第二章 Extrem Dream 7
午後七時三〇分。
嬉しくも最悪なイベント終了後、義人は泣きながら土下座することで、なんとか香澄の許しを得た、と思いたい。
そして現在。
三人は義人の室内、キッチンルームにて、当然のように食卓を囲っていた。
「いやぁ、にしてもあれだな、電光掲示板が故障するとか、現実にあるもんなんだなぁ」
にこやかに言う天馬だが、なんとなしにトゲがある。
「うん、ホント、マジでごめんなさい……」
「蒸し返すな馬鹿者。義人も気にする必要はない。あれは事故だ」
やり取りの後、静かな食卓が続く。
その空気に耐えかねたのか、ヴァルガスが顕現し、
「なぁ、テレビ見よーぜ。オレ様見たいやつがあるんだけど」
赤毛の狼に応じて、義人がテレビの電源を入れる。
映った番組は最近では珍しいオカルト系。陰謀論だとか真実の歴史だとかいう与太話が今回の内容らしい。
しばらくその番組を静かに鑑賞しつつ、三人は食事を進める。
しかし――
とある事件の特集が始まったことで、天馬と香澄が放つ空気に変化が現れた。
『さて、続きましてこちら! 一四年前に国内で起きた震災は、果たして本当に上位ベヒモスによるものだったのか!?』
それに対し、天馬はポツリと呟いた。
「あぁ、そうだよ。あいつはベヒモスだ。化物以外の何者でもねぇ」
義人は首を傾げた。
彼の口調は、まるであの震災の関係者であるような口ぶりだった。
そんな心情を香澄は察したのか、口を開き、一つの問いを出す。
「一四年前の震災は、お前も知っているな?」
「うん。ここの真隣り、鏡原市に上位ベヒモスが発生して、市内全域が壊滅状態になったんだよね。でも叔母さんが早期にそいつを倒したことで、被害はそれだけだった。上位の被害としては驚くような小範囲だから、奇跡の震災とか言われてるんだっけ」
「うむ。その震災でな、我々は両親を失ったのだ」
平然と吐き出された情報に、少年は言葉を失った。
それに反し、香澄の舌はよく回る。
「父母を失い、我々も死ぬという直前で、椿さんが奴を仕留めた。彼女は私達を救った後、何か思うことがあったらしくてな。我々を拾って養子縁組を行った。……だから義人。私達は血の繋がりこそ絶無だが、関係性としては家族のようなものなのだ」
続けてぶつけられる衝撃的情報に、義人はますます声が出なくなってしまった。
「ふむ。驚かせてしまったようだな。まぁ、あれだ。そんなわけで、我々は昔からお前のことについて知っていたのだよ。だから同じ学校、同じクラスになった時は驚いたものだ。それを知った折、話しかけようかとも思ったのだが、どうにも気まずくてな。何を話せばよいものか、と思い日々を過ごした結果……ここまで来てしまったというわけだ。我ながら、なぜこうも伝えるのが遅れたのやら……」
やれやれといった風に肩をすくめて見せる香澄。
それ以降静かな食卓が続き、結局会話がほとんどないまま二人は自部屋に帰って行った。
そして現在時刻、午後一一時三〇分。
ベッドに寝転がって本日の出来事を反芻する義人の耳に、携帯の着信音が届く。その相手は、藤村椿であった。
『明日データ収集のために戦闘訓練やるから、あんた放課後すぐ駐屯地まで来なさい』
「いつもに増して前置きがないね。それで、データ収集? なんでまた?」
『むしろなんでデータ取らないって思うのか疑問だわ。未知の生物がいたら調べたり弄繰り回したりするでしょ、普通』
「人をそんなUMAみたいに…………まぁいいや。駐屯地って一五の方だよね? わかった。すぐ行く。それじゃ……いや、ごめん、ちょっといいかな?」
『ん? 何よ? 小遣いは上げないわよ? もう一七なんだからバイトなさい』
「する時間ないでしょ、もう。っていうかそんなことどうでもいい。……僕にあまり構ってくれなかったのは、白柳さん達の面倒を優先的に見てたから?」
『…………あの二人に、聞いたのね』
「うん。それで、答えは?」
『……ノーに決まってるでしょう。あの子達とあんた、優劣もなければ優先順位もない。皆平等にあたしの愛する子供よ』
返答が本心かはわからない。
だが、どちらでもよかった。これが聞けただけで、十分だ。
「ありがとう。変なこと聞いちゃってごめんね。じゃ、おやすみ。“母さん”」
久方ぶりに彼女をそう呼んで、義人は通話を切った。
◆◇◆
五月四日。午後四時五〇分。
学校での一時は反吐が出るぐらい通常運転だった。
さて、現在。
関東第三支部、第一五駐屯地、訓練エリア。運動グラウンドにて。
只野義人は、四人の男達と対峙していた。
相手方は全員が二〇代後半。体格、面構えからして、元自衛官であろう。
彼等が戦闘訓練の相手である。
訓練内容は非常にシンプル。
四対一で戦い、監督者たる椿が止めに入るまで続行。
当然ながら異能を使用しての戦いであるため、不幸な事故発生を防ぐべく様々な配慮がされている。
例えば“防壁展開”を持つ異能者が作り出した壁によって、義人、対戦者四人、椿、の六名と外部の観戦者は隔絶されている。そのため派手なことをしても円形状のフィールド外に被害は出ない。
さらに監督者たる椿が戦闘の舞台に立ち、やりすぎないよう見張っている。
彼女もまた天馬、香澄と同様セカンドだ。監督役にこれ程相応しい者もいない。
「さて、そんじゃ始め――」
叔母の開始宣言の途中、全員の腕時計型警報機がアラームを鳴らし、青く発光する。
またか、と誰もが思ったことだろう。
ベヒモスの襲来は地域にもよるが、二日に一回が平均的だ。それなのに、今月に入ってからは毎日である。
とはいえ、それは今関係ない。
「……適当な班が出撃するわ。あんた達は訓練を続行。いいわね? じゃあ、始め」
それに従い、全員が戦闘態勢に入った。
まず、義人が変身。
身辺に発生したドス黒い霧が全身を包み込み――数瞬後、二メートル前後の巨体を持つ漆黒の鎧が場に君臨する。
続いて、対面の相手方が武装を顕現させた。
一列に並んだ彼等の手元に、左から橙、桃色、黄色、肌色の持ち手が現れる。
これは彼等のカラーフェアリーが具現化した物だ。
武装はフェアリーと己の精神が融合することで発現する。その種別は当人の心の一部を表すとされており、例えば刃物であった場合攻撃的な一面を持つ、といったところだ。
相手側の武装は左から、
コンバットナイフ、刃の色は黄緑。
火炎放射器、持ち手以外の色は青紫。
打鞭、棒状部位の色は玉虫。
盾、全面の色は銀。
カラーズのレベルは、武装の持ち手部分以外の色合いでわかる。
複数の成長要素によって彼等は格を上げていくわけだが、それに連れて色がより鮮やか、美しいものへと変わるのだ。
その格付けは、一番下から
灰、茶といった汚色。
赤、青といった単一色。
紫などの混合色。
金、銀といった金属色。
この四種である。
レベルの上昇によってカラーズ達は力を使うための対価たる“精神力”の消耗率が減少する。
即ち、一〇の現象に五の消費を必要としていたのが、三、二、一と減少していき、より小さな対価で大きな現象を発生させることが可能となるというわけだ。
最後に、彼等の右手甲に残存精神力を表す時計、メーターに似た形の刻印が現れた。
これにて準備は完了。戦闘訓練が本格的に開始される。




