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第四章 stranger in the dark 2

 汗を流した後、着替え室で隊服を着る。

 それから天馬を待ち、彼と共に着替え室を出た。


 その先で香澄と合流。

 近くの自販機で買ったのか、その手には三本のジュースがある。


「本日の駄賃だ。喉が乾いてないなら私が貰うがな」


 トレーニング終了後、彼女はいつもこの決まり文句を言ってから、ジュースを手渡してくれる。

 その際、香澄は相当な仏頂面となるのだが、天馬の言うことが正しければ、この顔はもしかすると照れ隠しなのかもしれない。


 ――普段はかっこいいとか綺麗とかって印象だけど、意外に可愛いところもあるんだな。


 そんなことを思いながら、義人は喉を潤す。他の二人もまた静かに飲料を口にする。


 少年はこの時間が好きだった。

 同じ時、同じ空間を、二人と共有しているような感覚を味わえる場面というのは、訓練終了後のこの瞬間だけだ。

 今まで一人ぼっちだった分、二人以上で居るということが余計に嬉しく、心地よく思える。


 だが、ジュースを飲み終えた香澄の一言により、そんな気持ちが台無しとなった。


「なぁ義人、今日は体調が悪かったのか? 寝技に移行した時、明らかに動きが悪くなっていたぞ。組手が終わった後も、何やら急いでどこかに行っていたな。不調であったなら、言ってくれれば日を改めたのだが」


 吹き出すのを必死に堪える。

 本当に、不意打ちもいいところだ。


「い、いや、まぁその、不調ではないよ。ただ、あの、寝技はね、僕苦手分野で……」


 言葉の途中、香澄の真横にユキヒメが現れ、


「そうだなぁ。お前は確かに寝技が苦手そうだものなぁ。くふふふふふ」


 いやらしい笑みを浮かべながら、そう言ってきた。


「む? なんだユキヒメ。義人の弱点を見抜いていたのか?」

「おうとも。私には出会ったその時点からお見通しよ。今後組手をする機会があったなら積極的に寝技に持ち込むといい。義人も喜ぶだろうて。なぁ?」

「い、いや、その……」


 羞恥で顔を赤くしながら、少年は俯いた。

 対して、ユキヒメは顔をニヤニヤとさせる。


「ふぅむ。確かに、苦手分野を克服する鍛錬ができたならそれは喜びに違いあるまい。よし、では義人、今後は週三日組手をやろう。苦手の克服ができるまで寝技の鍛錬だ」

「え、えっと、それは……」

『断りなさい。さもなくば殺します。この三秒フィニッシュ』

 ――誰が三秒フィニッシュだ! 一〇秒は耐えたよ! ……それはともかく、これは絶対断らなきゃな。白柳さんと触れ合えるのは最高だけど、僕等はそういうことする関係じゃないし……そもそも、毎回股間があぁなってたら、さすがに気づかれる。そうなったら絶対嫌われちゃう……でも、どうやって断ればいいんだろう……。


