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第二章 Extrem Dream 4

 五月三日。ベルズタワー。午前五時五〇分。


「ん……うぅ……」


 軽い呻きと共に、義人は目を覚ます。

 瞼がゆっくりと開かれていき、死んだ魚のような目が徐々に見えてくる。


 そしていつも通り半開きの時点で停止すると、昨日までとはまったく違う光景が飛び込んできた。


 それは内装が、という意味ではなく――


「……なにやってんの、君」


 ベッドの中という夢の空間に、自分以外の存在が居た。

 それは間違いなく人間。しかも少女である。ただの少女ではなく、超がつくほどの美少女である。


 が、こんな嬉しいイベントを前にしても少年の心に歓喜はない。

 なぜなら、


「おはようございます、義人」


 不思議な黄金色の瞳を向けてくる美少女は、我が分身だったからだ。


「うん、おはよう。で、なにやってんの、君」

「二次元においてはよくあるじゃないですか。朝起きてみると、美少女が自分の隣ですやすやと寝ていた的なイベント」


 自画自賛極まりない発言だが、事実なのでツッコめなかった。


 イヴの可愛らしさを体現したかのような容貌は、本日も一切の陰りが見られない。


 床に届かんばかりの、長い艶美な黒髪。物憂げに細められた金色の瞳。白すぎるほど白い肌。


 服装は変わらず闇色のワンピース。

 細い肩紐がずり落ちて、小ぶりな胸がはだけている。もう少しで桃色の蕾が見えそうな感じだが、それでも義人の心に興奮は皆無。


「うん。二次元ではよくあるよね。起きてみると見知らぬ美少女が隣にいて、場合によっては衣服がはだけていたりとか、セクシーシーンに繋がったりするイベント。今まさにそんな状態だね。……で、それを何故君が実践してるの?」

