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第五章 Ego-Eyes Glazing Over 3

 午後一〇時三〇分。ベルズタワー。


 自部屋へ帰宅後、義人はいつもの様に三人で夕餉を摂った。


 本来ならば香澄と二人きりで楽しむはずだったのに、と、天馬へ不快感を抱く反面、彼を放置して二人で遊んだことを少し申し訳なく思う。


 もしかすると、天馬は疎外感や孤独感を抱いていたのかもしれない。

 かつて自分がもっとも忌み嫌った感情を、抱いていたのかもしれない。

 そう思うと、罪悪感が湧いてきた。が、同時にこの上ない愉悦まで込み上げてくるのだから、ことさら自己嫌悪してしまう。


 されど、もう少しだ。

 もう少し香澄と距離を縮めて、それから告白する。そうしたなら、結果はどうあれ恋心に決着がつくだろう。

 天馬への悪感情もそれで消えるはずだ。


 望ましい着地点は無論、香澄と結ばれること、である。

 彼女と結ばれ、天馬とも仲良くなる。そうなったなら、これ以上の幸福はない。


 そう考えながら時を過ごし、現在、義人は自部屋でベッドに寝転がっていた。


 目を瞑り、テレビの雑音に耳を傾ける。

 そんな中、携帯端末が着信音を鳴らす。


「……もしもし、叔母さん? どうしたの?」

『明日がなんの日か、忘れてないでしょうね』

「演習でしょ? 忘れないよ、絶対参加の義務なんだから」

『そう。それならいいわ。今回はいつもとはちょっと趣向が違っててね、あんたらには相当退屈なものになると思う。でも一応真面目にやんなさいよ。それじゃ』


 かなり短い通話時間だったが、それでも彼女の声が聞けて嬉しく思う。


 叔母の顔を思い浮かべて柔らかく微笑む少年。その脳内に、イヴの声が響いた。


『もうそろそろ、ですかねぇ』

「ん? 何が?」

『ナイショです。明日全部わかりますよ、たぶん』


 訳がわからない。

 だが、彼女に何かを聞いても無駄だ。どうせはぐらかされるだけ。

 相棒との会話で時間を無為にするのも嫌なので、義人は再びベッドに寝転がる。


 そして雑音を楽しむのだが、テレビから流れる天気予報が、不思議と耳に残った。


『明日は曇りのち雨。気温も冷え込むので、注意しましょう』

 

   ◆◇◆

 

 カラーズの演習は、基本的に自衛隊と合同で行われる。

 

 その頻度は月に一回。

 内容としては、端的に言うと盛大な避難訓練である。

 人口密度の高い場所にベヒモスが出現した際の対応を覚えることを主な目的としており、自衛隊は住民役として一般応募で当選した参加者達を迅速に避難させ、カラーズ達はベヒモス役のロボットを相手に立ち回る。


 そんな演習の地には、この県の場合、鏡原市が毎回選ばれている。


 ここは一四年前、上位ベヒモスの襲撃に遭った土地だ。

 今はすっかりと復興されたものの、多くの人間にとって忌まわしい場所とされているからか、住民の人口はとてつもなく少ない。


 さらに言えば交通面においても全く役に立たない場所なので、車の通りも僅か。

 被災者の魂を祀る大規模な霊園だけが存在価値と揶揄されるこの市は、まさにゴーストタウンと言えよう。

 そんな土地柄ゆえ、演習が非常にやりやすいというわけだ。


 さて、本日は五月二九日。時刻は午前一〇時。

 

