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第四章 stranger in the dark 1

 五月二四日。午前一〇時四五分。繁華街。


 力を得て、様々なことを知って、しかしそれでもなお、義人の環境には大きな変化がなかった。


「ふぅ、今回も楽勝だったな! お疲れさん!」


 ベヒモス全滅を確認すると、天馬は香澄と義人の肩に腕を回し、無邪気に笑う。


 彼との関係も相変わらずだ。

 一時、疾患のせいで険悪になったものの、すぐさま仲直りした。

 それ以降はたまに睨まれる程度で、それ以上のことはない。むしろ、最近は特撮の話で盛り上がるなど、表面上は友人関係といって差し支えない状態である。


 ただ、あくまでもそれは表面でしかなく、実態は何も変わっていない。


 それは別に天馬のことのみに限った話ではなかった。


 空を見上げる。

 今回もまた報道ヘリは飛んでおらず、自分の活躍は大衆に知られない。

 そんなだから、義人は今もなお学校でクズ扱いされている。

 何者も称えてはくれないし、話しかけてもくれない。


 正直、フラストレーションが募る一方だ。


 ――僕にはきっと、大きな幸せなんかやってこないんだろうな。誰かのために戦って、色んな人に好かれて、皆で笑い合う。そんな、内斗みたいな人間にはなれないんだろうな。

『えっ? 今更気づいたんですか? 遅すぎますよ。この白痴野郎』

 ――でも、二つの幸せは絶対に掴む。天馬と仲良くなって……白柳さんと、恋人になる。そうなったなら、きっと僕は自分を主人公だと認識できる。幸せになれる。

『は、は、は、は、は。清々しいスルーっぷりですね。わたし一応ドSなんですよ? メンタル結構もろいんですよ? さすがにもうそろそろ本気で泣きますよ?』

 ――泣きたきゃ泣けよ、ばーか、ばーか、ばーか。


 相棒を罵倒しながら、義人は香澄を見た。


 本日も彼女は美しい。

 腰まで届く黒髪が太陽の光を浴びて、眩い輝きを放っている。

 切れ長の瞳は直視できないぐらい力強い。

 桃色の唇は横一文字に引き結ばれ、堂々とした気風を感じさせる。


 この美少女を得るためには、何をすればよいのだろう。そう考えると、最近抱え始めた悩みに行き着く。

 

 それは、日々の緊迫感の希薄さだ。


 その要因は、“敵が存在しない”ことにあると義人は考えている。

 ベヒモスがそれに該当していたのは、せいぜい発生初期まで。今や奴等は害虫と同じ駆除対象としかみなされておらず、なんら脅威ではない。

 特に、義人達のように強大な力を持つ者達からすれば、中位ですら敵になりえないのだ。


 ――二次元とかだと、強い敵が現れて主人公がヒロインを守るために戦って勝つ。で、それをきっかけにヒロインとのフラグが、みたいな感じなんだけど……その強い敵ってのがいないんだよな。せめて上位でも出てくれないと、てんでお話にならない。


 現段階において、上位襲来は現実味のないことだ。何せ奴等はこの二〇年で数回しか現れていないのだから。


 それゆえ、上位を倒して香澄とのフラグを建築するなどというプランは実行不可である。

 ならばもはや、取りうる手段は一つ。正攻法のみ。


 ――デート、そう、デートに誘うんだ……今日こそ、白柳さんをデートに……!

『もう何回目ですか、それ。あんなビッチ諦めてわたしとデートしましょうよ』


 当然イヴの誘いなど断固拒否である。

 その意をぶつけてやろうとした直前。


「おぉ、そうだ。義人よ、ちょっといいか?」

「えっ? あぁ、うん、何かな?」


 そして、彼女は驚きの一言を吐き出した。


「私と、付き合ってくれんか?」



 午後四時五〇分。第一五駐屯地、訓練エリア、武術指導施設。

 珍しいことに、本日、ここを利用する人間は義人と香澄の二人のみであった。


 少年は思う。この世界はやっぱり自分に厳しい、と。


 数時間前に香澄が発言した内容は、交際を迫るものでなく、組手稽古の誘いであった。


 格闘と性交は似ている、などというトンデモ理論を飛ばした漫画があるが、それを現状に当てはめると、自分は彼女とそういう行為をする直前ということになるのだろうか。


『なるわけないでしょう。あなたとまぐわっていいのはわたしだけです』

 ――まぐわうわけじゃないけど、それに似たことはするよ。だって柔道ルールだもの。


 異性相手に打撃アリはさすがに心苦しい。それも相手が思い人なのだ。例え稽古といえど、彼女に拳と脚をぶつけることはしたくなかった。

 それゆえ柔道ルールを申し込んだわけだが――


 義人はそれがどのような結果をもたらすか、認識していなかった。


 組手を申し込まれた瞬間、格闘者としての人格が心を支配し、白柳香澄という人間の強さに興味を抱いた。それゆえ、普通はルールが決まった時点で思い至るであろう点に着地できず、結局、彼がそれに気付くよりも前に、稽古が開始される。


