第六章 The Finale of The Finale 5
凶面と評するに相応しいヘルムが、さらなる恐ろしさを手に入れる。
三本の角が、伸びた。
額から天を突くかのように一本。両側頭部から後方斜め上へ、山羊のそれの如く捻れた二本。
首から下もまた、人の形状とはかけ離れたものへと変化する。
丸みを帯びていた手足の指が、鋭利な鉤爪へ。
両肩、広背部、肘、大腿など、随所に無数の刺が生え揃う。
首筋近くと肩部のそれは、山のような盛り上がりであった。
その姿は、まさに人でなし。禍々しさの体現。
変化終了と共に、鎧から発せられるエネルギーの奔流は消失。静けさが戻る。
完全な怪物へと成り果てた少年は、血色の双眸で対面に陣取る真紅の鎧を見やった。
刹那、全身を流れる絶大なパワーが暴れ始める。
殺せ、殺せ、殺せ。壊せ、壊せ、壊せ。
脳内を埋め尽くす大合唱は、秒刻みで音量を増していく。
そのやかましい雑音を体外に放出すべく、義人は吠えた。
「オオオオオオオオオオオアアアアアアア――――――――――――ッッ!」
まさしく人外の咆哮。
並び立つ牙の間からそれが放たれると共に、彼の全身から余剰エネルギーが廃棄され、それが漆黒の波へと変わる。
扇状に広がっていく力の塊は、触れるもの全てに破壊をもたらした。
地面がヒビ割れ、一部の建造物が崩壊し、紅い鎧もまた堪え切れず尻もちをつく。
「ふぅぅぅぅぅ…………」
息を唸らせ、全身を脱力させる。
今しがたまで轟いていた鬱陶しい声は消失し、心には静けさと莫大な快楽だけがあった。
もはや負ける気がしない。
虫けらを見るような気分で、敵方を見据える。
視線から心情を察したらしい。
それが気に障ったか、天馬は荒々しく立ち上がり、雄たけびを上げながら踏み込む。
延々とパワーアップを繰り返したからか、奴の接近速度は人外そのものとなっていた。
音の壁を容易く破り、破裂音とソニックムーブを巻き起こしながら襲来。
射程圏に入った瞬間、両の拳に紅蓮色のエネルギーが宿った。
そうして、紅い鎧は利き手たる左拳を振るい、黒き破壊者の顔面へと推進させる。
その一撃もまた人智を超えており、もし不可思議な異能がなかったとしても、地球上の物質ならなんだって壊せそうな威力を感じさせた。
しかし、いかに桁外れであろうと、いかに人智を超えていようと、本物の怪物からしてみれば児戯も同然だ。
音速を軽く超えて殺到する拳だが、漆黒の鎧にとってはハエが止まるような速度。致命的なまでに遅すぎる。
ゆえに、その一撃は軽々と受け止めることができた。
掌に伝わる破壊の感触。
敵方の拳に纏わりつく炎を連想させるエネルギーが、この効果を生んでいるのだろう。
されど、こちらのスペックは先程と比べ物にならない。
自己再生機能もまた段違いにレベルアップしており、紅い鎧がもたらす破壊よりも、回復する速度の方が早かった。
つまり、天馬の攻撃などもはや通じないということだ。
それを奴も感じ取ったらしい。気配に少しばかり絶望感が混じる。
彼のそんな反応に優越感を覚えながら――
義人は軽く相手の顔面を小突いた。
加減しなければ一撃で死んでしまう。だから最低限の力で打ったのだが、それでも矮小な存在には許容外のダメージになったらしい。
紅い鎧の角が粉々に砕け散ったかと思うと、その総身が一直線に吹っ飛び、軌道上にある建物の壁を貫通。
しかしそれでもまだ推進エネルギーは収まらず、二件目、三件目と突き破りながら移動していく。
その様子を眺めながら黒き怪物は異能を発動。
“瞬間移動”により未だ着地できぬ天馬の現在位置、商店街を出た先の道路中央へと飛び、スローモーションのように動く天馬の背部を叩いた。
すると移動方向が変わったので、前もって飛来地点に瞬間移動し、待ち構えて再度打つ。
それを何度も何度も繰り返した。
その様子を傍から見たなら、きっとピンボールで遊んでいるような光景に思えるだろう。しかし、玩具にされているのはボールではなく人間だが。
そんな遊戯にも飽きたので、紅い鎧の腹部を打ち、大地へと叩き付ける。
その衝突によって小さなクレーターが出来上がったことを確認すると、義人は天馬から一〇メートルほど離れた場所へと移動した。
その位置から敵を見る。
鎧全体に亀裂が走っていて、無事な部分が見当たらない。
シンボルだった角も粉々に砕かれ、非常に不格好な姿となっている。
そんな有様でも戦う意思は失われていないようだが、必死に起き上がろうとするその動きは緩慢で、痛々しい。
『は、は、は、は、は。まさにズタボロの糞虫ですねぇ。チョーウケるー』
相棒と同じで、義人もまた愉快極まりなかった。
この画を何度妄想しただろう。自分が天馬を叩きのめし、彼が惨めに這いつくばる。
それ自体は組手の際に一度見ていたが、あの時は格闘者の心境などという不純物のせいで、素直に楽しめなかった。
が、今は違う。
純粋な闇そのものとなった心は、眼前の様子に爽快感を覚えるのみだ。