 必死に思考する中――


 桃色ムードが、吹き飛んだ。


 腕時計型警報機がベヒモス襲来のサインを出す。

 鳴り響くアラームによって全員の顔つきが変わり、続いて、すぐさま館内放送。

 出撃命令が下されたのは、義人達第二五班だった。


「うっし、行こうぜ!」


 天馬の掛け声をきっかけに三人は動き出し、現場へと向かった。



 午後六時五〇分。相楽市清花。

 ここは地元住民から奇跡の土地と呼ばれる区画だ。

 その所以は、二〇年間一度もベヒモスの襲来に遭っていないところにある。


 とはいえ、それも本日まで。

 ここもめでたく戦場経験地となった。


 この地は非常に古くからある住宅街で、物件の外観はあまりにも前時代的だ。

 中にはありがたい実績に胡坐をかき、地下への入り口を作っていない家屋もあるのではないだろうか。


 そういった場所に住む者を犠牲にしないためにも、今回は手早く済ませたい。

 と、そう思ってはいるが、“ルール”を守らねばならぬため、義人達は身動きが取れなかった。


 ベヒモス襲来地点の近場に自衛隊駐屯地がある場合、そして敵個体が下位である場合、自衛隊の到着を待ち、彼等に討伐をさせるべし。


 これはカラーズ・ネストと自衛隊の間で設けられた決まり事だ。

 自衛隊は見せ場を得て存在意義をアピールできる。カラーズネストは覚醒した自衛官が出たなら戦力の補充が可能。

 両組織が得をする決まり事だが、きっと一般人からしてみればたまったもんじゃないだろう。

 敵の排除が、遅れるのだから。


 今回は場所的に、義人達よりも自衛隊の方が現場に早く到着していた。


 夜闇が広がりつつある中でも、ここは周辺状況が確認しやすい。建物の数が少ないし、点々バラバラな独特ともいえる配置がされているため、非常に見通しが良いのだ。


 そんな場所で、先客たる自衛官達は一方的な闘争を繰り広げていた。


 彼等は頭のてっぺんからつま先まで、全身を金属の塊で覆っている。


 ベヒモスへの対抗策を模索することによって、科学は飛躍的に進歩した。

 彼等が纏うパワードスーツは、おそらく奴等の存在がなければ後五〇年は出てこなかった代物だろう。


 さりとて、スーツの利点は筋力補正と射撃補正といった程度。

 装甲についても、最下位であるエンゼルスの棍棒ならばびくともしないが、その二つ上の位にあたるプリンシパリティーの攻撃はレーザーに似た熱源放射で、これを食らえばいかな科学の結晶とて貫通してしまう。


