなたの記憶を共有し、それによってあなたに惹かれたのです。こんな最低の心根を持つ人間、中々いない。わたしは心底そう思いました。だからこそ、この人と共にありたい、この人と永遠にありたい、それがわたしにとっての幸せなのだと、確信しました」

「一つ目はともかく、二つ目は意味わかんない。僕を愛してるから世界滅ぼすとか、理解できない。そんな必要どこにも――」


 言葉の途中、イヴの態度が豹変した。


 口がへの字に曲がり、目が大きく見開かれ、喋り方が熱の入った早口となる。


「必要? ありますよ。えぇありますとも。どいつもこいつも邪魔なのです。あなた以外の存在は邪魔なのです。背景? そんなもん必要ありません。わたしの目に映るものはあなただけでいい。それ以外の何かはすべからく排除。いらないものは全部消してしまうに限ります。あなただってそれを望んでいるんじゃありませんか? あなたには世界への憎悪が今なお存在する。見えるもの全てが憎い。自分を受け入れない世界なんか壊してしまいたい。その邪悪さ、ドス黒い闇こそが、あなたの本質です。わたしはそこに惹かれました。それが愛しくてたまらない。とにもかくにも、わたしはあなたと一つになり、この世界をわたしと義人だけの理想郷に変えます。そこでわたし達は永遠に生きるのです。それがわたしの幸せですから」


 おぞましい気迫を放ちながら、イヴはさらに言葉を重ねる。


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