――けど、もう飽きてきたな。長い時間かけて殺そうと思ったけど、もういいや。
『では精々派手な殺し方をしてやりましょう。反物質の塊ぶつけて細胞一つ残さず消去、とかどうです?』
――うん、そうしよう。
決定と同時に、実行する。右手を上げ、掌を丁度天馬の頭上方向に向けた。
刹那、紅い鎧の上空二〇メートル地点にドス黒い球体状の塊が発生。それは半径五メートル程度のサイズまで拡大し、
「死ね」
黒き怪物の号令のもと、地上にて片膝をつく天馬目掛けて落下する。
奴にはもう破滅の未来しか残されてはいない。あれを躱すことなどできないし、できたとしても破壊の余波は確実にその体を消し去ることだろう。
これでお終いだ。そう、確信した瞬間。
「う、ぐ、ああああああああああああああああああああああああああッッ!」
真紅の鎧が天に向かって吠えた。
それは義人にとりみっともない断末魔でしかなかったが、当人には全く別の意図があったようだ。
天馬の全身が紅蓮色のエネルギーに覆われ、そして、大爆発が起こる。
そうとしか表現できなかった。
気づけば爆炎の如き色をした光が目を焼き、一瞬後、激痛が訪れる。
奴が行ったことは、おそらく先刻義人が行った余剰エネルギーの放射と同じだ。
破壊の奔流を放ち、広範囲に被害を及ぼす。
それが今思いついて使用したものなのか、はたまた隠し持っていたのかは不明だが、いずれにしても、思惑は台無しとなった。
およそ半径三〇メートルはある巨大なクレーターの只中で、闇色の鎧は上空を見上げる。
地上に向かっていた反物質の塊は、天馬の隠し玉によって消滅したようだ。
それを理解する義人の全身にはダメージの痕跡としてヒビが入っていたものの、それもコンマ一秒とかからず回復。完全な状態へと戻った。
「く、ぅ……」
どうやら、敵方はようやっと立ち上がれたらしい。
しかもそれだけでなく、
「はぁぁぁぁぁぁ…………!」
腰を落とし、紅蓮色のエネルギーを右足一点に集中させる。
天馬の攻撃意思を鼻で笑うと、義人は右の拳を目元まで持ってきた。
途端、全身に走る血色のラインが強く輝き、特に両目と足首が一層大きく煌いた。
次いで、二カ所の発光が胸へと移動。さらに右肩、上腕、肘、前腕を経由して右拳に集まると、全体が赤黒いエネルギーの奔流で覆われた。
それはゆっくりと黒に染まっていき、完全な暗黒色となる直前。
天馬が、飛んだ。
土砂降りの雨の中、真っ赤な鎧が、瀕死の戦士が、最後の一撃を怪物へ浴びせるべく推進する。
それを迎え撃つ闇色の鎧。
俗に、蹴りの威力は拳打の三倍とされる。ならばこの拳は敵方の三分の一しか威力を持たないのだろうか。
否。断じて否。奴如きの足技など、拳打で十分粉砕可能である。
その考えが正しいことを証明すべく、飛来する敵を迎え撃つ。
そして、暗黒と真紅がぶつかり合おうとした、その一瞬――
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!」
乱入者の必死な叫びが、辺りに木霊す。
その声には覚えがあった。これはそう、彼女だ。最愛の思い人の声だ。
一体、どこにいる。あの人は、どこに。
その答えを知ったのは、全てが終わった後だった。
義人の目前に、雨粒を弾きながら純白の何かが立つ。
それは、鎧だった。
分厚い装甲を持つ手足。頑強を体現したかのような胴。騎士鎧と武者鎧を掛け合わせたかのような頭部。
そこにある黄金色の二本角とスリット状の目が、盾と融合しているかのような、特徴的な前腕から覗いている。
――不味い。
その言葉が心中で吐き出され、最悪の未来予想図が脳内に流れた頃。
義人の拳と天馬の足は、香澄が構えた両前腕部の盾にぶつかっていた。
「ぐぁッ……!」
小さな悲鳴が上がったかと思うと、彼女は義人の真横へと吹き飛んだ。
すぐ近くで衝突音。その方向へ首を動かし、鈍重な体を回転させる。
地面に、倒れ伏せた鎧が在った。
白と金に輝くそれは、ピクリとも動かない。
二人の攻撃を受けた場所、前腕、盾部は左右どちらも大きく損傷しているが、特に、天馬の飛び蹴りを受けた箇所のダメージは甚大だった。
盾から半身に至るまで亀裂が走り、その様子は、指一本動かぬ姿も相まって二つの単語を連想させる。
やがて変身が解除され、生身の彼女が現れたことで、その実感がさらに高まった。
死。この世からの消失。
殺害。対象を、この世から消すこと。
それをしたのは誰だ。
思い人に死を届けたのは、誰だ。
「ぁ……あぁ…………ああああああああああああああああああああ――――――!」
少年は思い人の仇に両掌を向けた。
只野義人という愚者に、攻撃の意思を向けた。
手の内側から赤黒い奔流が溢れ出し、そして。
『――っ!? やめなさい!』
相棒の制止を振り切って、義人は愛する人の仇を討った。
瞬間、その視界が血色に染まり、意識は黒で塗り潰される。
後に残ったのは、激しく降り注ぐ雨の音だけだった。




