第二章 Extrem Dream 3
「………………えっ?」
さすがに驚天せざるを得ない。
なぜ、この二人がここにいるのだろう。
固まる義人を不思議がってか、香澄が首を傾げ、
「む、どうしたのだ。何かおかしなことでも?」
「えっ、あ、えっと、その……」
彼女に話しかけられたのは、これで二度目だ。
初体験は力を得た直後に済ませている。だがそれでも、全く慣れてはいなかった。興奮と緊張で顔が真っ赤に染まり、頭が沸騰しそうになる。
そんな少年に香澄は首を傾げたままだったが――彼女の相棒は、全てを理解したらしい。
「ははははははは。随分とわかりやすい男だな、お前は」
香澄のすぐ傍に一人の少女が顕現し、呵呵大笑する。
その姿は、真っ白な着物を纏った純白の髪を持つ香澄。隣に立てば、まるで双子のように見える。
「……ユキヒメ、どういうことか説明しろ」
「くふふふ、それはできぬ相談だ。何も考えずヌシ等がするべきことをせよ」
言ってから、ユキヒメと呼ばれた彼女は義人を向き、
「自己紹介が遅れたな。私は香澄のフェアリー、ユキヒメだ。ついでに全員分の紹介をしておこう。こいつが白柳香澄で、こいつが神代天馬。まぁ、二人については要らぬ世話であったか。特に、香澄の方は私よりも知っていそうだしなぁ?」
くふふと笑うユキヒメは、まるで小悪魔のように魅惑的だった。
で、次の瞬間。
「おいコラ! オレ様の紹介はどうした!」
天馬の相棒が、姿を現す。
その外見は、真紅の毛皮を持つオオカミ。
外見は二メートル近い巨躯で恐ろしい威圧感を持つが、その声は可憐な少女のように愛らしい。
「おう、そうだ。忘れておった。こいつはヴァルガスと言ってな。まぁ見た目通りやかましく吠える犬だ。よろしくやらんでもよい」
「誰が犬じゃゴラァッ! オオカミだ! オレ様はオ・オ・カ・ミ・だッ!」
なんとも賑やかな感じになった玄関先。
やいのやいのと言い合うユキヒメとヴァルガスを尻目に、香澄はやれやれと首を振ってから。
「やかましい! この馬鹿共が! しばらく消えていろッ!」
フェアリー達を一喝。
それに応じて、ユキヒメは悪戯っぽく笑いながら、ヴァルガスは憮然とした唸り声を上げて消滅する。
それから。
「はぁ……義人、すまんが中に入れてはもらえんか?」
「えっ、えっと、うん。どうぞ」
「ではお邪魔する」
「おっ邪魔ー!」
挨拶をして、二人は入室する。
次いで靴を脱いで上がり込み、リビングへ。
「おー、今日越してきたばかりにしちゃ、結構整ってる感じだなぁ。このソファーとかオレ等のより上質じゃね? ……いい加減新品買わせろよ、マジで」
ソファーに触れる天馬の表情が一瞬暗くなったが、義人にそれを気にする余裕はない。
「あ、あの、し、白柳さん。それで、その、よ、用件は何、かな?」
「うむ。知らせねばならんことと、届け物だな。おい天馬……すまん間違えた。おい馬鹿ヒーロー。ソファーに頬ずりしてないで、さっさと義人にあれを渡してやれ」
「馬鹿ヒーロー言うな!」
即座にツッコんでから、彼は傍に置いてあったバッグを掴んで義人に近寄る。
「ほい、これ。お前の隊服と、インカム。後、通信端末な。使い方は取説読めばわかると思うけど、ダメだったらなんでも聞いてくれよ。オレ等で教えっからさ」
「う、うん。ありがとう」
人懐っこく笑いながら手渡してくる天馬。
そんな彼に礼を言うものの、どこかぎこちない。
『主人公野郎への憎悪は依然として残ってますねぇ。そうこなくては困ります』
否定できない。
だから、悩む。なぜ、未だ彼に黒々とした情念を抱いてしまうのだろう。
天馬への悪感情は、劣等感ゆえのものと理解していた。
理想的主人公天原内斗のような生活を送る彼。それとは真逆な人生を歩む自分。
成功者と失敗者。
そういった対比によって劣等感が生まれ、天馬に嫉妬し、だから――
彼を殺したいとすら思うようになった。
けれども今は違う。
力を得て、背景から脱した。
只野義人の物語は始まっている。
だからこの時、天馬に抱くべき感情はプラスのものでなければならない。
これからは共に働く同志だ。親交を深め合い、互いに切磋琢磨するような関係になろうとするべきだ。
――それなのに、そういう気が全く起きない。……まぁ、仕方ないか。今まで散々嫌ってた相手を好きになるってのは難しいんだろうね。でも、すぐにこの感情も消える。天馬とも仲良くやっていけるさ。
自分にそう言い聞かせると、香澄の方を向いて問いを投げた。
