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非常に長く険しい序章 7

中は黒くて見えないが、電子が出ている音がごわんごわん聞こえてくる。


ちょっとだけわくわくするなあ。


爺さんを見ると、ウインクを返された。


むう。


10分間、俺は電子レンジを見続けていた。


――チーン。


「終わったようだな」

後ろから爺さんの声がする。俺は振り向くことなくうなずき、電子レンジを開けた。


中が真っ暗で見えない。

おそるおそる手を入れる。

手が暗闇に入っていく。

硬いものに触れた。力は入れない。うまくいっていれば、刃物なのだ。触れた指をずらし、柄を探す。ざらっとした感触。鱗だ。そこを軽くにぎる。不思議に手になじんだ。

手を闇から引き出す。


そこには、一振りの黒い棒があった。


鞘に納められているんだ。


俺は、ゆっくり鞘から出す。


「おおお」


感嘆の声を出してしまった。


それは、まさに俺の想像どおりのものだった。

まっすぐで長くもなく短くもない。約40センチ。俺にとって扱いやすい長さ。そして、刀身が黒い。荒々しく、それでいて気品を感じさせる、漆黒の輝き。

手前味噌だが、見とれてしまいそうな、美しさだった。


「ほれ」


爺さんに声をかけられ、振り返る。


げっ!


木片が俺に向かって飛んできた。


「うわっ!」


とっさに持っていた剣を構え、目を閉じる。


――さく。


――かこん。


――がす。


ひたいと腕に、痛みが……


「ありゃ」爺さんの無責任な声。


俺はゆっくり目を開けた。


木片が二つ、床に落ちている。

一つが俺のひたいに、もう一つが腕に命中したのは、間違いない。


「何ですか、いきなり!」


さすがに俺も声が大きくなった。

爺さんは「がはははは」と全然、悪びれた様子がない。


「我が弟子よ、予想以上の腕前だった。悪くない。いや、実に素晴らしい」

「どういうことっすか?」


俺は目を細めながら、問いかけた。

すると、爺さんは満面の笑みを俺に向ける。気持ち悪っ。


「俺が投げた木は一枚だった。それが二枚になっている」

「あっ」


俺はとっさに剣を向けたはずだ。まだ鞘に納めていない。先ほどと同じ構えをする。刃は外を、つまり木片の飛んできた方向を向いている。

てことは……


「そうだ。お前の作った剣が、木を斬った。力を入れずとも両断するその切れ味。さすが、ヴァン鋼だな。剣の初心者が手にとってさえ、このとおりだ」


爺さん、さっき剣の腕は使い手の技量と剣の質のバランスって言ってなかったか?


「さあ、その剣に名前をつけてやるがいい。お前が初めてこの世に生み出した武器だ」


俺は剣をゆっくりと鞘に納める。おお。ずしりと手で感じる重さ。それがそのまま感動へと変換されていく。

これが、もの作りの楽しさか。

なんか、いいな。

名前か。

確かに、名前をつけてやりたいな。

こいつは、俺の相棒となる剣だ。俺のとっておきの名前をつけてやらないと――


「まあ、黒龍の短剣、が妥当かな」

「おい、爺ぃ! 勝手に決めるな! つーか、名前を付けるのは、俺じゃねえのかよ!」


さすがの俺も怒るよ!

なんで、いいところを持っていくかな!

それも、あんたがやれっていったのよ!


