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第三章 Double-Action 2

 クソ以下としか言えぬ時間が一時的な終わりを告げ、放課後となる。


 本日もまた、義人は天馬、香澄の後を追うかのような形で教室から出ていく。


 しばらく離れて歩き、同校の生徒が見られなくなったところで、まず最初に香澄が歩調を遅らせる。

 これが関わっても良いという合図だ。


 ――なんか妙に歪んでるよなぁ、僕等の関係。


 内心で嘆息しつつ、彼は二人に近寄った。

 すると天馬がフレンドリーに肩を組んできて、


「なぁ義人。今日さ、もし良かったら一緒に訓練しねぇ? やりたいのがあるんだよ」



 などといった誘いを受けてから数十分後。


 午後四時三五分。第一五駐屯地、訓練エリア、武術指導施設。

 ここの内観は空手道場そのものといった感じだ。

 畳の柔らかい感触が、義人には懐かしく感じられる。


 そんな場所で、彼と天馬は自前の胴着とオープンフィンガーグローブ、ヘッドギアを装着し、相対していた。


 栗髪の少年が誘ってきた訓練内容は、格闘である。

 対戦相手を監督役が決め、順番に組手稽古を実行、というのが詳細だ。


 カラーズのパワーアップはベヒモスの捕食がポピュラーだが、精神鍛錬、フェアリーとの対話によって絆を深める、といった方法でも成長が可能。

 で、手っ取り早く精神鍛錬をするならグラウンドを延々と周回するか、もしくは組手稽古が最適とされている。


 本日は天馬の提案で後者を選択したというわけだ。


 ちなみに、香澄は別の場所で自分のメニューをこなしているためここにはいない。


「二人とも、準備はできたかね?」


 監督役に尋ねられ、二人は同時に頷いた。


 それにより、組手が開始される。


 両者共、戦闘姿勢を見せた。

 義人は右構え。右拳を顎下に置き、左手をだらりと下げ、全身を脱力させる。

 対して天馬は左構え。両ガードを上げ、小刻みに縦のリズムを取る。


 自然体と基本。

 右構えと左構え。

 まさに正反対の性質を持つ構えを見せ合う両者は、しばし睨み合い――


 最初に、天馬が仕掛けた。


 左足で地を蹴り、距離を潰す。そして顔面目掛けて右のジャブ。


 非常に鋭く、スピーディーだ。隙は全くない。

 が、そう感じるのはせいぜい一流の人間まで。

 超一流の化物からすれば、悪手でしかなかった。


 天馬だけでなく見守る者達ですら、何が起こったのかわからなかっただろう。

 気づけば、栗髪の少年が大の字に転がっていた。


 いかに早かろうともペース配分を考えている以上、拳の速度は落ちる。しかも先刻の右ジャブは牽制としてとりあえず打っておこう、といった軽はずみな打撃だ。

 そのような温い一発など、投げ技を使用する絶好の機会にしかならない。


 義人は飛来する天馬の右手を掴み、最小限の動作で手首を極め、痛みによって反射的に浮き上がった相手の体を地面へと叩き付けたのだ。


 本当の実戦であれば手首の関節を壊しながら投げ、地面への衝突と同時に首を踏みつけて仕留めていた。

 しかしこれはあくまで組手稽古。互いに技と心を競い、切磋琢磨することを目的としている。それゆえ、路上格闘の如き振る舞いは一切行わない。


 天馬が立ち上がり、再び構える。


 この組手のルールはシンプルかつ過激。

 監督役が続行不能とみなすまで格闘が続く。つまり、やめの一言が放たれるまで戦わねばならない。


 これは一般的な道場やジムであればありえぬルールだ。まさに命のやり取りを常とする者達ならではの稽古法といえよう。


 されど、義人にとってはこれでもまだ生温い。


 本気の殺意、憎悪、敵愾心を向けてくる連中とノールールでやり合ってきた彼からすれば、やめの合図を出して救ってくれる人間がいる場など児戯も同然である。


 両者は再び睨み合い、そして、またもや天馬の方から仕掛けてきた。


 初手は右ジャブ。

 ついさっきの一合を反省してか、此度は隙がない。

 しかも気持ちが乗っている。負けてなるものか、という意思が伝わってくるような拳だ。


 それがとても好ましかった。

 一合目で圧倒的な差を見せつけたなら、大抵の相手は負けを認めてしまう。そうなると一方通行な組手となり、とても寂しい思いをすることになる。

 しかし、今回の相手はそういう根性なしとは違っていそうだ。

 そう考えると、期待感で自然と口端が持ち上がった。


 相手方から第二撃目が打ち出される。

 此度も右ジャブ。されど、これはコンビネーションの始めであったらしい。


 次は左ストレートが来る。そのことを、義人は拳の飛来前に察知できていた。


 左腕に力を込めるような小さい予備モーション。それにより、攻撃が前もってわかってしまったというわけだ。


 で、実際彼は左ストレートを放ってきたため、無論、カウンターを叩き込む。


 まっすぐ到来した左腕に重ねる形でこちらの右腕を伸ばし、相手側頭部に拳をぶつけた。

 その一撃で軽く脳震盪を起こしたのか、腰が落ちたので、両手で頭を掴み膝で顔面を強打。

 この二撃で、天馬は再度ダウンを喫する。


 が、彼はすぐに立ち上がり、構えて見せた。

 両の眼に宿りし闘志は寸毫も萎えていない。


 そんな様子に、義人は目を見開いた。


 本当に、驚きである。

 天馬の根性が並大抵でないことは以前より理解していた。

 彼は日々、命がけで化物と戦っている。例え主人公のような人間といえども、自分がそうだと認識はしていまい。