 演習は既に開始されているが、義人の中には緊張感など皆無。

 あるのは怪訝のみだ。その理由は、現在位置と目の前の光景にある。


 ここ鏡原市は長方形に近い形をしており、真ん中に一本大通りが引かれている。

 此度の演習は、そこのど真ん中で行われていた。


 いつもなら人口密度の高い街中という想定のもと繁華街の中心などで行うはずなのだが、今回はそもそも目的や想定が違うらしい。


 広々とした道路に存在しているのは、数十名のカラーズのみ。

 住民役の一般人は一人もおらず、いつもなら避難誘導のために慌ただしく動いている自衛隊も、今回はヘリに乗って曇り空の下を飛び回っている。


 これだけでも十分におかしいが、目前で行われていることについてはさらに不可解だ。


 ロボットベヒモスとカラーズの交戦である。それも最新型が相手だ。

 

 今までのロボットは下位三階級をモチーフにしたものであったが、新機体は中位、外殻型を参考に作られたらしい。

 その姿は黒い大型のムカデ。

 全長三〇メートルにも達しそうな巨体を、重厚な甲殻で覆っている。兵装は訓練であるため、顎の奥に仕込まれたペイント弾発射口のみ。


 無数の足を使っての俊敏な動作、蛇を連想させる機動、精密な射撃。

 なるほど、迫力だけでなら中位と遜色ない。しかし、それを二班、八人で相手取り、義人を含めた他の者達全員はそれを観戦するだけ、という現状は、一体どういうことだ。


「なーんか、退屈そうな顔してんなー」


 傍に立つ天馬が、どこか上機嫌に言ってきた。


「退屈っていうのもあるけど……君はおかしいと思わないの? こんなの全く意味がないじゃないか。演習としてじゃなく、普段の訓練としてやればいい。それなのに――」

「新人の育成が、今回の目的だ。実動部隊に配属されたばかりの連中に中位を相手取った際の恐怖、圧力を僅かでも感じてもらう。我々は万一の事故を防ぐために待機。そう最初に伝えられたではないか」


 口を挟んできた香澄。その表情は栗髪の少年とは対照的に、暗澹としている。


「……だからさ、その新人の育成って何もここでやらなくたっていいじゃないか」

「ここでなければ、あのロボットベヒモスは身動きが取れんだろう」

「駐屯地のグラウンドなら自在に動けるんじゃないかな? わざわざ市民を地下に移動させてまで大通りを使う必要なんかないと思う。それに、そもそもあの人達、真面目にやってるの? さっきから攻撃を躱してばかりでほとんど反撃しないじゃないか」

「そこはほら、ビビってんじゃねぇの? 初めてあんなでっかい奴相手取ったら、そりゃ動きも鈍くなるだろ」

「怯えてる? あの人達の顔を見て、本当にそう思うの? 十分落ち着いてるじゃないか。あれじゃ、まるで――」


 続きを紡ごうとした直前、警報機のアラームがそれを妨害する。

 

 発光は赤。


 それを受けて、義人は変身した。

 スモッグガスのような闇を纏い、数瞬後、二メートル前後の鎧となった少年が姿を現す。


 そして空間に亀裂。丁度義人の目前に現れたそれは瞬く間に穴となり、敵が出てくる。


 その姿を見て、少年は舌打ちを漏らした。


「幻覚耐久型……面倒くさい奴が来たな……!」


 敵方の外見をざっくばらんに言うなら、大きなタコといったところか。

 体高六メートル。八本の長い触手がグネグネと蠢いており、非常に気持ち悪い。

 体色は桃色を基調とし、目や吸盤がベージュ色。それらには透明感があり、この点については液体型と一致している。

 だが、そっちは体の中心にコアがあるのに対し、眼前の敵にはどこにもコアがない。これが幻覚耐久型と液体型の違いだ。


 このタイプは現在確認されている中でも最悪の部類に入る。ゆえに、他者を戦わせる気にはなれなかった。


 義人は相手の真ん前に立ち、両手を広げて声を張る。


「僕を狙え、化物! 何時間でも耐えてやる!」


 その言葉に、敵方は反応を示す。といっても、視線を向けるのみで応答などはなかった。


 それがどこか不可思議だったが――戦いが開始されたため、それを気にしてはいられない。

 特に、奴を相手取るのであれば、無駄な思考など一切不可能だ。


 そして、幻覚耐久型が試練を与えてくる。


「ぐぁっ……!」


 気づけば、全身に無数の“ナイフ”が突き刺さっていた。

 悶絶するような痛みが襲ってくるが、これは全て虚構だ。幻覚耐久型は幻覚を操り、対象の心を攻撃してくる。なので、義人をまるでハリネズミのようにしている凶器群は、現実のものではない。


