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第六章 The Finale of The Finale 1

 午前一一時二〇分。カラーズ・ネスト関東第三支部、代表執務室。


「貴女の任務は、第一に“ブラック”を色仕掛けで魅了し、その動きをコントロールすること。第二に、神代天馬と共に標的を仕留めること。前者はよくこなしていたようですが……後者について、何か言うべきことは?」


 椿の隣に立つ副官、冴子の叱責が飛んだ。

 それを受けるは、対面にて泰然と構える白柳香澄。


 彼女は堂々とした佇まいを崩すことなく、即答した。 


「私は己の行動を間違いだったとは思いません。只野義人は抹殺対象などでは断じてなく、むしろ保護の――」

「貴女の意見など聞いていません。命令に違反した。それは事実です。色仕掛けに夢中となるあまり、本気にでもなったのですか? 小娘」


 眉根を寄せ、睨み据えてくる副官。

 その鋭い視線には、震えあがるような圧力があった。


 だが、黒髪の少女は怯まない。

 真っ向から睨み返し、応答した。


「私は自分を偽っておりました。相手は人。しかし、捨て置けば大衆を脅かす可能性がある。対象は素行不良の問題児であるため、その可能性は高く、ゆえに排除は必至。そう己に言い聞かせ、人々のためという大義のもと任務に臨んでおりました。ですが、彼と接するうちにそれは間違っていると気づきました。只野義人は世界を滅ぼすようなことはしない。彼もまた、我等と同じなのだ、と。よって、私は貴女方の命令は受けられません」


 断言する彼女に、冴子は怒気をあらわにする。しかしそれが爆発する前に。


「第一五駐屯地、第二五班所属、白柳香澄に、一週間の謹慎処分を言い渡す。沙汰は以上、下がりなさい」

「謹慎一週間!? そんな軽い処分で――」

「決定に変更はない」


 背筋が凍りつくような一声に、副官の言葉は強制的に停止させられた。


 室温が一〇度下がったかのような気分になる。

 それは長く付き合った香澄とて同じだ。さりとて、それでも気後れするわけにはいかない。

 

 これだけは、聞いておかねばならない。


「椿さん、任を授かった際も尋ねましたが、貴女は、これでいいのですか? 貴女にとって、義人はその程度の人間なのですか? 大義のために命を奪えるような、そんな――」

「発言は許可していない。下がれ」


 向けられた目が持つ威は、冴子の比ではない。

 香澄は思わず一歩後退し、そして。


「……わかりました」


 二人に背を向け、室内から出ていく。


 孤独な戦いに臨むことを、決意しながら。



 香澄の退室後、椿、冴子両名も、すぐに移動を開始した。

 第六オペレーションルームへと赴く道中、椿は静かに口を開く。


「今のところ、標的に目立った動きはないとのことだけど、精神状態からしていつ暴走するかわからないわね」

「計画では、唐突な裏切りによるパニック状態のうちに討伐するはずだったのですが……結果として、非常に不味い状況となってしまいました。早い内に本部へ全セカンドの動員要請を行うべきかと」