「二次元で起きるイベントを現実で体験すると、あなたのような人間は一体どんな反応をするのかなぁ、と思いまして。謂わば実験ですよ実験」

「ふぅん……それで実験結果は?」

「面白くない結果に終わりましたねぇ。わたしとしては欲情したあなたが襲い掛かってくることを期待していたのですが」

「君って馬鹿なの? カラーフェアリー襲ったってすり抜けるだけじゃないか。そもそも君を見て欲情したりしないし。鏡に映る自分見て興奮するような変態じゃないよ僕は」

「……あなたという人はデリカシーがありませんね。恋する乙女になんたる言い様。わたし泣いちゃますよ、くすん」

「棒読みで言っても説得力皆無なんだけど。ていうか君、本気で僕のこと好きなわけ?」

「はい。もし実体を持っていたら三日以内にあなたを腹上死させる自信がある程度には」


 手を丸め、卑猥な素振りをするイヴ。しかしやっぱり何も感じない。


 付き合ってられるかとばかりに息を唸らせ、義人はベッドから起き上がった。


「朝に一発しなくていいのですか? イヴという名の見抜き用グッズがありますよ?」

「今まで朝に一発した覚えはないんだけどなぁ? 走る前にそんなことするわけないだろ。体力削れるっての」

「ははぁ、無駄な努力を本日も行うというわけですか。精々頑張ってください」


 そう言い残して、イヴは消滅した。

 それを気にすることなく、少年は準備を始める。


 上下黒のジャージに着替え、軽く筋を伸ばす。

 運動の用意を整えた後、外へ。

 すると。


「お、義人じゃん。どした? こんな時間に出かけんのか?」


 なんとも驚きのタイミングで、天馬、香澄と出くわした。


 どうやら二人はすぐ隣の部屋に住んでいるらしい。彼等もまたドアを開けて出てきたところだった。


「いや、僕はこれからロードワークをするんだけど……もしかして二人も?」

「うむ。どのような異能を持つ者であれ、実動部隊に体力は必須だからな。走り込みは欠かせぬ鍛錬項目だ」


 そう答えた香澄は真っ白なジャージに身を包んでいた。

 サイズがやや合っていないのか少々窮屈そうに見える。しかし、そんなものを着ているがために、彼女の体のラインがはっきりとわかる。

 形のいい尻と大きな胸が強く自己主張し、くびれたウエストが扇情的だ。


 さらに長い黒髪を後ろで纏めており、それがまた非常によく似合っている。


 ちなみに、天馬は上下赤ジャージで派手派手。しかし美形なので違和感がない。


「えぇっと……一緒に走る?」

「そうだな。お前の体力がどの程度か知っておきたい。共に行こう」

「ははっ、オレ等について来れっかなー?」


 そんなわけで、義人は二人と共にいつも通りのペースでいつも通りのコースを走った。


 その結果。


「はぁっ……はぁっ……」

「お、お前の……体力、は……凄まじいもの、だな……義人」


 二人は喋るのも困難といったレベルまで追い込まれた。

 それに反して少年はというと、ほとんど汗もかかず息も全く切れていない。


 それは彼としてもおかしなことだった。


「いや、これは変だ。僕は毎日二〇キロ以上走ってるけど……走り終わった後はかなり心拍数が上がってるし、発汗量だってこんなもんじゃない。……もしかすると、力を手に入れたことが原因なのかな」


 ということはもしや、これからは努力の必要がなくなってしまったということだろうか。


 それは哀しい。

 肉体の鍛錬は義人にとり行うべき努力の一つであり、趣味でもある。

 苦痛に耐えながら極限へと迫っていくあの感覚は一種の快感だ。それを味わえないというのは哀しいし、寂しくもある。


『は、は、は、は、は。さすがわたしのパートナー、素晴らしいマゾ豚ぶりですね。ちなみにわたしはドSなので、色々と楽しみにしておいてください。いずれ死ぬほど気持ちの良いことをして差し上げますから』


 相棒の台詞が脳内に響くが、香澄の声が同時に飛んでいたので聞こえなかった。


「毎日、二〇キロ、だと……これは、まいったな……我々以上じゃ、ないか……」


 負けたよ、と言わんばかりに微笑んで、彼女は義人を褒め称える。

 それを耳に入れたことで、少年は舞い上がってしまった。まさかこのようなことを言ってもらえるとは。

 その反面――


 天馬の視線は、彼を不快にさせた。


 さらさらとした栗色の髪を汗で濡らし、地面に跪きながら、奴は美貌を悔しそうに歪めている。

 自覚があるかないかはわからないが、彼の目は義人に確かな敵意をぶつけていた。


 ――こういう時、あいつは相手を褒めるもんだと思ってたけど、随分な負けず嫌いだな。

『主人公野郎の一面を知れて良かったですねぇ。わたしとしてはあの両目くり抜いてやりたいのですが』

 ――よくよく考えてみれば、僕はこの二人のことなんにも知らないんだよな。ずっと遠くから見てただけだ。でも、これからは違う。……色んなことを知れればいいな。特に白柳さんのこととか。

『あのビッチについては誰よりも知ってるでしょう。あなた何十万もかけて色々と――』

 ――人が真面目に考えてんだから少しは気遣えよ! このバカタレッ!


 心中で怒鳴りつけるが、イヴに悪びれた風はなかった。全く苛立たしい相棒である。


 厄介なパートナーに嘆息する義人。そんな彼に、息を整えた香澄が話しかけてきた。


「なぁ義人。都合が悪くなければ、朝を一緒にしないか? できれば、今後食事などといったプライベートは共有したいのだが」

「えっ? ……僕は構わないよ、全然」


 むしろ大歓迎だった。

 香澄と長い時間一緒に居られるのだ。万々歳以外の何物でもない。


『わたしは反対です。今からでも遅くありません。断りなさい』

「よし、じゃあ早速朝食にしようか。あ、その前に二人ともシャワー浴びてきなよ」


 部屋で待っている、そう言い残して、義人はマンション内へと入っていった。


『チッ、腹立たしいですねぇ……』


 相棒の声に、一切応答することなく。

 


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