 このタイプは、調理法が非常に変わり種ということで知られている。

 相手の精神攻撃に一定時間耐え、己の精神力を認めさせれば勝ち。

 それができたなら、相手の方からコアを差し出してくるので、それを破壊する。というのが、唯一の調理法だ。


 こちら側の攻撃はどのようなものであろうとすり抜けて無効化されるため、現在発見されている方法以外では絶対に倒せない。


 いつ訪れるかわからぬ終幕まで挑戦者は苦痛に耐え続けねばならないため、このタイプと交戦した者はほとんどの場合心を病み、再起不能になってしまう。


 なれど、義人には不安などさらさらなかった。

 心の強さは誰にも負けないという自負がある。いかな苦痛といえど、耐えられないものなどありはしない。


「う、ぐ……!」


 全身を“炎”で焼かれる。

 のたうち回りたくなるような激痛だが、こんなものでは少年の精神にヒビを入れることもできない。


 続いて、体の内部から“爆発”が起こる。

 四肢が吹き飛び、爆炎が身を焦がす。しかしこれはあくまで幻覚。千切れた手足は瞬時に元に戻り、次の痛みがやってくる。


 それら全てに義人は耐えた。

 五分、一〇分と激痛の嵐を受け続けた。

 常人であればとうに発狂しているであろう苦しみの中、少年は自我を保ち、二本の足で立っていた。しかし。


 ――ちょっと、きつい、かな……でも、まだ全然、いける……負けて、たまるか……。


 さしもの彼とて、平然とはしていられなかった。幻覚は確実に心を蝕んでいる。

 それを実感し始めた頃、イヴの声が、脳内に届く。


『あなたが必死こいて苦痛に耐え忍ぶ姿はやはりそそられますねぇ。しかしながら、それが自分ではなく他人によるものというのが気に入りません。他人の性交を見ながら自慰行為に及んでいるような気分です。そんなわけで、これ以上は必要ありません。賢者モードにも入れましたし、ここらへんで終わりにしましょうか。“奴等”と“わたし”の“思惑”的にも、丁度いい頃合ですしね』

「何を、言って――」


 疑問符を投げかける途中、血色の双眸が捉える映像に、変化が現れた。


 唐突に、中位ベヒモスが消滅したのである。それはまるで、最初から居なかったかのように。


「これは、どういう、こと?」

『簡単な話です。“わたしの力”で幻覚を無効化しました。あなた騙されてたんですよ』


 二重三重に混乱が積み重なる。

 

 わたしの力? 幻覚? 騙されていた? それは一体……と、そんな思考を邪魔するかのようにそれは発生した。


 周辺に居たカラーズ達が一斉に動き出す。

 天馬も、香澄も、誰も彼も、統制のとれた動きで義人から距離を取り、囲むような陣形となると――彼等は、一斉に攻撃を開始した。


「なっ……!?」


 殺到する攻撃の群れ。

 炎熱、雷撃、氷塊、土塊、鉄塊、爆発、強酸。あらゆる殺傷行為に、義人は晒された。

 だが、それら全て、彼に傷一つ付けることすらできない。


 漆黒の鎧となった少年の総身がことごとくを跳ね返した、のではなく、突如発生した透明感ある闇色の球状壁きゅうじょうへきが、彼を守ったのである、


『こんな三下以下の攻撃などあなたには一ミリも通用しません。とはいえわたしの力をアピールするチャンスですし、一応防壁を展開してみました。これはあらゆる攻撃を防ぎます。物理であろうと幻覚であろうと、許容レベルであればなんでも無効化。わたしが持つ防御能力の中では、おそらくこれが一番使用頻度の高いものとなるでしょうね』

