第六章 The Finale of The Finale 2
『気分はどうです? もう回復しているでしょう? では、回りを観察してください』
言われて、グルリと首を回す。しかし見えるものと言えば壁面のみで、他には何もない。
『どうやら、かなり遠距離から攻撃しているようですね。おそらく上空のハエ共が我々の現在位置を把握し各員に常時連絡、その情報をもとに、姿を見せずピンポイントで遠距離攻撃ってところですか。現代の戦争における基本的戦術ですねぇ』
ハエ、というのはヘリのことだろう。
つまり、自分を狙っているのはカラーズのみならず、自衛隊も、ということになる。
『しかし熱源操作系統の能力は半径一〇〇メートル圏内が最大射程です。それに肉眼で捉えていなければ熱を操ることができないはず。ということは、物質透視及び感覚共有と組んでる可能性が高いですね。もう面倒くさいのでここら一帯全部吹き飛ばしてしまいしょう。あなたのチート能力を連中に見せつけてやりなさい』
「そんなこと、できるわけないだろ……!」
返答の声は、我ながら情けなく震えていた。
殺意を向けられている。そのこと自体は初じゃない。むしろ慣れ親しんだ感覚だ。
されど、これまでそうしてきた者達は皆打ち倒すべき存在であり、共闘者、守護対象では断じてない。
そして、再度爆発。
鎧全体を覆うそれだが、やはり損傷はゼロ。しかしメッセージが伝わったことで、少年の心にはしっかりと傷をつけた。
今日この時まで同胞であった彼等から、今義人はこう言われている。
どこにいようが必ず殺す。もうお前は終わりだ。覚悟しろ。
「はぁ……はぁ……」
絶望感が、心を痛めつけた。
なぜ、なぜ、なぜ。その二文字が心を支配し――衝動が赴くままに、漆黒の鎧は路地裏の只中を駆けだした。
◆◇◆
午前一二時二五分。関東第三支部。第六オペレーションルーム。
極めて広い空間内。
現在、この場にあるモニターには鏡原市商店街内部の映像が、リアルタイムで流れている。
そんな室内にて、椿は冴子と共に最奥の大型モニターを見つめていた。
映し出されているのは、義人と実動部隊の交戦、それの記録映像である。
必死に攻撃を行いつつ、増援を呼ぶ部隊の者達。
その行動は全てが訓練を重ねた一流のそれであり、無駄がまるでない。
一時期教官を務めた椿の目から見ても、満点に近い点数をやりたくなるぐらい見事な連携ぶりだ。
されど、それをターゲットは難なく受け流す。
あらゆる攻撃を防ぎ、策術を真正面から破り、それでいて誰一人として怪我をさせない。
これが何を意味するか。そんなもの、簡単だ。
あまりにも差がありすぎる。修練を重ねた一流達が束になっても敵わぬ程、標的の戦闘能力は高い。
「寒気がするような強さ、ですね。ファーストではやはり話になりません」
「そう、ね。……オペレーター各員、担当者に伝達しなさい。中央広場にターゲットを誘導。そこで天馬にあたらせる。交戦が始まったなら全員退避。以上よ」
命令を受け、人員が一斉にそれを実行する。
声が飛び交う中、椿は歯噛みしつつ、モニターに映る彼を見つめた。
――あのヘルム……泣きながら怒り狂ってるようなデザイン……あれを見てると、胃が痛くなるわね。悪いのは、全部あたしだけれど。……姉さんなら、こんな時どんな判断をしたのかしら……。
亡き家族の姿。それが脳裏をよぎる。次いで、かつての仲間達の顔まで浮かんできた。
――どうにも、いけないわね。あの鎧を見てると、昔のことを思い出してしまう。けれど、まぁいいか。ほんの少しだけ、過去に浸るのも……。
それはほとんど現実逃避だった。しかし、それを拒絶することなどできるわけもなく。
彼女は目を瞑り、昔の出来事を少しだけ思い返した。
様々な映像が、脳内に流れる。
「僕は弱者の味方であって、正義の味方じゃない。そこを勘違いしてもらっちゃ困る。強者なんてのはどいつもこいつも死ねばいいんだ」
巨大な闇と、小さな光を併せ持つ、一時義兄と呼んだ少年。
「私ね、暗人君のことを信じたいの。彼はきっと正しいことをするって。皆を守ってくれるって。でも、もしそうでないことがわかったら、私が暗人君を殺す」
聖人君子のような心。しかしその一部には、わずかながらも濃厚な狂気がある。
そんな、美しくもどこか恐ろしい最愛の姉。
「オメーよぉ、後衛タイプだろぉ? だったら前に出ようとすんなよなぁー。なーんでわざわざ危険に飛び込むんかねぇ、意ー味わっかんねぇべや」
「前衛はあたくし達に任せて、貴女は遥か後方でお茶でもシバいてなさいな。貴女に仕事などさせてあげませんことよ」
腹立たしくも、大切な仲間達。
そして、
「お前さんは傾いてるよ。オレと同じぐらいな。でもまぁ、あれだ、今回は傾かせねぇ。全部俺が持っていく。だからな、お前は、お前達は生き残れよ。ダチ共を死なせる奴ぁ、傾奇者じゃねぇぜ」
自分をいつも馬鹿にして笑う、不愉快極まりないリーダー。けれど、いざという時は誰よりも頼りになった、彼。
皆、もういない。椿の前からいなくなってしまった。
楽しくも哀しい過去。
それを回想する中、目を背けることのできぬ“今”が、彼女を現実に引き戻す。
「支部長! たった今、監視から連絡が入りました! 白柳香澄、無断出撃とのこと!」
◆◇◆
午後一二時三五分。鏡原市商店街、中央広場。
この区画のど真ん中に位置する、こじんまりとした空間。それがここ中央広場である。
景観としては、まさに広いだけの場所。特にこれといったものは何もなく、単純な円形状の歩行経路でしかない。
幾度かの交戦を経て、義人は鎧姿のまま広場へと出た。
多人数相手の戦いにおいて、ここは最悪の地形だ。一対一に持って行けず、囲まれやすい。ここは単独で集団に挑む際、絶対に戦場としてはならぬ場所である。
よってすぐさま離れねばならないのだが、しかし、少年は何もしなかった。
元同胞に散々悪意を叩き付けられ、彼は精神的に満身創痍の状態。
ただ一つの疑問以外、何もかもがどうでもいい。
そしてとうとう変身を解除し、自衛の意思すら放棄する。
それから。
「イヴ……出てこい……」
「はいはい、なんでしょう?」
疲れ切った声に対し、相棒は目前に現れて首を傾げる。
白々しい態度の彼女を濁り切った瞳で睨みながら、義人は問うた。
「こうなった原因は、きっと僕の力にある。そのことについて、君は何かを知ってるはずだ。今まで白を切り通してきたようだけど……もうとぼけても無駄だ。全部教えてもらう。僕が手に入れた力は、なんだ? 僕は一体、何になった?」
それを受けて、イヴは笑みを作った。
あの、人を不安にさせる歪な笑みを。
表情の変化に続いて黄金の瞳に邪な感情が宿り、その唇から真実が語られる。
「人にして人でなく、カラーズにしてカラーズでない。選ばれし者であっても救世主などでは断じてない存在。簡潔に言ってしまえば義人、あなたは“終末”になったのですよ」




