非常に長く険しい序章 6
「坊主、どうだ?」
爺さんは再びにんまりと笑う。
「すごい。すごいとは思います。でもこれって、あなたの剣の腕があるからじゃ?」
「この歳になると分かるが、腕だけでも斬れんし、剣だけでも斬れん。バランスこそ、大事なのだ」
剣の心得を聞いているんじゃないって。それに。
「てか、リーチよりも長く斬れてませんか?」
「気合だ、気合。剣は手の延長、気合は剣の延長だ」
急に爺さんは興味をなくしたように手を振ると、電子レンジのかたわらにあった金属の塊をつかんで、俺に見せた。
「何ですか、これ?」
「俺が見つけた、世界最高の金属だ。採掘場所は俺しか知らんし、存在を知るものも俺しかおらん。今のところ、ヴァン鋼と呼んでいる」
「はあ…」
「何にも分かっていないようだな」
爺さんが少し不機嫌そうに言うが、当たり前だろうに。俺は何も聞いてない。
「いいか、分かるか! これは俺が今使った剣と同じ金属なのだ! それを弟子であるお主に預けようというのだ! これがどういうことか分かるか、ええっ!」
うわっ、今なにげに「弟子」っていう勝手な設定が付け加わってんじゃねえかよ。あと、どうして急に古風な話し方になってんだ。
……まあ、そんなこと、剣を俺ののどぶえに突きつけてる筋骨隆々としたジジイに言えるわけがない。にへっと笑って。
「そうっすか、すみませ~ん」
なんて、命の惜しさとプライドが許すぎりぎりのラインの反応をした。
で、なぜかヴァン爺さんはそれで満足したりする。
「分かればいいのさ、分かればな」
しかも、なんだか照れている。いやもう、何が何だか。
「で、このヴァン鋼をどうするんです?」
長いものには巻かれるし、流される。それは、俺が仕事で得た教訓の一つだった。
「ためしに、これを使って見ようと思う。坊主、武器は持っていないだろう?」
「ええ、まあ」
気の抜けた返事は嫌だったのか、一気に眉が逆立つ。
「い、いや、持ってません! ちょうど欲しいって思ってたところです!」
「だろう! これは俺が師匠としてお前にできる最初で最後の贈り物だ」
おいおい。今日初めて会ったのに、どうして師弟関係が生まれてる上に、修行が最終段階に来てるんだよ。しかも、なんか無理やり巣立ちをさせられそうだし。そんで、やっぱり爺さんは勝手に話を進めるし、ヴァン鋼とかいう金属片を電子レンジに入れるし。
「現代の鍛冶屋に必要なのは、イメージだ」
「イメージ」
「そうだ。これでチンすればイメージした形になる。ということは、どうイメージするかで、全てが決まるのだ。切れ味をよくしたければ鋭いイメージを、鈍器にしたければそのイメージを素材に叩き込むんだ!」
「具体的には?」
「完成形を頭に浮かべながら、ボタンを押す」
「どの?」
「分からん」
「どういうことですか?」
「それがなあ」爺さんは本当に困った顔をしている。「どのボタンがどんなふうに作用するのか、よく分かっていないんだ。ボタンによって熱が違うようだし、ボタンを押す回数によっても結果が異なる」
まあ、当たり前だよな。電子レンジなんだし。
「ボタンに書かれている文字は読めるんですか?」
爺さんの喋る言葉は日本語ではない。先ほど確認したように、聞こえる日本語と口の動きは異なっている。映画の吹き替えを見ているようだ。
では、文字はどうなんだろう。
気になっていた俺は、何度も目を凝らして電子レンジのボタンを見つめる。
「あたためスタート」「レンジ強」「レンジ弱」「トースト」「1分」「10秒」……
間違いない日本語だ。爺さんの返事が気になる。
「ボタンの字? これ、字なのか? 字だったとしても、この世界の誰も読めないと思うぞ。なにせ、これを発掘したくそったれ魔法使いも読めないらしいからな」
どうも引っかかる。魔法使いは、どうしてこれを鍛冶に使おうとしたんだろう。きっかけが全く思いつかない。このあたり深く突っ込んでみたいが、爺さんが「くそったれ」といったときの怒りに満ちた表情を思うと、口には出せなかった。
なので、「へー」とごまかした。
「とにかく、やってみろ。素材は俺の知る限り最高のものだ。あとはイメージと勘が全てを決める。お前しだいだ」
丸投げとしか思えないんだが。
ただ、まあ拒否権はないだろうし、簡単で面白そうなのでやってみようか。
うまくいかなかったときは、弟子入りしなくてすむかもしれない。
俺は爺さんからヴァン鋼のかたまりを受け取った。
思ったよりも軽い。鉄のような、ずしりとした重量感がない。でも、プラスチックのように思い切り力を入れれば曲げられるといった柔らかさも感じなかった。
頑丈で軽い。不思議な金属だ。
俺は電子レンジにヴァン鋼をセットする。
「完成形をイメージしながら、ボタンを適当に押せ」
適当って言葉を使う修行があるか、と思いつつ、俺は完成形をイメージする。
武器を作ろうと思っていた。
ゴブリンに負けないものを。
でも、俺にも扱えそうなものを。
本当は別の武器を作りたいのだが、まだ勝手が分からない段階で冒険はしたくない。
それに、ヴァン鋼はそれほど大きくない。爺さんの剣が作れる量ではない。
だから、短剣。
それが俺の結論だった。
短剣なら扱いに困らないだろうし、持ち歩きにも便利そうだ。
すべてがちょうどいい。
てなわけで……と、待てよ。
「師匠、いいですか?」
「ん?」
「完成形のイメージってことですが、柄とかどうしましょ。これじゃあ、刀身しかできませんよね」
「ああ、そうだった、そうだった! そいつを忘れてた」
忘れてたんかい。
爺さんは部屋の隅に積まれた何かに手を突っ込み、引き抜いた。
「こいつはどうだ?」
爺さんのごつい手には、何かの革があった。
黒くて爬虫類のような鱗がくっついている皮。いや、革。
「これは、黒龍の革だ」
なんだそれ? 気にはなるが、聞くと負けた気がしそうなので、聞かない。聞いてやるものかっ!
俺は革をつまんだ。
硬い。ざらざらする。でも、妙に手になじむ。
悪くない。いや、いい感じだ。
「使わせてもらいます。一緒に電子レンジに入れればいいんですか?」
「ああ、この箱の中に入れろ」
爺さんの言われたとおり、電子レンジの中、ヴァン鋼の横に置いた。レンジの扉を閉める。
「さあ、イメージだ。イメージしろ」
「はーい」
素直に返事するのも、しゃくだった。
俺は、理想の短剣をイメージする。
奇をてらう必要はない。
質実剛健。
ただ、柄に巻く革も黒いのだから、刀身も黒くしたかった。
色まで調節できるのか分からないけど。
目立たなそうだし……嘘です、ごめんなさい。
黒い武器がかっこよさげだったからです。
つい、自分の中にある「大人」な部分に謝ってしまう。
俺もまだまだ中二から脱出できてないんだよな。
いかん、邪念が混じった。
俺は短剣のイメージだけを脳裏に浮かべ、ゆっくり、「レンジ強」「10分」「あたためスタート」と押した。
時間については、あんまり短いといいのができなそうだが、長すぎると待つのがしんどいので、10分にした。
――チャララ。
なじみの音がして、電子レンジが動き出した。