狐の星
「1番になれ」
と父さんは言った。
「2番以下はゴミだ」
と兄さんは言った。
「余計な考えなどいらない」
とみんなが言った。
「どうして1番じゃなきゃダメなの?」
僕がそう聞くと、決まって
「力こそが全てだから」
と口をそろえた。
星になって夜を導くのは僕たち狐の役目。
おじいさんの代もそのおじいさんの代も、ずっとずっと続いてきた一族の慣わし。
族長が夜を照らして、僕たちがそれを支える。そういうしきたり。
でも、”導く”目的がいつの間にかすり替わって、1番になることが大事になってた。
ほかの星より、ほかの一族よりもっときれいに。
「1番じゃなくてもきれいなのにね」
夜空を見上げて僕はそう呟いた。
「どうしてサボったんだ。お前のせいで今日は一番じゃなかった」
家に帰るとみんなが僕を叱った。
「一族を大事にしろ。使えないやつは嫌いだ」
父――もとい族長は声を尖らせた。
「使えないやつは殺す」とも。
ある日突然、父さんが星になれなくなった。
地上から、もう届かなくなった空を見上げて、父さんは
「もう終わりだな」
と、寂しそうに笑った。
次の族長は血筋的に兄さんがなることに決まって、すぐに継承の儀式が行われた。
「1番になれ。それ以外は必要ない」
兄さんは勝ち誇ったように僕に言った。
それがなんだか、すごく、すごく悲しかった。
最初の日、兄さんは上手く輝けなかった。それを皆は口々に責め立てた。1番になれなかったと。
兄さんは「すまない」と、ただ頭を下げる。
兄さんが輝こうと頑張っていたのを僕は知っていたから、無性に腹が立って
「兄さんは頑張ったよ。1番じゃなくても誰よりも頑張ったよ。最善を尽くしてた。僕は兄さんの星、好きだよ」
口を挟んだ僕を兄さんは殴った。
熱を帯びてじんじんとしびれる頬を押さえると、涙目で見下ろす兄さんが目に入った。
「1番じゃなきゃ意味がないんだ。お前の好みなんか関係ない」
兄さんは少しずつきれいに輝けるようになった。
全部上手くいってると思ってたのに。
副族長のゴンさんが言った言葉が全部壊してしまった。
「使えない駒は捨ててしまおう」
星になれなくなった父さんを嘲笑いながら。
捨てるって言葉が出てくることを、その言葉の意味を、父さんはきっと知ってた。だからあの時『もう、終わり』と笑ったんだと、僕は今更になって気づいた。
「殺さないで」
皆が白い目で僕を見る。きっとその目には落ちこぼれた愚かな異端分子が映ってるんだろう。
「殺さないで」
僕は繰り返す。
「まだ輝けるかもしれない。まだ必要としてくれる人がいるかもしれない。まだ終わってないよ。父さんは生きてる。終わらせないで」
「そうだね。君の言うとおりだ」
ゴンさんは僕に笑いかけた。
「死んだら星になれるよ」と。
「お前ももう、使えないな」とも。
噛み付かれた喉から、暖かくてドロドロした液体が滴り落ちる。
焼け付くような痛みが走る。
お腹の方にも裂かれたような感覚があった。
かすんでいく視界に、父さんと兄さんの悲しそうな顔が見えた。
「ごめんなさい」
声にならない声をあげる。
「1番になれなくて、落ちこぼれで、迷惑かけて、ごめんなさい」
でも、
「こんな僕でも愛して欲しかったな」
精一杯笑う。僕なんかのことで、泣いてほしくないから。
――父さんと兄さんの星が好きだよ。もう見れなくなるのは悲しいよ。
そうやって、僕は星になった。
「あの星、きれいだな」
俺は隣のゴンさんに言った。
「あれには敵いそうもないよ」
「あんたの方が光は強い。あんな弱そうな星に負けるな。族長がそんなだと、一族全体の士気が下がる。自覚を持て。あんたは長なんだ」
ゴンさんは冷たく言った。
「そろそろ準備をしろ。空に飛べ」
ゴンさんがいなくなってから、俺は呟く。
「勝てるわけないだろ」
温かい雫が両眼から零れ落ちる。
「あれは弟の星なんだから」
1番になるために輝いているわけじゃないだろう。
きっと夜を寂しく過ごす人のために。夜に迷った人を導くために。
あいつはそういうバカだった。
でも、と俺は思う。
「お前の星が1番好きだよ」
不器用で、一生懸命で。誰のためになるかもわからないのに。
『誰かが必要としてくれてるよ』
あいつの真剣な顔と、
『兄さんの星、父さんとは違うけど、僕は好きだな』
あいつの照れくさそうな笑みを思い出して、
それが最期の笑みと被って。
「愛してるに決まってんだろ、バカ」
あの時殴ったりしてごめんな。痛かったよな。
ホントはすごく嬉しかった。
でも、俺をかばったお前が、皆から制裁を加えられると思って。俺の一発で皆の気が治まるなら――。
「結局、守れなくてごめん」
俺はまだまだ弱いよ。
父さんもお前もいなくなって、いつも泣いてばっかりだ。族長なのに、しっかりしないといけないのに。
遠くで誰かが俺の名前を呼んでる。
もう時間かな。
「今行くよ」
俺は涙を拭きながら一歩踏み出す。
「俺も誰かを照らせるように、さ。俺は俺の輝き方で」
1番じゃなくても。
――お前が示すように。
”兄さんなら大丈夫だよ。頑張って”
そう言って星が光ったような気がした。