第一章 古き被害者と新しき被害者 2
少しだけ険しい顔で言い放つと、席を立った。
なんとなしに、居心地が悪くなったのだ。ここに居るぐらいなら、あの気に食わない友人の隣に居た方が万倍マシと思うぐらいに。
『ガハハハハハ! マジで素直じゃねぇな~』
「うっせぇ」
脳内に響く相棒の声にムスッとしながら、廊下を歩く。
相方が教室から出ていった後、学友達の顔には強い当惑が浮かんでいた。
普通、こうした場合、多くの人間がしらけるものだ。あんな奴をなぜ自分達は輪の中心としたのだろう。そう考え、別の中心を見出そうとする。
現状、その対象は香澄となろうが、しかし、皆はそうしたことをしなかった。
全員が全員、まるで両親に叱られた後の子供のような顔になっている。
悪いことをしてしまった。どうやって関係性を修復しよう。といった、絶望とも不安ともつかぬ独特な感情を抱いているのだろう。
そうした気持ちにさせるのは、ひとえに神代天馬という人間のカリスマ、そして人徳の成せる業。義人の言う通り、天馬はまさに世界の中心である。
『此奴等からしてみれば、ヌシとてその一人だろうよ。救いの手を差し伸べてやってはどうだ?』
ユキヒメの言葉に一つ頷くと、香澄は怜悧な瞳で皆を見回し、
「まぁ、なんだ。気にするな、とまでは言わんが、少しはあの阿保の言うことについて考えてやってくれ。……私自身、仲間を悪く言われるのはあまり良い気分にはならん」
穏やかな声音がクラスメイト達の心に安堵をもたらしたらしい。きっと彼等からしてみれば、香澄の言葉は父に叱られた後の母の慰めに近いものであったろう。とはいえ、当人にその自覚などないが。
『さてさて、学友共へのふぉろーは終わったわけだが……』
――問題なのは、天馬だな。あいつの、というより、私達の気が治まるとしたなら、義人が皆に受け入れられること、だが……。
『それは彼奴が望んどらんからなぁ。全く、何が気に食わんのやら』
ユキヒメの言う通りだと思った。
義人の立場からすれば、誤解が解けてクラスになじむことはマイナスにはならない。いや、むしろ望むべきことではなかろうか。
それなのに、彼はクラスメイトどころか、自分達とまで距離を置こうとしている。
――なぜ、そうなるのだ。わからん。全くわからん。
しかし、どれだけ疑問符を増加させようとも、真実は義人しかわからない。
それがいつ、彼の口から語られるのか。
そのことを思うと、香澄は寂寞とした感情を抱かずにはいられなかった。
目的地へと赴く道中。天馬の耳に、目の前を歩いていた生徒達の会話が入る。
普段なら特に気にしないが、今回は別。彼等の話題は、聞き捨てならぬものだった。
「あー、やばかったよなぁ」
「ほんとほんと、まっさか聞いてたとは思わなかったわ」
「けど、手ぇ出してこなかったよな、あいつ」
「ま、出したら出したでまず退学だろ。それが嫌で我慢したんじゃねぇの?」
「それか俺等にビビったのかもな。マジであいつ只野雑魚人なんじゃね?」
ゲラゲラと笑う連中を、殴り飛ばしてやりたかった。しかし、それは義人が望むまい。
そのことがわかるからこそ、歯がゆい。
――あぁ、ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。なんでオレがこんな気分になんなきゃいけねぇんだ。
腹が立ってしょうがない。これもそれも、全てはあの白髪の少年が悪いのだ。
この怒りをぶつけてやる。そのつもりで、天馬は相手が居るであろう場所、屋上へと赴き、
「おい」
ドアを開いて早々、目に入った白髪の少年へ声を送った。
対し、相手方はタイルに座ったまま首を動かし、
「……なんの用かなぁ? 人気者がこんなとこ来ちゃダメだろ、クラスの和的に考えて」
半開きの瞳をさらに細くし、消え失せろと言わんばかりの悪態を作って見せる。
割と頻繁に鈍感という揶揄を受ける天馬だが、この態度については芝居であることを察することができた。




