第二章 Extrem Dream 8
最初に仕掛けてきたのは、火炎放射器を持つ男。
彼の武装から炎が噴出した。どうやら所持異能は熱操作系統であるらしい。
己が身一直線に伸びる紅蓮を、義人は側転により軽々と躱して見せ、反撃すべく踏み込む。
これは訓練ゆえ必要以上の殺傷は行わない。よって此度は打撃のみで戦うつもりだ。
横一直線に並ぶ敵方まで、後二歩。そのタイミングで、唐突に痛み。
停止し、脇腹を見やる。と、黄緑色の刃を持つナイフが、鎧に突き刺さっていた。
これにより、コンバットナイフの男の異能が幻覚系であることを推測する。
刃物で刺突されたならこの程度の痛みでは済まない。よって、これは幻による精神攻撃の可能性が高い。
幻覚系統の異能者は対ベヒモス戦においては一部の個体を除き、ほぼ役立たずだ。
しかし対人戦においては非常に強い。
使い手の武装の色は混合色、即ち最上位一歩手前であるため、かなり厄介なレベルであろう。
そのため目前にいる彼等が実体か否かもわからない。
とはいえ、攻める以外に手立ては皆無。
まずは幻覚系を片づける。
そう判断し、痛みに耐えて踏み込もうとするが――
刹那、半球状の壁面が義人の周囲に現れ、進行を阻む。
向けてくる目線の強さから察するに、これは銀の盾を持つ彼の仕業だろう。
異能は自分達と外界を隔絶する壁を作っている者と同じ、防壁展開と思われる。
閉じ込められた矢先、脈絡なく真っ白な粉が壁の内部に充満した。
この現象が幻でないとするなら、最後の一人、玉虫色の打鞭を持つ彼が行ったことになる。
おそらくその力は香澄と同じく創造、またはそれに類するものだ。
前者が正解であった場合、異能内容は自身を中心とした半径二〇〇メートル圏内にイメージした物体を生成するというものとなる。
ならば、彼が作り出したこれは仲間の異能からして――
小麦粉。
そう結論付けたと同時、壁の一部に小さな穴が開く。次いで、そこ目掛けて火炎放射器の男が真っ赤な熱源を注ぎ込んだ。
粉塵爆発。
その単語が脳内に浮かんだ直後、視界一杯に爆炎が広がった。
これが、ファーストステージの戦い方である。
異能の個性を組み合わせ、強大な威力を持つ現象を起こす。
されど、なんのリスクも負わずこういったことができるわけではない。
彼等の右手に刻まれた刻印、その針状の部分を見ると、ハッキリとした変化があった。
最初は一二時の場所にあったそれが、今は皆一様に一時の場所まで動いている。
針が一周したなら、カラーズは最低二時間は異能が使えなくなってしまう。対価たる精神力がゼロとなるからだ。
もっとも、大半の者は残存量が三割になるまで力を使ったなら、精神汚染による体調不良で異能の使用どころか立ってすらいられなくなるだろう。
精神汚染とは、彼等が異能を操る上で背負わねばならないリスクだ。
科学者はカラーズのことを精神、もしくは魂に該当する何かから発生しているエネルギーを対価にし、超科学的現象を発生させる者達、と定義している。
このエネルギーは消耗する毎にカラーズの肉体へ影響を与え、頭痛、吐き気、眩暈といった様々な不調を起こす。
そのため、彼等は実質七〇パーセントの精神力を失った時点で戦闘続行不能となると言って良い。
などと冷静に分析していられるだけの余裕が、義人にはあった。
脅威となっているのは今のところ幻覚のみ。
爆発も炎も鎧はあっさりと跳ね飛ばし、ダメージにはならない。
さらに幻覚についても、さっきからザクザクと様々な部位に突き刺さってくるものの、痛いだけで別段苦にはならない。痛覚を刺激する分、その他よりは危ないといった程度だ。
義人はこれまで様々な激痛を味わい続けてきた。それゆえ、こんなチンケ過ぎる苦痛は涼しいものである。
