第二章 Extrem Dream 6
午後四時二五分。放課後。
学校での時間は清々しいぐらい平常運転のまま終わった。
ここから先は帰宅するのみ。というわけで、義人は二人と同じタイミングで教室を出て、全く同じ帰宅ルートを進む。
そして他の生徒が周りに見られなくなった頃、ルールが解除された。
「うっし、こっからは話せるな。今日はどーも気持ち悪かったぜ。喋りてぇのにできないって思ったよりしんどいのな」
「お前から言いだしたことだろうが。我慢しろ。……あぁ、ところで義人。帰宅後は何か用事などあるのか?」
「いや、何もないよ」
「ふむ。では我々と訓練をしに行かないか? 義務としては最低月一〇日ということになるが、お前は実戦志願だろう? なら、なるべく毎日鍛えた方がいい」
「ん、そうだね……それじゃあ、一緒に行こうか」
正直に言えば、どうせ訓練に意味などないと突っぱねてしまいたかった。
現状を例えるなら経験値カンスト状態。ゆえに、努力をすることによる充足感などない。
だが、香澄の提案であるため、断ることができなかった。
帰宅してから、義人はカラーズ・ネスト実動部隊が纏う制服に着替えた。
ネイビーカラーを基調にした、まるで軍服のようなそれは、さすが戦闘装束というだけあって非常に動きやすい。
胸元にある“三本角の怪物――おそらくはベヒモス――”に斜め線、というデザインのエンブレムを見ると、自分がカラーズなのだと強く自覚できる。
さて、そのような衣装を纏う理由だが、そうしないと目的地に入れないからだ。
カラーズの訓練施設は、各支部管轄の駐屯地内に存在する。
三人が向かったのは、自分達の所属場所である第一五駐屯地であった。
駐屯地は大抵どこでも同じ内観で、ここも例外ではない。
内部は三つのブロックで構成されており、一つは教習生が教官の指導を受ける教練エリア。
もう一つは一般部隊員が訓練を行う訓練エリア。
最後に、実動部隊の基本業務である待機任務を行うための待機エリア。
という様に構成されている。
通常、組織に入りたての者は大半が教習生という立場になり、年齢別に分けられる。
その後それぞれの担当教官に座学や戦闘訓練、基礎的体作りなど、様々な指導をしてもらうことになる。
その過程を半年続けると、めでたく一般部隊員となり、特定の班に配属。
というのが普遍的な流れなのだが、義人の場合入属時点で心身共に異常なレベルで鍛え上げられているということを椿が認知していたため、その過程をすっ飛ばして、いきなり一般部隊員として扱われることになった。
なので、彼は二人と共に訓練エリアへと入る。
このエリアはまさにトレーニング施設の宝庫だ。筋力、筋持久力、スタミナ、瞬発力など、目的別に合わせて多種多様な施設が存在する。
カラーズは得た力によって、やるべきこととやらなくてもいいことがハッキリと決まってしまう。
例えば天馬のように身体強化系の異能を持つ者は筋力をいくら鍛えても無意味なので、筋肥大用のプログラムは行わない。
その代わり持久力を高めるメニューを中心にこなす。といった具合だ。
で、三人が選んだ本日のメニューはスタミナ用プログラム。
天馬はいわずもがな、香澄も筋力は不要である。
彼女の異能は創造。
これは物質の生成を行い、頭脳を駆使して様々な現象を起こすことで敵を倒す、という戦い方しかできない力だ。
そういった戦術には特に体力が必要になる。
疲労によって頭が働かなくなった時点でおしまい。
ただでさえ“精神汚染”によってカラーズの持久戦は困難なのだ。体力はいくらあっても困らない。
そういうわけで、該当する施設へ行く。
屋内には随分と近未来的なマシンが所狭しと配置されていた。
見た目的にはエアロバイクにチューブを馬鹿馬鹿しくなるぐらいくっつけた感じ、といったところか。
香澄が言うには最高効率で体力を奪い取るための装置、だそうだ。
そのため短時間で死ぬほど疲労し、その分効率的にスタミナを上昇させられるのだとか。
トレーニング馬鹿の義人にとり、なんともそそられる話であったが――
実際体験してみると、失望や絶望しか味わえなかった。
やはり、義人の異能は全自動であるらしい。どれだけ動いても全く疲れないし、かいた汗も少量だ。
一方で、香澄と天馬は凄まじい形相となっていた。
二人が今感じている苦しみが、義人には手に取るように理解できる。
肺が爆発しているかのような激痛。体力作りを極限まで行うとそれを味わうことになる。
だが、それがいい。
その後体力が回復し、ちょうどいい倦怠感と疲労感が全身を覆っているあの感覚が、義人は大好きだった。なんとなしに、生きているという心地がするのだ。
