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第三章 Double-Action 1

 五月一三日。午前九時一〇分。


 カラーズとなって約一〇日が経つ。

 しかし、義人を取り巻く環境にはなんら変化がなかった。


 本日も学校に行き、授業を受け――出撃する。


 教師による催眠術の最中、アラームが鳴り、次いで通信機から出撃命令が下った。


 出るのは天馬、香澄だけでなく、義人も、である。

 だが、二人への歓声激励はあれども、少年には何もない。


 存在を認められぬ者としての扱いは、依然として続いていた。


 泣きたくなるような心の痛みに耐えながら現場へと赴き、変身してベヒモスを処理。

 仕事を終えると、元の姿に戻って二人と共に帰る。


 その道中、義人は不意に空を見上げた。


 ――今日も来てないんだな。報道ヘリ。


 そう、彼が出撃する時に限って、マスコミはヘリを飛ばしてこない。

 まるでお前の活躍なんぞ誰が映すか、と突っぱねるかのように。


『は、は、は、は、は。そんなに目立ちたいですか。だったら全裸で街中を走ってごらんなさい。きっと誰もがあなたを見てくれますよ。この――』


 イヴの声に被る形で、香澄が言葉を発した。


「なぁ義人、最近、何かがおかしいとは思わんか?」

「えっ? ……ぼ、僕、不真面目に見えるかな?」

「いや、そうではない。お前は立派にやっている。感心するぐらいにな。私が言いたいのは、ベヒモスの発生頻度についてだ」

「あぁ、それはまぁ、確かにそうだね。今月ももう中盤だけど……あいつらがやって来ない日が一日もなかった」

「うむ。当初は、珍しいこともあるものだといった程度で済ませていたが……どうにも胸騒ぎがする。何か、嫌な予感がしてならんのだ」


 切れ長の瞳に不安を宿す香澄。

 そんな彼女へ、天馬が明るい声を投げるのだが。


「無駄に心配性だよなー、お前。そんなもん気のせいだろ。ま、何があろうと“オレと香澄”がいれば、何も――」


 言葉の途中、彼は突然体を揺らめかせ――


 糸が切れた操り人形のように、地面へ倒れた。


 あまりにも脈絡のない展開に、義人は我が目を疑う。

 その一方、香澄は落ち着いた様子で彼に近寄り、身を起してやると。


「義人、すまんが天馬の右ポケットから薬を取ってくれんか」

「えっ? あぁ、うん」


 言われた通り、彼のポケットに手を入れ、透明な袋に入った白い錠剤を出す。

 香澄はそれを受け取ると、天馬に確認を取った。


「おい、しっかりしろ。薬だ。飲めるか?」

「ん……あぁ……」


 返事をするのも億劫といった調子で頷く栗髪の少年。その美貌は信じられないぐらい青くなっていて、まるで死人のようだった。


 香澄は袋を破り薬を取り出すと、彼の口元へ運ぶ。

 それを天馬は口内に含み、飲み込む。


 数分後、何度か深呼吸を繰り返してから、天馬はゆっくり立ち上がった。


「悪かったな、二人共。さ、帰ろうぜ」


 まだ少し顔色が悪い。が、彼はいつものように微笑んで、歩き出す。


「……天馬、君、大丈夫なの?」

「んあ? 平気平気! 余裕で元気だぜ! ははははは」


 子供のように笑って、天馬は好調さをアピールする。それは曇り雲を吹き飛ばすような輝かしい顔だったが、義人の疑問は消えなかった。


 ――何か病気でも持ってるのかな? ……気にはなるけど、こういうのはあまり聞くべきじゃないよね。天馬もそうだけど、白柳さんすら口を開かないわけだし。

『は、は、は。まるで奴を気遣うような台詞ですが、本音はどうでしょうねぇ? あ、これはわたしの言葉ですが――あいつはもしかしたら不治の病でもうすぐ死ぬかもしれない。うっわ、超サイコー。さっさと死んでほしいなぁ。明日? 明後日? それとも――』

 ――黙れ。


 短い言葉で相棒の声を吹き飛ばし、唇を噛む。

 その横でうっすらとした声が漏れたことを、彼は認識できなかった。


「死んで、たまるかよ」


   ◆◇◆

 

 午後一二時一五分。昼休み。


 義人は弁当箱を持ち、屋上へと向かっていた。

 その途中、階段を下る生徒達の声が耳に入る。


「最近さぁ、天馬の活躍全然見れてねぇよなー」

「だな。あのー、ほら、なんつったっけ、あの不良。あいつがカラーズになってからじゃね? 天馬と白柳さんがテレビに出なくなったの」

「そういやそうだな。つーことはあれか、全部あいつのせいってわけか」

「勘弁してほしいわマジで。あの疫病神が。さっさと消えてくんねぇかな。何すっかわかったもんじゃねぇし」

「つーかあいつ、二人とおんなじ班だろ? 一緒に出てくんだから。天馬と白柳さんの足引っ張ってんじゃねぇだろうな」

「あー、それありえるわ。所詮喧嘩強いだけのクズだしな。ベヒモス見てちびってんじゃね? 喧嘩なら俺はつえーんだよーとか泣き叫びながらさ」


 喋り合いながら、爆笑する同学年達。

 それに対し、イヴもまた笑う。


『は、は、は、は、は、は。背後で本人が聞いてるの知ったらこいつらの方こそ小便ちびるでしょうねぇ。あ、ところで義人、あなた今どんな気持ちですか? 守ってやってる連中にあんなこと言われて、今どう思ってるんです? ねぇ、教えてくださいよ』


 何も答えず、歯噛みする。


 心の中にある闇がこれ以上広がらぬよう強制的に思考を停止し、移動を再開。そうして屋上へと到着して、一人寂しく昼を摂る。


 そんな彼の目の前に相棒が現れ、隣に座った。


「相当溜まってるんじゃありませんか? 色んなものが色んなところに」

「食事中に下ネタ言うのやめてくれないかなぁ? 六〇点のご飯が三〇点に下がるだろ」

「は、は、は。大丈夫です。その三〇点がわたしにとっては一〇〇点ですから」

「……君は自分本位だね。僕が苦しむとこ見てそんなに楽しい?」

「楽しいし愛おしいですねぇ。非常にそそりますよ、今のあなたは。実体さえあれば、と悔しくてしょうがありません。あぁそれと、自分本位はあなたも同じでしょう?」

「……僕のどこが自分本位だっていうのさ?」

「おや、自覚がない? わたしを自分勝手、自己中と感じたなら、それはつまりあなたがそういう人間だということですよ。何せわたしはあなたで、あなたはわたしですから」


 鉄仮面のような顔で言うと、彼女は少年の肩に頭を寄せた。といって感触など皆無だが。


「ねぇ義人。あなた、いつまで我慢するつもりですか? もうそろそろスッキリしちゃいましょうよ。あなたが本当にしたいこと、今すぐにでもやっちゃいましょう」

「……僕は現在進行形でやりたいことをやってるよ」

「嘘ですね。今、あなたの中には世界への不満が渦を巻いています。力を得たのに、自分の物語が始まったと思ったのに、現状は何も変わらない。誰からも認められず、望む結果とは真逆なものになってしまう。大衆は自分を見てくれず、注目されるのは依然として天馬と香澄だけ。自分はモブキャラのように誰からも認識されない。なんでこんなザマなんだ。一体何が悪いんだ。一体“誰が”――」

「うるさい。もう黙ってろ、この悪魔」


 暗澹とした気持ちをぶつけるが、イヴは淡々と笑うのみだった。


   ◆◇◆


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