「あ、あの、さ。とりあえず、その、これ、ありがとね。それで、知らせなきゃいけないことっていうのは、何、かな?」
「うむ。連絡事項についてだが、そんなに大したものではない。お前が我々の班、正確には関東第三支部所属第一五駐屯地勤務、第二五班だな。そこに配属された。つまり、今後私達は共に戦場を駆ける関係となったわけだ」
義人は喜びで目を見開いた。
組織の実動部隊は班行動が基本だ。
班の構成人数は通常三、四人だが、規格外の実力者の場合凡夫に混ざらせると連携がダメになるため、二人で一班ということもある。天馬、香澄はその典型と言えよう。
そんな二人の班に配属されたということは、義人もまた特別な存在として扱われているということだ。
それを除いても、香澄と同じ班というのが単純に嬉しい。
『寝取る気満々ですねぇ。断言しますが、不可能です。わたしで我慢しときなさい』
阿保な相棒をやはり華麗にスルーして、義人は口を開く。
「えっと……こ、これからよろしくね、二人共。あ、自己紹介とか、いる、よね?」
「いんや? オレ等もうお前のこと知ってっからなー。結構前から」
心がずきりと痛んだ。
自分のことを認知していたというのはきっと、不良としてであろう。
あらぬ誤解を思い人にまで受けているというのは心苦しい。
が、それは今後の行動で払拭できるはずだ。
自分はもう、歯車ではないのだから。
都合の悪いことばかり起こるような人生は、終わったのだから。
「ま、とりあえずよろしくな!」
「……天馬よ、握手の際に左手はマナー違反だ。右手を出せ。失礼だぞ」
「あっ、こりゃ失敬。オレ左利きだからさ、いっつも間違っちまうんだよなー」
「い、いや、気にしないでよ。左利きなら仕方ないよね、うん」
天馬の手を、彼は一瞬躊躇ってから握った。
すると。
――手が震えてる……顔に出してないだけで、僕のことが怖いのかな。
それについてはすぐに興味が失せた。
何せ次は、香澄との握手なのだから。
思い人の手を握る。
ひんやりとして冷たく、少女特有の繊細さがあった。けれど、潰れた豆の感触もある。そこらへんはやはり、戦士なのだなと思う。
「さて、これで用件は終わったわけだが……ところで義人、もう夕餉は済ませたか?」
「ううん、まだ、これからだけど」
「ふむ、もしよければ共に摂らんか? これからずっと班行動するわけだからな。私としては親睦を深めたいのだが」
「えっ? ……僕は大丈夫だけど、本当にいいの? 時間奪っちゃうことになるけど」
「気にすんなよ! オレ等お前と早く仲良くなりたいしさ!」
「いや、そういうことじゃなくて……君達、付き合ってるんでしょ? だったらその、僕は邪魔になるんじゃないかなって、思うんだけど」
言っていて、なぜだか気分が悪くなってきた。
が、発生した悪感情は予想外の言葉によって掻き消える。
「あぁ、それは嘘だ。私とこいつは交際などしておらん。告白をしてくる者が後を絶たんのでな、それを防ぐために芝居を打っているだけだ」
「……………………………………………………………………マジで?」
「おう、マジもマジ、大マジだぜ。好きになってくれるのはありがてぇんだけどさ、オレ等恋愛とかしてる暇なんかねぇんだよ。だから全員振ってきたわけなんだけど、落胆する顔を見るのが辛くてなぁ。なんとか告られねぇようにしようって考えた結果、付き合ってる振りしようぜってことになったわけだ」
「正直言って、このような馬鹿ヒーローと男女の仲を演じるなど不愉快極まりないがな」
「ははっ、そりゃこっちの台詞だぜ。ゴミ部屋片すぞこの野郎」
「やってみるがいい。その時は貴様の特撮コレクション、全て捨ててやる」
バチバチと火花を散らす二人に、義人はうわごとの如く言葉を紡いだ。
「二人は、付き合ってないの? マジで? 付き合って、ない?」
「うむ。ちなみに今後そうなることも未来永劫ありえん」
「だな。お前と付き合うぐれーならヴァルガスの方がマシだぜ」
いがみ合う二人を見て、少年は思う。
本日は人生最良の日だ、と。
その後、義人は天馬、香澄に手料理を振る舞い、共に食事を楽しんだ。
この交流によって天馬への後ろめたい気持ちもやや弱まり、香澄とはほんの少しだけだが距離が縮まったような気がする。
本当に、素晴らしい一日だった。
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