 つまり、神代天馬という人間は命を捨てられるだけの覚悟を持っているのだ。

 この点については、いかに彼を嫌っていようとも認めざるを得ない。


 だが、それは天性のものと思っていた。

 彼が強い心を持っているのは、生まれ持った才覚であると、そう考えていた。


 実際は違う。

 そのことを、目が教えてくれている。

 あの目は、才に胡坐をかいている者の目ではない。修練を積み重ね、それを芯にしている人間特有の眼差し。努力によって恐怖を克服した、戦士の目だ。


 この目つきができる者はそうそういない。

 義人は今までアマだけでなくプロの格闘家とも拳を交えたが、その中でも天馬ほどの気迫を持つ者は片手で数える程度。


 気づけば、敬意を抱いていた。


 今だけは彼への悪感情が流れ落ち、純粋な敬意と好意だけが胸にある。

 これは、自分が格闘者であることの証だ。


 ともあれ、少年はこの組手をもう少し長く続けたいと思った。

 だから構えを右から左へと変え、その形にも変化を見せる。

 

 両手を上げ、やや前に突き出すような姿。これこそが、義人の完全防御姿勢である。

 

 彼がそうなった直後、栗髪の少年が果敢に攻めてきた。

 それを受け流すことで、次第に彼という人間が見えてくる。


 ハッキリ言って、天馬には武の才がさほどない。凡人よりかは上といった程度だ。

 その証拠に、矯正はしようとしたのだろうが結局直せなかったであろう癖の数々が目についた。


“回し蹴りを空ぶった際、一回転して相手に正面を見せるまでの時間、そのほんの一瞬、意識が闘争から切り離されている”


“強い左ストレートを打つ際、腕に力を込めるような小さい予備モーション。その左自体もフォロースルーが効きすぎて打った後バランスを崩しやすく、また、右ガードが落ち、防御がおろそかになる”


“攻撃の真偽を見定める勘が鈍い。つまりフェイントに弱い”


 短時間でこれだけ致命的な隙が発見できた。が、義人は落胆などしていない。むしろますます天馬への好感度を上げていた。


 彼は武に対して本当に勤勉で素直な男だ。

 動作の一つ一つがそれを物語っている。


 その点も好ましいが、何よりも素晴らしいのは闘気が微塵も衰えないところだ。


 先程から、天馬の攻撃は流されるのみで一切効果を上げていない。本人もそれは自覚していよう。

 普通ならここで心が折れる。

 実力差を実感し、もう無駄だとして諦める、


 だが、彼は違う。


 負けてたまるか、絶対に勝つ、そういった気持ちが全く曇っていない。

 その精神に、感極まる。

 だから――


 その心がどの程度耐えられるか、知りたくなった。


 右構えに戻る。

 そして踏み込んできた栗髪の少年に対し、こちらも踏み込んで応戦。


 激しい打ち合いが展開された。

 義人が殴る。天馬が殴る。互いの拳が相手を打ち据え、絶え間なく痛みを与える。


 この攻勢を、義人は攻めの防御と呼称していた。


 闘争において防御というのは、受けに回ることのみにあらず。

 攻めに攻めまくることで相手を動かさない。または、踏み込む相手に一歩も退かず、敢えて打ち合って勝つことで心をへし折る。

 そうすることにより、相手の気勢を萎えさせて気の入った攻撃ができない状態に追い込む。


 少年の目的は後者である。

 その思惑通り、彼は天馬との打ち合いを制し、三度地面に転がした。

 これでさすがに少しは意気消沈したことだろう。


 と、そう推測した矢先。


 天馬はさっと立ち上がり、続行の気構えを見せる。

 その目に在る戦闘意志は、欠片も失われていない。


 義人は嬉しくなった。

 こんなにも諦めの悪い奴は初めてだ。


 だからこそ、嬉しい。


 過去拳を合わせた者達の中に、ここまで叩きのめされてなお立ち上がった相手は皆無。自分を恐れ、二度と向かってはこなかった。


 彼等にはわかるまい。立ち向かってくれないということが、どれだけ悲しいか。どれだけ寂しいか。


 格闘技は互いに高め合おうという意思があるからこそ、素晴らしいスポーツになる。だが、片方が相手を一方的に認めるだけであったなら、こんなにも寂しいスポーツはない。


 今、義人は生まれて初めて、好敵手に出会えた気がした。


 それが嬉しくてしょうがなかったから、次の一撃は全身全霊で叩き込むと決める。


 そして、相手方が仕掛けてきた。

 地を蹴り、距離を潰し――体を回転。


 この一撃がバックハンドブローであることを、義人はやはり事前に察していた。


 体を回しやすくするため、ほんの僅かに体を伸ばす癖。それを見抜いたことにより、彼の攻撃は単なるカウンターチャンスにしかならなかった。


 腰を落とし、頭を下げ、横薙ぎの一閃を回避。

 同時に右の拳を振るって、顔面に衝突させる。

 その威力は渾身であったがゆえに相当なものだった。


 天馬が漫画の様にブッ飛ぶ。


 次の瞬間、審判がやめの合図を出し、強制終了。

 結果として、組手稽古は義人の圧勝であった。


 されど、勝敗などどうでもいい。好敵手となりうる人間の出現が、ひたすら嬉しかった。


 この組手で、互いのことを深く理解し合えたように思う。だからか、少年の心境には大きな変化があった。

 それもまた喜ばしいことだが――


 反面、自己嫌悪を招く要因となっている。


 なんとも複雑な気持ちを抱きながら、彼は本日の訓練をこなすのであった。


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