プロローグ一 蒼の不穏 1
六月一三日。午後九時三五分。
獅子原町。その一角にある寂れたバー。
藤村椿は、とある人物の誘いに乗り、そこへ来ていた。
その者は、一応旧知の仲。とはいえ、特別親しかったわけではない。いいところ知人同士。そんな関係だ。
さて、その者を待つこと一〇分。カウンター席にて、一杯目の酒を飲みほした頃。
待ち人が、ドアを開いた。
そして隣に座りこむ彼に対し、椿は一息吐いてから、
「遅かったわね」
「あぁ、少々道が混んでてな」
腹に響く重低音。それを聞き、彼の外見を見たことで、椿は心底思う。
人間とは、ここまで変われるものか、と。
彼の外見は非常にシンプル。一七〇センチの筋肉質な体を白スーツで包み込んだ、スキンヘッドの男。無数の傷痕が走る厳つい顔に、サングラス。と、いかにもな風体である。
誰しもが、彼を見た瞬間カタギでないと思うことだろう。
実際、彼は真っ当な人間ではない。
名は山田良真。職業――ヤクザ。
齢三七にして、日本国内最大の暴力団、海山組の頂点に立つ男だ。
しかしそんな者に対しても、椿は一切物おじすることなく、
「変わり果てたもんね。昔とは別人だわ」
そう前置いてから、
「で、用件は何かしら? つまんないこと言ったら即座に帰るわよ」
問いを受け、山田は懐から一本の葉巻を取り出し、火を点けた。それを一息吸い、紫煙を吐き出すと、
「お前を始末しに来た、と言ったら?」
「どうぞ、かかってくるといいわ。けど、あんたが店の外で待たせてる野良連中じゃ、あたしを消すことなんかできやしないと思うけど?」
「あぁ、そうだろうな」
「……冗談を言うために呼び出したの? なら、もう帰らせてもらう」
席を立とうとする椿を、山田は手で制した。
「まぁ待てよ。冗談と言えば冗談だが、マイナス感情がゼロってわけでもねぇ。あの一件でおめぇを恨むのは筋違いだってことはわかってる。だが……暗人君を殺したことには、変わりねぇからな」
「あたしからしてみれば、あれは正当な復讐よ。最初に仕掛けたのはあいつだもの」
「……あぁ、そうだな。どんな理由であれ、暗人君がやったことは虐殺だ。許されねぇことだろうよ」
それから彼は再び葉巻を吸うと、
「……奴等が生きてりゃ、まだ、俺にも救いはあったんだがね。復讐の相手が、生きてりゃあな。けど、どいつもこいつも死んじまった。残ったのは俺とおめぇ、そして、あの女だけだ」
悲哀を感じさせる嘆息。その後。
「今回呼び出したのは、昔話をするためじゃねぇ。……おめぇも知ってんだろ? 最近の連続殺人事件のことは」
その発言により、彼の目的が見えた。そのため、椿は上がりかけた腰を椅子に落ちつける。
「あんたんとこの二次組織の連中がやられてるんだっけ? 確か三件」
「正確には六件、だけどな」
「どういうこと?」
問いに対し、山田は傷だらけのスキンヘッドをカリカリと掻きながら、
「最初の一件目が起きた時、俺はクーデターを予感した。やられた奴は俺の腹心の一人でな。俺の計画に乗っかってる奴だった」
葉巻を吸い、煙を吐く。
「……俺がやってるこたぁ、言ってみりゃヤクザの内部破壊だ。巷じゃヤクザもんは変わっちまったなんて言う奴もいるが、俺はそう思わねぇ。ヤクザなんてのは、今も昔も同じさ。弱者を食い物にして利益をむさぼる。その本質は変わってねぇ。付け加えるなら、変えるつもりもねぇんだよ。ヤクザは悪事で儲けるもんだ、みてぇな考えの奴が多いからな。……それを、俺は無理やり変えようとしてんだ。となりゃ、反感も買うわな」
「……つまり、こういうことかしら? 一件目から三件目の事件はあんたが揉み消した、と」
「その通りだ。身内のごたごたで世間様をにぎわすのもどうかと思ってな」
「で、あんたは自分の手で下手人を見つけ、クーデターを阻止しようとしたけど、失敗に終わった、と」
「面目丸つぶれだが、認めざるを得ねぇ。俺じゃあ見つけられねぇって判断した結果が、最近の報道さ。三件分の情報をサツやマスコミに流した。で、奴等に調査させたわけだが」
「カラーズ犯罪と認定された。でしょ? 知ってるわよ。だってその件、あたしが最高責任者として指揮を執ることになってるもの」
「あぁ、そうだな」
「……で、あたしに何を期待してるわけ?」
「警察だけでなく、俺等とも提携してくれ。で、下手人を見つけた暁には……俺等の手で、ケジメをつけさせてほしい」
「……引き渡すのが黒幕だけなら、まぁ問題はないわね。でも、実行犯の野良はダメよ。そっちはこちらが処理する。そうしないと、こっちの顔が潰れるわ」
「わかってるさ。駒にゃ興味ねぇ。それを動かしてる人間さえ貰えりゃ、こっちに文句はねぇよ」




