プロローグ一 蒼の不穏 2
それから少しの間を空けて、
「こっちは極力おめぇとの関係を匂わせねぇように動く。だから、そっちに迷惑はかけねぇ。もしこの一件が上手くいったなら……海山組は、藤村椿個人に借りを作ったと認める。どうだ? 協力しちゃくれねぇか?」
「……随分と下手に出るわね。裏社会の頂点でしょう、あんたは」
「このご時世、ヤクザはそれほど強いもんじゃねぇよ。暴対法の強化もあるが……一番でけぇのは、カラーズ・ネストの台頭だな。日本社会を裏で操ってんのは、もうヤクザじゃねぇ。おめぇら、いや、正確にはあの女、か」
「でしょうね。でも、昔のトップに比べればあいつの方がずっとマシだわ」
「そうだな。奴が仕切ってりゃ、少なくともあの時の、暗人君の悲劇が繰り返されるこたぁねぇだろうよ」
それから少しばかりの沈黙を経て、山田は一つの問いを発した。
「義人は、元気にやってるか?」
「あら、知ってたの? あの子のこと」
「あぁ。裏じゃ憎悪の対象になってるからな。ブラックナイトは」
「……あんたは、あの子をどうするつもり?」
「聞かんでもわかるだろう? おめぇにならよ」
その言葉を受け、椿は硬い表情となりながら。
「あの子は、暗人とは違うわよ」
「どうだろうな。おめぇがどう思ってんのかは知らねぇが、俺はあいつを暗人君と同じと見るがね」
一拍の間を開け、彼は続きを語る。
「大分前の話だ。あいつがうちの二次団体と揉めたことがあってな。うちじゃクスリの取引と闇金は禁止してるんだが、それでも陰でやってる連中は多い。そういう不届きな奴等をあいつが潰したってわけだ。その一件で、俺はあいつと顔を合わせたんだが……本当に、びっくりしたもんさ。暗人君が生き返った。そう思わされた」
「……顔はあいつと瓜二つよ。それは認める。でも、人格は姉さんに似てるわ。あの子の性格は、姉さんの――」
「おめぇよ、自分の姉貴のことはなんでも知っちゃいるかもしんねぇが、憎い相手のことは何も知らねぇんじゃねぇか? いや、知ろうともしてねぇんだろうな。……第三者の俺からしてみりゃ、あの二人は根幹が同じように見えたぜ。どちらも、弱者を救うためだけに生きようとしてた。手段や思想は違うが、弱者救済の思いだけは全く一緒だ」
椿は沈黙する。
あの男が、そんな善人であるものか。あってたまるか。
歯噛みし、拳を握り、そして。
「……話は、これで終わり。捜査状況は逐次連絡するわ。それじゃ」
立ち上がり、代金を支払って店から出る。その際、山田の側近と思しき人物と目が合った。
オールバックの黒髪。体格が良く精悍な顔立ち。まだ歳若いが、相当にできる人物に感じた。
頭を少し下げてくる彼を無視して、その場から離れる。
そうして嫌な気分が治まり始めた頃、椿は事件の調査について思いを馳せた。
――この事件、誰を使うべきかしらね。
椿の勘では、さほど困難な仕事ではないように感じられる。となれば。
――あの子達にとっちゃ、いい経験かもしれないわ。
二人の子供を思い浮かべる。
神代天馬と白柳香澄。あの二人はベヒモスの退治任務はベテランの域に達しているが、まだ野良犯罪の調査任務は未経験である。
この一件で、ノウハウを少しでも積んでもらおうか。
そう思い至った後、すぐに別の思惑が浮上した。
――そういえば、“実習生”の研修もする必要があったわね。あの子等なら預けても問題ないでしょうし、同時にやってしまおうかしら。
そして、彼女は実習生の名を脳内検索する。
「えぇっと、確か……そう、御堂……“御堂ゆかり”、だったわね」