けれど、それはもう一生味わえない。
だから、こう思ってしまう。
力を得たことは嬉しいが、もう少し弱いものが良かった、と。
最初にトレーニングを終えたのは香澄だった。
彼女が汗を流しに行ったことを確認すると、義人もまた無意味な行為をやめる。
天馬はもう少しだけやるとのこと。
彼に付き合うつもりはなかったので、少年は一人でシャワールームへと向かう。
そして着替え室の前に到着。
見た目は温泉の入り口そのものである。一点違うのは、男と女を示すのが電光掲示板というところのみ。
掲示板を見るに、左側が男。
なので、義人は左の着替え室へと入り、服を脱いだ。
その最中、妙な違和を感じる。
――施設の中には結構人がいたんだけど、ここには誰もいない。なんかおかしいな。
怪訝となるが、貸し切り状態であるならそれはそれで良い。慣れているとはいえ、男の裸体など見たくないものだ。
手早く衣服を脱ぎ、ロッカーへ入れる。
その途中、イヴが「あなたのソレを見ていると悲しくなりますねぇ。この短小」などと噴飯ものの発言を送ってきたが、なんとか耐えた。
そうして、少年はシャワールームに近づき――
――あ、やっぱり中には人がいたか。
湯を出す音を聞く。
同性の裸体を見ずに済むと思っていただけに、少々残念に思えた。
が、ドアを開けた瞬間、彼は自分の願いが“二つの意味で”叶ったことを知る。
一つは男の裸を見ずに済んだという意味。
もう一つは――
思い人の裸体を見れたという意味だ。
「………………よ、義人? なぜ、ここにいる?」
それはこっちの台詞だった。
なぜ、香澄が男のシャワールームを使っているのだ。
現実を直視し続ける。というか、目を離したくてもオスの本能が全力で拒否する。
ここのシャワールームには区切りというものがないらしく、利用者は自身の全裸を他人に晒すこととなる。
即ち、白柳香澄は生まれたままの状態を見せているというわけだ。
湯気で大事な部分は隠れて見えない。が、股関部は視認できないものの、胸及びその他はしっかりと捉えることができる。
青少年なら一度は経験があるのではないだろうか。
涎を垂らしたくなるような巨乳を持つセクシー女優、その全裸を見た時の落胆を。
服の上、あるいはビキニなどを着用している際はしっかりとした扇情的形状であった乳がそれを取り除いたことによって、垂れた脂肪へと変化するその瞬間、世の男子は叫ぶのだ。
騙された、と。
しかし、彼女の乳房は、ブラなどによって形を整えた偽美乳ではない。かなりのビッグサイズでありながらその張りの良さから垂れ下がることはなく、もはや芸術の領域にまで達するような素晴らしい曲線を描いている。
これは人体の奇跡だ。
白柳香澄の肉体に欠陥はどこにもない。長い黒髪は艶やか過ぎて怖いぐらいだしキリッとした瞳は格好いいし桃色の唇はセクシーだし肌は雪みたいに真っ白だし尻は埋めたいぐらい形がいいし腰はくびれてるし胸なんかはもうミラクルおっぱいだしミラクルおっぱいだしおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい…………………………………………………………………………
『戻ってきなさい。さもなくば殺しますよ。この全身肉棒野郎』
イヴの罵倒により、我に返る。
で、自分が置かれた立場を自覚して卒倒しそうになった。
思い人と全裸で向かい合うという状況は、相手との愛があって初めて最高のシチュエーションとなる。
しかしそうでないとするなら、これ以下はないというぐらい最悪だ。
しかも股間部がサプライズ的刺激によって膨らむ寸前なのだから、手が付けられない。
「あー…………こっちで湯を浴びるか? 私はまぁ、別に構わんぞ? 裸の付き合いも悪くは、ない、かも、しれん……」
言葉が相当濁っている。
そんな彼女は両手で胸と秘部を隠し、やや恥ずかしそうに横を向いていた。
さしもの香澄も、半裸は許容できるが全裸は無理なのだろう。
もっと言えば、真っ裸の男が目前にいるのだ。当惑もするし、身の危険を感じて怖くもなろう。
「ご、ごめんなさい」
全てが終わってしまったような絶望感を覚えながら、義人はその場から出ていった。
『電子掲示板が故障してたんですかねぇ。なんとも二次元チックなラッキースケベイベントでしたが、あなた、わたし以外の女の裸見て今どんな気持ちですか? やっぱり巨乳はいいものだ、とか言ってごらんなさい。本気であなたを殺してわたしも死にますから』
棒読み口調に少しだけ感情が乗っていたが、なんかもう、何もかもどうでも良かった。




