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非常に長く険しい序章 9

俺を助けてくれた女の子。


十七、八歳くらいかな。

よくもまあ、こんなにきれいでかわいい子がこの世の中にいるものだね。と、おっさん目線で思ってしまう。まだ二十五歳だけどな。


奇跡ってあるもんだね。

長いストレートな黒髪に、大きな黒目。整った顔立ちは日本人っぽいんだが、肌は欧米人のように白い。華奢なからだつきなのに、出るところは出ている。

全体的に整いすぎているけれど、近寄りがたさは感じられない。

いい意味できりっとした雰囲気があって、みんなが慕いたくなるような吸引力を持っている。

温かみのあるお人形さん。その表現がまずければ、完全無欠の美少女ってやつだ。


あー高校生の頃に出会ってみたかった。

そうしたらきっと、毎日が楽しかっただろうし、空も飛べただろう。


若干、枯れている今の俺としては「眼福也、眼福也、呵呵」というところなのだ。


それはともかく。


「なんだ、生きてたの」


彼女は、心配そうなトーンなんてどこへやら、微妙にがっかりしている。


「ああ、すみません。恐怖で起き上がれなくて」

「本当に怖がっている人は『恐怖で起き上がれなくて』なんて距離のある言い方をするのかしら?」


細けえな……。


「もって生まれた性格です」としか言えないって。

「へえ……」


なんか、彼女は俺に不審げな目を向ける。探っているような視線。上から下まで値踏みするかのごとく、俺を見つめる。あっ、そんな目で見つめないで。恋に落ちちゃうから……なんつって。まあ、言い訳はしとかないとな。


「実は、この街は初めてでして。いきなりごろつきに襲われたもんだから、失礼だとは思いつつも、少し用心してしまったんです」


あれ、これ本音じゃねえか。

まいったね。俺、自分が思ったよりも正直者だったわ。

えへへ。


「ふーん、嘘はついてなさそうね」

「ええ、もちろん。それで、あの四人組は?」

「そこで寝てるわ。まだ夜は寒いから風邪ひいちゃうかもね」


彼女が指をさした先には、ごろつき四人が「川!」の字になって寝ていた。

つーか、一人は白目むいてる。完全に気絶じゃねえか。すげっ。そして、ごろつきどもよ、心の中でつぶやいてやる。ざまーみろ。天罰だ、天罰。天網恢恢疎にしてもらさず。闇あるところ光あり、悪あるところ正義あり、とはよく言ったもの。ふっふっふ。


で、彼女に視線を戻した。おっ、少し目を離しただけで、その美しさに、はっとさせられる。


「これ、君がやったの?」


俺は、ごろつきに目線だけを向けた。


「そうよ。いけない?」

「いけなくない。でも、俺には何にも聞こえなかった。殴る音も倒れる音も、あいつらのうめき声も」

「ふふ」と、彼女は楽しそうに目を細めた。かわいらしさが後ろへ下がり、妖艶さが増している。

「私、強いの」


そして、彼女は髪をかきあげた。

つくづく、絵になる人だな。不思議なことに、先ほどの言葉からは傲慢さを感じなかった。もっと何か違う、別の感情から生まれた言葉って気がした。それが何か、ちょっと検討がつかないんだけど、もっと後ろ向きな何かって気がする。


「じゃあ、何かお礼をしてもらおうかしら?」

「は?」


唐突じゃね?