 もっと言えば、彼等が所持する武器はどれだけ最新最先端であろうとも、中位には通用しない。

 創造などの異能で創り出した銃火器をカラーズが使用したならダメージが通るという話もあるが、人の創りしものが役立たずであることに変わりはない。


 だが、今回の相手はエンゼルスのみ。

 よって、戦は人間側の圧勝で終わった。


 犠牲者もおらず、地域の被害もほとんどゼロ。決着の形としては完璧であろう。


「あーあ、全部自衛隊の連中に持ってかれちまったかぁ」


 残念そうに言う天馬。

 その台詞に応えるかの如く――


 アラームが第二ラウンド開始を告げる。


 夜闇の中で発光し、自己主張する警報機。その色が赤であることを場の全員が認識した直後、集団から一〇メートル離れた場所、見るからに古い家屋の傍の空間に、亀裂が走る。

 そしてそれが穴へと変わった瞬間、そいつは現れた。


 ドボンという音と共に飛び出てきたそのベヒモスは、見た目からして厄介なタイプだと推測できる。


 外見そのものは馬鹿でかいヤシガニといったところ。

 全高五メートル。全長二五メートル。

 ここがいかに道幅の広い場所であるとしても、これだけのビッグサイズが来たなら建造物の一つや二つは壊れてしかるべきと思うことだろう。


 だが、現実はそうなっていない。


 建物が、奴の体内に入り込んでいる。

 それはまるで、液体の中に物を入れたかのような光景だ。

 実際、来訪者の体にはスケルトンのような透明感がある。その色合いは鮮やかな緑を基調とし、各関節部や目に当たる部位は黄色。


 そんな体のちょうど真ん中あたりに、淡く金色に輝くコアが揺らめいていた。


 言うまでもなく、中位ベヒモスだ。それもおそらくは液体型。

  このタイプは普通、熱操作に類する力を持つ者がいないと倒せない。


 その姿を視認した時点で、自衛官達は全員が一斉に退避していた。

 それゆえ、ここからは義人達の出番である。


 相手方を睨む三人。

 一触即発の空気の中、敵が声を送ってきた。


『我は漂いし者・グルヴィスカ。試練を与え、その果てに贄となるべく参上仕った。……などと申しても、我が声を聞き届けるは、どうせ貴公のみなのだろうな』


 それは三人に宛てて、というよりも、義人個人への言葉といった調子だった。

 その応答として彼は闇色の鎧へと変身し――


 刹那、両掌から火炎を放射する。


 敵対者目掛けて一直線に伸びる紅蓮の奔流。

 グルヴィスカはそれを、液体型が持つ唯一無二の特性で以て対応した。


 一瞬で全身が球状に変わり、色合いが黄緑一色となる。

 次いでドーナッツ型へ変形。それによって炎は穴を通り、敵の体には掠ることすらできなかった。

 しかし。


「避けたと思ったら大間違いだぞ、このヘドロ野郎……!」


 直線的に推進していた炎の波が、爆発したかの如く膨張。広域に拡大するそれが敵の総身を覆い尽くした。

 だが、グルヴィスカの体はいささかも体積を減らしていない。


 液体型の調理法は、熱によって全身を蒸発、コアが露出するまでサイズダウンさせる、というものだ。

 体積を削るためにどれだけの温度を必要とするかは個体によりけり。

 今義人が操っている熱の温度は判然としないが、周辺の状態変化から見て、一〇〇〇度は超えている。


 このレベルでも無効化されるうえ、全身を液状化可能ということからして、グルヴィスカを格付けするとしたなら、確実に中位三階級第一位ドミニオンとなるだろう。


 ――くそッ! 力が足りない! このままじゃ……!


 背後に居る天馬から、闘気が放たれる。

 少年はそれに危機感を覚え、咄嗟に発声した。


「二人共! こいつは僕が仕留める! 手出しはしないで!」


 これは実質、栗髪の少年一人にぶつけた言葉だ。


 彼が奴と戦おうとしたなら、必ずセカンドになる。そして、また精神汚染を受けてしまう。

 結果、寿命を削ることになるのだ。


『別にいいじゃないですか、それで。あなた自分が心変わりしたかのように振舞ってますけど、果たしてそれは本心なんですかねぇ? 実際はただ自己暗示してるだけなんじゃないですか? こうすることが正しい。こうしなければならない。こうすることこそ主人公らしい。だから意にそぐわなくてもやらなきゃ、みたいな、そういう下らない嘘で本心を覆い隠してるだけなんじゃないですか? 本当のあなたは――』

 ――意味不明なこと言ってないで打開策の一つでも出してくれないかなぁ? それが無理なら黙ってろ!

『はぁ、そうですね。ま、この程度の相手を仕留める分には問題ないでしょう』


 何やらぶつぶつと漏らすイヴだが、その意図は不明。

 

 とはいえ、それを気にする余裕など皆無である。

 よって相棒のことなどすぐに思考の片隅に追いやり、戦術を模索する。


 と、その最中。

 突如、奇怪な感覚が精神に広がっていく。


 絶大なパワー感の大噴火。

 それはまるで、奴を倒せるだけの力が欲しい、という望みを叶えるかの如く何者かが与えたかのような力だった。


 だが、この気分はなんだ。


 単純に力が漲っているようなものではない。

 何かを壊したい。何かを殺したい。そんな反吐が出そうな邪悪極まる欲求が、心の内側を侵食していく。


 普通、このようなおぞましい感情には即座に拒否反応を示すものだ。

 なのに、義人はそれを感じることで心の安らぎを覚えていた。


 衝動の赴くまま敵を殺せば、味わったことのない快楽を得られる。

 それを少年は無意識的に理解し、実行する。


 ドーナッツ状となったグルヴィスカを覆う炎。その紅蓮色に黒が混ざり、見る者を不安にさせるような暗い色へと変貌した。

 その直後、大地が凄まじい勢いで融解を始め、グルヴィスカの体積もまた見る見るうちに減少していく。

 そして。


『我が生涯もこれにて終い、か。戦に興じることができず、贄にもなれず、なんとも虚しいものよ。貴公もそう思うだろう? “滅ぼす者”』


 悲哀を感じさせるような声を残し、焼失する。

 一瞬後、輝く粒子が周辺に散らばり、やがて消滅。その色は、此度の中位も虹色だった。

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