 両者構え、円を描いて睨み合う。

 対面に居るのは思い人であるが、今は対戦者。ルールに則り、一切の手心を加えず、戦う。


 そのつもりで、義人は全身から闘気を漲らせた。


 少年のド外れた実力をこの時点で察したか、香澄が一瞬臆したような顔となる。

 されどそれも一瞬のこと。息を吐き、瞳を鋭くさせた。


 やはり、心は天馬と同様に一級品だ。


 それに敬意を感じながら、踏み込む。

 一瞬で距離をゼロにして、相手の胸元に手を伸ばす。が、それは少女の手によって払われ、その途端、相手の方から返礼の如く手が伸びた。


 飛来する攻撃意志を、少年はあっさりと叩き落とし、反撃とばかりに再度仕掛ける。


 柔道がかつて柔術であった頃、当身によって敵のバランスを崩し、投げるというのが基本とされていた。なれど人々が術を捨て道を選んだことで、柔から打撃の色は消える。


 だがしかし、相手に掴ませまいとして手を払い合うその様は、到来する当身をさばいているかのようにも見える。

 これはまさしく術の面影と言えよう。


 そして、先手を取ったのは義人だった。


 彼からしてみれば、相手を転がすためには投げなければならないという考え方自体間違っている。

 地面に寝かせる方法は、投げのみにあらず。

 相手の体重移動をこちらの所作、視線などでコントロールし、意図した動作をした瞬間、足を払う。


 ある種、合気にも似た技術で以て、少年は香澄を投げることなく畳に転がした。


 続いてすぐさま寝技へと移るのだが――

 ここに至り、義人は己の愚かさを痛感する。

 なぜ、寝技をなしにしなかったのか、と。


 相手にのしかかる、ここまでは良かった。ここまでは、格闘者でいられた。

 だが、至近距離で彼女の香りを、体温を感じたことで、心がまさに“ただの”義人に戻ってしまう。


 心臓の鼓動が強くなる。

 身動きが取れなくなる。


 となれば、攻守が入れ替わるのは必然。


 香澄が眼光を鋭くさせ、体を入れ替えた。

 すぐさま義人の上に乗り、全身を押し付けてくる。

 そんなことをしてくるもんだから、彼女の豊満な乳房が胸のあたりにくっついて、その扇情的柔らかさが脳と股間を刺激。


 もはや闘争などできる状態ではなかった。


 ――や、やばい、逃げなきゃ。あぁでも白柳さんの匂いと体温を感じていたいし、何より胸が、胸が当たってる状態を捨てるなんて、そんな……。

『我慢……我慢しなさい、わたし……ここで爆発したら、台無しですよ……』


 相棒が何やらぶつぶつ呟いているが、ほとんど耳に入らない。


 その後も寝技という名の快楽は続き――


 少年は、生涯初の敗北を喫した。


 肉欲を貪った結果の黒星に、格闘者たる只野義人は己を叱責したものの、それで血液が別のところに移動するわけではない。


 組手終了後、彼は早々とトイレに駆け込むのだった。


『あぁもう……殺してしまいましょうかねぇ……腹立たしい……』

 

   ◆◇◆

 

 午後六時三〇分。

 

 不名誉な敗戦、されど刺激的な一時を終えてから、義人は二人に付き合って退屈な鍛錬を続けた。


 彼の力はオートで発動してしまうため、あらゆるトレーニングが無意味である。

 肉体を酷使しても疲労や痛みを感じないし、何百キロものバーベルがまるで羽毛のように軽い。

 だが、発汗はゼロではないため、シャワーは浴びる。


 シャワールームにて、少年は他の部隊員に混ざって僅かな汗を流す。

 その背後から、近寄る者がいた。


 気配の感じからして、天馬であろう。

 すぐ横に並んだことで、その推測が正解であると判明した。


 彼は容姿こそ美少女そのものだが、肉体は男子である。とはいえ、能力的に筋持久力メインで鍛えているため線が細く、華奢に感じる。


「なぁ義人、ちょっといいか?」


 隣で湯を浴び始めた天馬が、何気ない調子で声をかけてきた。


「ん、何かな」

「お前さ、最近香澄と距離縮まってるよな。あいつあれで結構人見知りなとこがあってさ、あんま他人に心開かねぇんだよ」

「人見知りとは思えないなぁ。クラスではよく人の相談のってるし」

「ありゃ芝居だよ。あいつも理想の自分になろうと必死だからな。本当は人付き合いとか苦手なんだ。でもまぁ、なんつぅの? カリスマってやつ? そういうのがあいつにはあるからな。自然と人が集まって、頼られちまうんだ」

「そっか。白柳さんって完全無欠って感じだけど、そういうところで無理してるんだね」

「あぁ。それでな、そんなあいつが心を開いてんのは今まで親父と母さん、椿さんとオレ、この四人だけだったんだ。でも、最近はお前にも心を開きかけてる。ぶっちゃけ、マジでびっくりだぜ。あいつがオレ達以外の人間に心を許そうとしてんだもんなー」

「……ねぇ天馬、何が言いたいの?」

「ん、そう、だな……お前さ、あいつのこと、好きなのか?」

「好きだよ。一生あの人以外好きにならないって思うぐらい好き」


 微塵も恥じることなく即答する。

 その言葉に、天馬はピクリと体を震わせた。


「あー、やっぱそうだったかー。最近、やたらそういう空気出してたもんな、お前」

「えっ? そ、そんなにわかりやすかった?」

「もうばれっばれって感じだぜ。……あいつのどこが好きなんだ? やっぱ見た目か?」

「否定はしないよ。綺麗な顔も完璧なスタイルも白柳さんの魅力の一つだもの。けれど、もしあの人の見た目がベヒモスと同じぐらいの醜い怪物になったとしても、僕の気持ちに変わりはない。その理由は何かって聞かれると、答えようがないんだけどね。ただひたすら好きなんだ。一緒に居たいって思うし、隣に居たいって思う。……この話まだ続ける? そしたら君、このシャワールームで最低一時間は僕の話聞くことになるよ? 他の人達に丸聞こえな状態で」

「んー、そうだな、確かにあんま居心地は良くねぇ。この話はまた今度しようぜ。あ、でも最後に一言言っとくけど――」


 彼の発した言葉は、少年に様々な思いを抱かせた。


「あいつはやめとけ。悪いこと言わねぇから」



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