『弱っちぃですねぇ、こいつら。お話になりません』
――もう終わらせよう。これ以上時間をかけてもしょうがないし。
そして、義人は戦闘訓練に幕を引く。
圧倒的な、ずるとしか表現できぬやり方で。
血色の双眸が一際強く輝いた。
瞬間、壁を殴り、粉砕。
次いで全力の踏み込みでもって相手方へと接近し――
全員に当身を食らわせる。
どうやら皆実体であったらしい。
打撃に手応えを感じてからすぐ、四人は倒れ伏せていく。が、あまりにも遅い。感覚が強化されているからか、全員の動きがコマ送りのように見える。
なので、義人は生身の状態へ戻り、
「これで終了、だよね? 叔母さん」
「……えぇ。ここまでにしときましょう」
かくして、戦闘訓練はあまりにもあっけなく終わりを告げた。
それから。
「う、うぅ……強いなぁ、君は」
失神したかと思われた四名のうち一人、幻覚系の力を持つ男が起き上がり、義人を称える。
その顔は笑顔であるが、目は笑っていない。
それも別に不自然なこととは思わなかった。
何せカラーズの異能とは覚醒時点における当人の“人格”によって決定されるのだから。
そういったこともあり、武装の形、異能の詳細を知れば、そのカラーズがいかなる人間であるか判定できてしまうのだ。
義人は交戦の最中、対面の彼について、非常に変わり種、またはどこかしら狂った部分を持つ人間であると判断した。
幻覚系の異能を持つ者は大半がサイコパスに近いとされているので、おそらく当たらずとも遠からずといったところだろう。
――それにしても、なんかおかしいな。戦い方はまさにカラーズって感じだったけど、確か異能の組み合わせは一点集中型が当たり前じゃなかったっけ。例えば熱を操る人をメインにして、その人の威力を上げるような異能者を組み合わせるとか、そういう編成にするもんだけど……この人達は妙にばらけてる。それに連携だって付け焼刃って感じだし。
生まれた疑問に首を傾げるものの、すぐに興味が失せた。
なぜなら、外部で観戦していた香澄が、こちらに微笑みかけてくれたからだ。
それに引き換え――
隣に立つ天馬は、無表情だった。
それがなぜだか気に食わなくて、義人は香澄からもたらされた爽やかさを黒へと染め上げるのだった。
午後五時二〇分。代表執務室にて。
椿は副官と先刻の訓練について話していた。
「只野義人。彼の強さはまさしく規格外ですね。異能は当然のこと、純粋な戦闘能力についても凄まじいものを持っていそうだ」
「そりゃあね。あの二人の息子だもの。化物で当然よ。只野暗人……はまぁ知らないとしても、藤村義乃って名前なら聞いたことがあるでしょう?」
「えぇ、私がまだ教習生だった頃、不世出の天才としてその名を耳にしました」
「そう、姉さんの実力は怪物そのものだった。けど、暗人はそれよりも上でね。あいつと同レベルとなると……一四年前、あの一件でくたばった馬鹿リーダーぐらいだったわ」
昔を懐かしむような目をして、椿はポツリと呟く。
「暗人そっくりの義人、姉さんそっくりの香澄、馬鹿そっくりの天馬……あの子達を見てると、昔を思い出すわねぇ。仲間達皆、とてつもなく強かった。肉体的にも精神的にも」
「ご自分の力に、自信がないのですか? 私からしてみますと貴女も大概ですよ」
「あたしなんか話にならないわよ。少なくとも、精神的にはね。姉さん程人間やめてないし、あの馬鹿みたいな絶対的自信もない。後……暗人みたいに、思想への強い思いがあるわけでもない。おそらく、あたしはセカンドの中でも最弱でしょうね」
「……だから、貴女は慎重になっておられる。と、そう判断してよろしいですか?」
鋭い視線を送る副官に、椿は無言で頷いた。
それが嘘であると、悟られぬように。




