第六章 エンドロール 8
歯がゆさと悔しさを感じる義人。その脳内で、かつて師より送られた言葉が再生される。
“
お前ほど武の神に愛された者を、俺は見たことがない。だがそれでも、いずれお前のもとに難敵が現れることだろう。武の神に愛されているのは、お前だけではないのだ。その時において、もしお前が才覚に胡坐をかいていたなら、望まぬ結果を得ることになるだろう”
空手の業を与えてくれた男の顔が、頭の中に浮かぶ。
――あなたの教えを、僕はずっと守ってきた。だからこそ、僕は勝ち続けることができた。けれど。
ほんの僅かに、弱音が心を蝕む。その時、別の師が顔を出す。
“キミがなんのために強さを求めるのか。それはあえて聞かないでおくよ。それだけの修練をするんだ。きっと、それなりの理由があるのだろう。けれど義人くん。これだけは言っておくよ。キミがもし正義のために戦うのなら、決して負けてはいけない。なぜならば、正義とは常に勝者のことを指すからだ。だから、己の正義のために戦う時は、絶対に勝ちなさい。何をしてでもいい。戦うなら、必ず勝ちなさい。もし敗北したなら、キミは正義ではなくなる。例えいかに美しい思想のもと戦ったとしても、負けたなら悪だ”
中国拳法の師に言われたことが、胸に響く。
――そうだ。負けちゃ、ダメなんだ。僕は、負けちゃダメだ。だから、今まで手段は選んでこなかった。人道にはずれていようが、卑怯であろうが、何をしてでも勝ってきたんだ。自分が正しいってことを、証明するために……!
もしここで敗北を喫したなら、己が悪で、敵方が正義となる。
そんなもの、認めてなるものか。あのクリス・ミカエルという少女が邪悪であることは、見ただけでわかる。その思想・思考回路を知らずとも、直感で理解できる。
奴を勝者にしてはならない。正義にしてはならない。
だから。
――イヴ、もう一段階先に行く。力をよこせ。
『……馬鹿なことを言わないでください、と、小一時間説教を食らわせて差し上げたい』
――現実見なよ。もっとエネルギーを供給しないと、こいつには勝てない。
『それは事実です。しかし……あなたの体が、持ちません。いいですか義人、今の供給量ですら、常人ならば即座に発狂して暴走するレベルです。それに耐えているだけでも異常だというのに、そこからさらに上となると――』
――狂死もありうる、でしょ? その可能性は低いと思うよ。ここ最近、地獄を見続けたからかな。僕は精神的に強くなった。エネルギーの供給限界も、底上げされてるはずだ。実際、初めて第二段階になった頃より大分楽なんだよ。
『……それが真実であったとしても、リスクが高いことはしてほしくありません。とはいえ、このままですと奴に殺される、というのも事実。……逃げるという選択肢は?』
――あるわけないだろ、この中途半端サディスト。君は僕が苦しむのを見て楽しみたいんだろ? だったら早く力をよこせ。悶え苦しんで君を悦ばせてあげるから。
『……致し方なし、ですか。こういう時、あなたの人間性が嫌になりますよ、まったく』
自分の気持ちも考えてほしい。そんな感情が乗った言葉を無視して、再度要求する。
「イヴ……僕に力をッ!」
直後、さらなる膨大なエネルギーが、漆黒の鎧へと注入された。
精神的激痛が強まる。その凄まじさに動きが止まり、一方的な攻めを受ける。
だが、クリスの攻撃は全て無効化された。命中、損傷、瞬間再生。火力が再生を上回らない。それゆえに、もはや奴の攻めはなんの問題にもならない。
そして――未知の第三段階へ。
闇色の鎧、そのヘルムから伸びた三本の角がさらに長くなり、他にも細かな角が複数伸びる。
全身から生えた棘も数を増し、まるで棘の怪物といった姿へとシルエットを変えた。
続いてエネルギーが染み渡るかの如く、全身に血色のラインが葉脈状に広がる。その様はまるで血管が浮かび上がり、脈打っているかのよう。
そして最後に、背後から鮮血が噴き出すかの如く、エネルギーが放出される。
第二段階の時点で、人外じみた形状だった鎧。しかし、今はそれすらも超えていた。
紅き一対の翼を広げた黒竜。今の義人は、そんな姿だ。
「ぐ、う……ぁあ……ああああああああああああああああああああッッ!」
人の喉から出たものとは思えぬ咆哮。天空にて轟いたそれを受け、敵方は、
「……おいおい、それはちょっと反則なんじゃないかな?」
直後、義人は行動を開始する。
右手に巨大な黒剣を生成し、握りしめ、推進。
近寄り、右腕を両断して通過。振り向き、敵へと突き進んで、今度は左腕を斬った。
次は右脚。その次は左脚。それから数センチ刻みで斬り続ける。
推進、斬撃、通過、振り向き、また推進。
それを繰り返した。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
彼が通過する度に、敵の体積が減少していく。削れて削れて削れ続けて、まるでダルマのようになった闇色の道化師。
激しい精神的苦痛を味わいながらも、義人はハッキリと自己意思を保ち、思考する。
このまま首だけの状態にして、再生できないよう、防護壁で覆う。それからじっくりと話し合いをしよう。
『面倒くさいですねぇ。ぶっ殺しちゃえばいいのに』
イヴの言うことはもっともである。こんな者、殺すに限る。
だが、義人の理想像たる主人公は不殺型。それゆえに殺人はタブーだ。
とはいえ――殺してはならぬということはつまり、裏を返せば、相手が死ななければ何をしてもいいということだ。