でも、爺さんには全然通じなかった。


頭をぼりぼりかきながら、「すまん、すまん。つい思いついてな」だってさ。


もう、今さら新しい名前をつけられないよ。

あーあ……。

せめて、もっとかっこいいのをつけてくれよ。


「これで、お前に教えることは終わりだ」


爺さんが意気消沈している(ように見えているはずの)俺に対し、いった。


「は?」

「もう独り立ちしてもかまわん、ということだ」

「いやいやいや、無理でしょ。何もしてないじゃないですか」

「確かにお前は鍛冶屋の道に一歩足を踏み入れただけにすぎん。だがな、ここから先は一人で精進しなければならん領域だ。自分で壁を見つけ、自分で壊さなければならん。それが、お前の今後の鍛冶屋としての生き方だ」


おい。どうして精神論なんだよ。意味が分からんて。

爺さんは俺の反応を待たずに、先ほどの剣を手にして外へ出た。

俺もあわてて、後を追いかける。

目の前には、巨大な赤い馬が立っていた。

雄雄しいその馬は、ただ爺さんだけを見つめている。


「待たせたな、セキト」


爺さんは馬の首をそっと触れる。ひん、と馬が応じた。

そして、爺さんが俺に振り返る。


「今は鍛冶屋をしているが、俺はかつて軍人だった。戦場を戦いを忘れていきていく覚悟をしたつもりだった。だがな、戦友の危機なのだ。背中を預けて戦った友の危機なのだ。俺は行かねばならん。行かねば、俺が俺でなくなってしまう。しかし、この工房もまた、俺には大切な場所なのだ。ここを捨て置くわけにもいかない。誰か継いでくれる人間を探していた。そして、お前に出会った。お前は俺の最初で最後の弟子だ。わずかの間だったが、楽しかったぞ」


爺さんの目が潤んでいた。完全に自分の世界に酔ってやがる。


「ユウヤ、世界一の鍛冶屋を目指せ!」

「は、はあ」

「そうだ」爺さんがふところから、袋を取り出した。「この金をやる。しばらくは生活に困らんだろう。それに、工房にあるものは、何を使ってくれてもかまわない。ヴァン鋼はないが、そこそこのものがそろっているはずだ」


爺さんが馬に飛び乗った。


「ヴァン師匠!」


とりあえず、師匠と呼んでみる。多分、雰囲気を壊すと暴れると思う、この爺さんは。


「どうした、我が弟子よ」


何が、我が弟子よ、だ。まだ会って数時間も経ってないはずだぞ。


「近くに街はありますか?」

「あー、そういえば、記憶喪失だったな」


俺の情報の中でも、結構大事なものを忘れてるんだな。


「この先、ずーっと歩くと街がある」


爺さんが指をさした方向を見ると、爺さんの家から一本の道が遠くまで延びている。改めて見てみると、ここはなだらかな丘になっている。ゆるやかな下り坂が続いていた。その先には目を凝らしても、なんにも見えない。

つまり、そうとう遠い「ずーっと」ってことだ。


「なに、すぐだ。セキトで駆ければな」


ふっ、と偉そうに爺さんが微笑んだ。何のなぐさめにもなってない。


「では、俺は行こう。長い別れは俺たちに似合わんな」


だから、そんな付き合いじゃなかったろう。


「さらばだ、ユウヤ。戦塵の中でまた会おう! 駆けよ、セキト!」


勝手に別れを告げ、勝手に去って行った。

道とは反対側にある森の中へ入っていった。

多分、近道なんだろうな……。


どこまでもマイペースな爺さんだった。


勝手に弟子入りさせるのはまだしも、まさか一日で工房を継ぐはめになるとは。


うーむ。これも電子レンジのなせるわざか。


気がつけば、太陽が落ちようとしている。21世紀の日本よりも空気が澄んでいるようで、光は強く、そして赤が鮮やかだった。青空が徐々に紫へ、そして黒へと変わっていく。


大きく深呼吸。


今日は色々あった。

異世界に飛ばされ、所持品はなくなり、粗末な衣服を着せられていた。そして、爺さんとの出会い。強引な展開だが、生活の基盤は持てた。俺の手にある皮袋は重い。爺さんからの当座の生活費だ。この世界のことは何にも知らないが、まあ何とかなるだろうと前向きになれる材料はそろっている。どうせ、帰る方法なんか知らないんだし。


全ては明日から始めよう。


さ、今日は寝るべ、寝るべ。


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