非常に長く険しい序章 5
目の前にあるのは、まごうことなき電子レンジだ。
何せ、ボタンには「あたためスタート」とか「レンジ強」とか「トースト」なんて書かれているんだから、間違えっこない。
「これ、電子レンジですよね?」
「デン・シレン・ジ? 違う。これは万能鍛冶機だ。これさえあれば、どんな不器用な素人でも一流の鍛冶屋になれる!」
うーん、どう見ても電子レンジなんだが。電子レンジも俺と同じように異世界に飛ばされて、おかしな使われ方をしている……ってことなのか? 全然分からん。
それに、なんだ? 電子レンジで一流の鍛冶屋になれるって?
「これで、どうやって一流の鍛冶屋になれるんですか」
爺さんは目を見開いた。珍獣を発見したような顔で、俺を見ている。
「坊主、本当に何も知らないんだな! さっきの話から察するに、鍛冶屋を昔と同じように熱い鉄をハンマーで叩く仕事だと思っているな?」
「違うんですか?」
「違う、全然違う。何から何まで違う。それはもう一周している」
力が入っているようで、爺さんの握りこぶしには青筋が浮かんでいた。力の入れどころが間違ってるだろ。
「五年前のことだ。根性のひんまがった魔法使いがある発見をした。それが、これの原型となったシレン・ジ・デンと呼ばれている聖遺物だ」
やっぱり電子レンジなんじゃないか?
話が面倒だし、詳しいことは知らなそうなので、あえて発掘の経緯なんかは聞かないが。ただ、頭の片隅に入れておいたほうがいいだろう。俺がこうして異世界に飛んできてしまったのと、関係があるのかもしれないんだからな。
爺さんは、俺が考えをまとめている間も話を続けていた。
「技術革新だった。坊主の言っていたようなことをしなくても、金属の加工物が作れるようになったのだ。この容器の中に材料を入れ、チンすれば、それで完成するようになったのだ」
「チンするんですか?」
「ああ、チンするんだ」
爺さんは力強くうなずく。
この世界でもレンジは「チン」なんだな。
「どれくらい簡単かというと、俺も鍛冶屋を始めて一年だが、ほれこれを見ろ」
爺さんが取り出したのは、一振りの剣だった。装飾のないシンプルな西洋剣。しゃりん、と鞘から刃が引き出される。その音さえも心地よい。
剣なんかよく知らない俺でさえ、しかも見ただけなのに、良い剣であることが分かった。
すげえ、という思いをこめた目で爺さんを見つめると、爺さんは「任せろ」とうなずいた。
爺さんは鞘を置き、背すじを伸ばした。そして、剣を上段に構え、深く深く深呼吸をする。
彼の前には、木の机がある。上には工具がごちゃごちゃと置かれている。
つい期待がふくらむ。まさか。
爺さんが息を止めた。気迫のようなものを発している。
爺さんの視線は、正面にある机に向けられた。
だが、意外にもその瞳は穏やかだ。
無常。世界に常なるものなど存在しない。我も汝も、最後は無にかえる。そんな目だった。
俺も呼吸を止める。息をすることが不敬にあたるような気がした。
暑くもないのに、頬に汗が伝う。
部屋の空気が動きを止め、剣に向かい集束するような感覚。
そして――
「えええええええええいっ」
爺さんは、剣を振った。剣の軌道が、美しい半円を描く。
そして、振り終え、大きく息を吐く。
つきものが落ちたように、軽やかな動作で剣を鞘に納めた。
「坊主、どうだ」
爺さんが、にんまりと笑う。
俺は机を見た。
なんにも変わっていない。確かに剣は半円を描いていた。半円の軌跡の途中には机があった。だから、きれいな半円を俺の目が見たということは、剣が机を貫通したはずなのに。
「坊主、こうだ」
爺さんは机を指で軽く触れた。
その瞬間、机は真っ二つに割れた。
剣の軌道上にあった工具も同じ運命をたどっていた。剣と同じように鉄でできているはずなのに、工具もまた両断されている。
轟音がひびき、ほこりが舞った。
迷惑な腕試しだ……