「……そんなことをしてみなさい。鏡原は一面焦土化するわ。草一本残りゃしない」

「ブラックの暴走がもたらす災害を最小限に抑えるためです。致し方ないかと」

「あたしの時はセカンドなしで最小限に抑えられた。でも今回は天馬がいる。あの子一人がいれば問題ないわよ」


 強い口調で言い切る。

 それ以降、二人は無言で進み続けた。


 移動中、椿は我が甥の顔を思い浮かべ、唇を噛みしめる。


 仲間の、姉の、仇。只野暗人そっくりの外見。

 しかし、性格は姉に似ている。


 だから、迷う。もしも両方仇と全く同じだったなら、理不尽な憎しみを抱くだけでいられたのに。


 義人と過ごした日々がフラッシュバックする。


 仇の息子としてぞんざいに扱っているのに、彼は自分によく懐いた。本物の母を見るような目を向けてきた。成長していくにつれて、その心に姉の面影を見るようになった。


 けれど、もはやどうにもならない。

 自分は責任ある立場なのだ。多くの人間を守るため、己を殺す。今すべきことはそれだ。


『後悔スルゾ、椿』


 相棒、大鷲のジークが声を送ってくる。

 それに対し、椿は拳を握りしめながら応答した。


 ――わかってるわよ、そんなこと。


   ◆◇◆


 同時刻。鏡原市、商店街、路地裏。


 突然の裏切りに当惑しながらも、義人は香澄に言われたことを守り、逃亡を続けた。


 大通りを東方へ進み、見晴らしの良い繁華街を抜け、その結果ここへ辿り着く。


 この商店街は、鏡原市において唯一複雑な地形をした場所である。特に路地裏はもはや迷路と言ってもよい。それゆえ、逃げ隠れる場としては最適だ。


 狭っ苦しい道の真ん中で、義人は天を見上げる。

 今にも雨が降ってきそうな曇り空。それはまるで、自分の心を表しているかのようだ。


「……これは、夢、なのかな?」

「いいえ。現実です。あなたが体験していることは紛れもない現実。受け入れましょう」


 目前に顕現したイヴが、そう答えてきた。

 そして――


 その表情が、初めて変わる。


 笑み、だった。

 けれどもそれは、その魅力的な美貌を歪な形に歪ませた、気味の悪い顔。


 唇がグニャリと曲がる。目が邪に細められる。

 まるで、悪魔の微笑み。


 それを見て、義人は確信する。

 この相棒はやはり、己の分身などではない、と。


「君は、なんなんだ?」

「あなたのカラーフェアリーですよ。そんなことも忘れましたか? この若年痴呆男」


 顔をぐっと近づけ、邪悪そのものといった表情を間近で見せるイヴ。


 少年は彼女を睨みながら、反論する。


「君のどこかカラーフェアリーだ。僕の内面が人格を作った。これは認めざるを得ない。僕には醜い部分がある。それが固まれば君になるって言われても、納得だ。けど、フェアリーは当人の理想像でもある。だったら、君のような人格が形成されるわけがない」

「今更な指摘ですねぇ。そこは出会った時点で深くツッコむべきでした。まぁ、そうされてもわたしはすっとぼけていたでしょうが」

「……君のおかしな点はまだある。さっきの、自分の力がどうとかって話だ。実際、君は力を使って僕を守って見せた。けど、そんなことはありえない。だって、フェアリーには特別な力なんかないんだから。五感の共有、会話、周囲の警戒、武装化。フェアリーができることはこの四つだけだ。パートナーを守る機能なんて一切ない」

「わたしを他の連中と同じにしないでいただきたい。わたしは特別なのです」


 言うと、イヴは無表情に戻り、頬を膨らませる。

 その態度に苛立ちを覚えながら、少年は問い尋ねた。


「君は、なんだ? 僕は、何に――」


 その台詞が最後まで紡がれることはなかった。

 

 途中、義人は突然の眩暈に襲われ、倒れこむ。

 地面への衝突を肌で感じ、当惑を覚える頃、今度は頭が割れるように痛み出し、視界の映像が大幅に乱れる。


「な、に……が……」

「これはおそらく、酸素濃度が変化しているんでしょうねぇ。五感の共有機能をカットしておいて正解でした。共有しっぱなしだったら今頃あなたと同じくもだえ苦しんでますもの。わたしドSですからね。痛めつけるのは好きですが、痛めつけられるのは嫌いです」


 最低極まりないことを平然と抜かしてから、彼女は消失。

 その後、脳内に指示が送られる。


『とりあえず変身しなさい。今の姿では自己再生機能も非常に弱い。濃度の高い酸素がもたらす悪影響に、再生が追いつきません』

 

 身を襲う症状から逃れるべく、少年は素直に従った。

 

 彼の意志に応えて黒い霧が発生し、総身を包み込む。そして闇色の鎧が世界に顕現すると同時に、爆発が起こる。


 それは変身した義人にダメージを与えるようなものではなかったが、周囲の建築物はそうもいかない。少なからず、壁面に破壊の爪痕が残った。


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