「なんだよ、これ……どうして、皆、僕を……」


 彼の意識は、周囲の状況に集中していた。

 壁面の中から、向こう側に居る者達を見る。


 皆、冷たい目をしていた。

 中には、見知った顔も在る。力を得た後の実戦訓練で、相手を務めた者達。幻覚操作の持ち主、炎熱操作の持ち主、創造の持ち主。

 彼等は特に酷い顔だ。まるで化物を見るような、親族の仇を見るような、そんな目と表情をしている。


 これは、なんだ。なぜ、彼等は自分を攻撃するのか。


 疑念が渦を巻き、当惑困惑が心を騒がせ、突き刺さる視線が胸を締め付ける。


『この期に及んでまたスルーですか。わたしドSだと言いましたよね? 放置プレイなど好みじゃありませんよ、この難聴野郎。こいつらがあなたを攻撃する理由ならさっき教えて差し上げたでしょう。あなたは騙されてたんですよ最初から。わたしを含めた全員に』

「騙され、てた? 騙されてたって、なん――」


 喚くように声をまき散らす、その寸前で、破壊の音が耳朶を叩く。

 それは、防壁が粉砕されたことにより発生したものだった。

 それを実行したのは――


『背後から来ます。避けなさい』


 平常時であれば、それも可能であったろう。なれど、この精神状態では天性の勘は働かず、反射的回避行動など望むべくもない。

 結果として、


「ぐぁ……!?」


 直撃を、食らう。

 

 まず両肩甲骨の間に衝撃を感じ、次いでそれが装甲を貫いたことでえもしれぬ痛みがやってくる。

 異物は体内を進み、やがて胸を突き破った。


 それにより、何をされたのか、誰がそれをやったのかが判明する。


 拳、だった。

 胸部から生えているかのようなそれは、炎に似たオーラを纏う、真紅の左拳。

 関節部や手甲の一部は白銀色に輝き、甲の全体にセカンドの証明たる刻印がある。それの針に似た部分が、七七七秒の制限時間消費を伝えるかのように秒刻みで動いていた。


 やがてそれは引き抜かれ、すぐさま脊髄に衝撃。どうやら蹴り飛ばされたらしい。


 義人は軽く吹き飛び、アスファルトの上を転がった末に停止。それから相手の姿を確認すべく、頭を動かす。果たして、視線の先に立っていたのは――


「天、馬……?」


 翼の様に展開された四本の角。

 トレンチコートと鎧が融合したかのような胴部。

 軽さと頑強さの両立を感じさせる装甲。

 そんな真紅の鎧に変身した、神代天馬だった。


「一撃で仕留める予定だったのに、なんで死んでねぇんだ。傷もすぐ回復しやがって」


 忌々しそうに吐き捨てられたその声には、淀みない殺意があった。

 彼の言う通り、ついさっき風穴を開けられた場所は既に塞がっており、痛みも感じない。


 だが、今はそんなことよりも。


「天馬……? 君、何を……」

「お前と話すことなんか何もねぇよ。大人しく倒されろ、化物」


 にべもなく宣告すると、真紅の鎧が身構えた。


 来る。


 それを感じ取り、咄嗟に構えようとする義人だったが、その矢先、天馬の背後で何者かが躍動。両腕でしがみつくようにして、彼を羽交い絞めにする。

 

 盾と上腕が融合したかのような、特徴的な部位。

 それは純白の鎧となった香澄の腕だ。


「逃げろ、義人ッ!」


 絶叫の如く飛ばされた指示に、少年の体は弾かれた様に動いた。


 何が何やらわからない。今は思い人の命令に従う。それだけを考えよう。


 半ば現実逃避のような思考で、曇天の下、義人は駆け抜ける。

 底冷えするような怨念を、背中に受けながら。


「殺す……! 絶対に、殺してやる……! この、化物がああああああああああああ!」



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