「言いたかないけど、私はあなたの命の恩人よね」

「まあ、そうだろうね」

「命の恩人には、何かお返しをしたいと思うのが、普通じゃないかしら?」

「まあ、納得できなくはない」

「じゃあ、実行すればいいんじゃない?」


つくろったように偉そうなことを言った直後、彼女は「ぐ~」と腹を鳴らしてしまった。

顔がみるみる赤くなる。

なるほどな、お腹がすいてたのを素直に言えなかったんだな。


ういやつめ、ういやつめ。よいぞ、よいぞ。

苦笑しそうになるのを、俺はぐっとこらえた。それもまた、俺の恩返しのつもりだった。

俺はヴァン爺さんからもらった貨幣入りの袋を取り出した。


「これで足りるかはわかりませんが、可能なだけ食べましょう」


言った直後、俺の腹も「ごうっ」と鳴った。そういえば、俺も家を出てから何も食べてなかったなあ。ちょっと気恥ずかしくて、頭をかいた。

彼女は先ほどとは別の理由で顔を赤くし、肩をふるわせている。


ま、空気はなごんだかな?


俺と彼女は、近くにある静かな雰囲気の居酒屋へ入った。


カウンターとテーブル席をあわせても二十人は無理だろうというくらいの大きさだった。すでに半分くらいの席が埋まっている。酔っている人はいるが、騒ぐわけでもなく、赤い顔を楽しそうに揺らしている程度だった。うん、悪くない。


俺たちはテーブル席についた。彼女は室内が見渡せるように壁を背にして座る。


「取ったりはしないから、さっきの袋を見せてもらっていい? どれくらいお金があるのか、確認したいんだけど」


話しているときでも、どこか周囲を観察しているみたいだった。

せっかく可愛いのに、警戒してばかりだと眉間にしわができるぞ。

なんていうわけでもなく、俺は黙って袋を取り出して机に置いた。

ごと、と鈍く重い音がする。結構、あるのかも。量は。全部、小銭の可能性だってあるんだ。

彼女は、袋からお金を取り出さず、数をかぞえていた。


「出してかぞえたら、見てる人がよからぬことを考えないとも限らないでしょ」

「おっしゃるとおりで。ついでで悪いんだけど、この国のお金について、教えてくれないかな?」

彼女がお金をかぞえる手を止め、顔を上げた。


「は?」

「いや、さっきいったこと聞こえなかった?」

「この国のお金について聞きたいんでしょ」

「そうそう。なんだ、聞こえてたんだじゃないか」

「どうして、そんなこと聞きたいの? あなたは、実際に今ここにいるのよ?」

来たか。まあ、そう思うよな。じゃあ、ヴァン爺さんと同じく、記憶喪失作戦で行くか。

「それが全然覚えてなくて」

「名前も?」

「名前は憶えてる。カツ……」


彼女は急に手で俺の口を制した。


「待って! 名乗らなくていいわ。あなたが名乗ったら、私も名乗らないといけなくなる。でも、それは困るの。こうしましょう。あなたの聞きたいことも答える。その代り、あなたは私のことを詮索しない。これでどう?」


「それでいい」

ちょっと重々しく答えてみた。

変な事情を抱えている上に、ごろつき四人を瞬殺する強さ。危険な香りで鼻が曲がりそうだ。あまり関わらないほうが得策だろう。


「じゃあ、あなたの質問に答えてあげるわ」


彼女は貨幣を四枚並べた。

左から、金、銀、銅、灰色となっている。いずれも偉そうなおっさんの顔が彫られている。描かれているおっさんは、三枚とも違っている。ま、王様あたりなんだろうな。


「金色の硬貨が、一万イェン」

「ん? 一万イェン」

「イェンってお金の単位?」

「そうよ」

「へえ……」


安直というか何というか。わかりやすくていいけど、どうも釈然としないな……。


「続きを話してもいいかしら?」

「あ、ごめん。お願い」

「銀色の硬貨が千イェン、銅色の硬貨が百イェン、灰色の硬貨が一イェン。一万イェンは金貨だし、千イェンは銀貨、百イェンは銅貨、一イェンは鉛よ」

「なるほどな」


物価についても聞きたかったけど、居酒屋ではわかりきらないだろう。明日市場に行って調べてみよう。


「かぞえてみたら、三万五千九百四十イェンあったわ」


さんごくし。『三国志』! 爺さん、やるな。


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