第二章 十剣勝負 3
「十剣勝負?」
俺とレネが同時に声を上げた。
レネの顔を見る。彼女はふるふると首を横に振った。
なので、俺はゴウト氏に視線を戻す。
「さよう。武器の鍛冶屋の間でもめ事があったときの解決法だ」
十剣勝負。
じっけんしょうぶ……。
穏健な解決法ではなさそうだよな。
「具体的には、どんな方法なんですか?」
「新たに剣を十本作り、それを使って一対一で戦ってもらう。文字通り真剣を使っての勝負になるが、命のやり取りをする必要はない。まあ、戦う場所には魔法で処置をしておくから、殺そうと思っても殺せないがな。怪我も心配することはないだろう」
なんだ。意外と危険ではないんだな。
改めて、エレオノーラと紹介された女の子を見る。
この街で最も優れた鍛冶職人という話だが、それらしさが全くない。
色白できゃしゃ。
茶色い髪は天然なのか、軽くウェーブがかかっている。
かけているメガネが、身体との比率に合っていないようで、やけに巨大に見える。
俺の目線が自分に向いているのに気付いて、妙に焦っているし。
「ユウヤ、何見てんの?」
レネがすげえ低い声を出した。
「戦いの相手、だろ?」
「へー」
なんだろう。
やる気はないのに、何かをかかえたような声音。
あまり詮索するのも、俺の直感がやめろというので、あえて触れないでおく。
怖いので、彼女も見ない。
必然的に、俺の視線はゴウト氏に向く。
そして、何か言わないと間がもたない。
「あー……それで、その十剣勝負に勝てば、ギルドに入れて、この街で武器の取引ができるんですね?」
「は?」
ゴウト氏の気の抜けたような声。
「いえ、ギルド入りの話ですけど……」
「何を言ってるんだ、お前さんは? そんなわけないだろう」
はっきりと力強く言われた。
「カツラガワユウヤ。お前さんはさっき『チャンスをくれ』と言ったな?」
「ええ、はい」確かにその通り。俺は素直にうなずいた。
「だからわしは、チャンスをやることにした。それが、十剣勝負だ」
いや、それは分かっておりますがな。
「職人は貴重だ。腕のいい職人は、宝と言ってもいい。とはいえ、目の前の商売を放り投げてしまっては、商人としては失格だ」
「……つまり、どういうことでしょうか?」
「十剣勝負でエレオノーラに勝てば、お前さんは非常に優秀な武器職人であると言えるだろう。しかし……」
「あのー」
レネがゴウト氏の話を遮った。
おいおい、これからが肝心なところだったんじゃないか――なんて真剣な顔をした彼女に言えるがないわけで。とにかく、レネに喋らせることにした。
「どうして実戦で勝ったほうが、いい武器職人だと言えるんですか?」
「いい質問だ」
びしっと、ゴウト氏が丸っこい指でレネをさした。案外、楽しい人なのかもしれない。
「この決闘法は、五年前に生まれたものだ」
五年前……? 何かが、胸に引っかかる。……そうだ。虚神戦争。いや、それだけじゃない。五年前に変わったことと言えば……。ああ、そういうことか。
「電子レンジで武器が作れるようになってから、ですね」
「そうだ」
ゴウト氏が深々とうなずく。
「どこかの魔法使いが発掘した電子レンジは、なぜか武器を製造することができた。それにより、今までの鍛冶職人は廃業するはめになった」
「技術革新ですね」
「本当にな」
何か思うところでもあるのか、ゴウト氏は肩をすくめた。
「今まで培ってきたものをいとも簡単に台無しにする技術革新というのは、どの世界でも起きるものだ。うまく適応できればいいがな。人間、そんなに変われるものじゃない。まあ、この話には関係がないことだ」
ゴウト氏が大きく息を吐いた。
「とにかく、武器が作れる電子レンジのおかげで、経験よりもセンスが重要視されるようになった。お前さんも知ってのとおり、武器の出来は作り手のイメージに左右される。イメージとは何か? それは、深さと広さだ」
「深さと広さ?」
「さよう。どこまで物事を突き詰めて考えるかという深さ。そして、バリエーションの多彩さだ」
「なるほどね。それで、十剣ということですか」
ゴウト氏の頬の肉が少しだけ盛り上がる。
「分かったようだな」
俺はうなずいた。
「ええ。新しく作るというのがポイントなんですね。ただ何も考えずに十本作ってもしょうがない。どれだけ色んな剣を作れるか、それを見ようと?」
ゴウト氏が無言でうなずく。よしよし。そして、俺は続ける。
「でも、アイデアだけでも意味がない。武器は使ってなんぼ。実戦に耐えてこその武器。だから、実際に戦わせるんですね」
「その通りだ。もう少し解説してやるのなら、十剣という名の通り、武器は剣に限定している。槍や斧に弓。武器にも種類がたくさんある。しかし、違う武器を十本持ってこられても、どうしようもない。わしらが見たいのは、まさにアイデアだからな。ギミックと言ってもいい」
「よく分かりました」
俺は腕を組んで神妙にうなずいた。続けて、気になった点を訊く。
「ゴウトさん、確認させてください。先ほど、十剣勝負では魔法を使用することで、怪我はしないし、死にもしないと仰っていました。すると、この決闘の勝利条件は何になるのでしょうか?」
「簡単だ。自ら降参を宣言するか、持ってきた十本の剣が破壊されれば敗北となる。大事なのは、剣の強さとハートだな」
ゴウト氏は、自分の胸をどんどんと叩いた。
確かにシンプルだ。武器破壊がそんな簡単かどうかはさておくとして。多少は剣の腕も関わってくるだろうしな。
「あ、あの」
エレオノーラがうつむきかげんで言った。
「わたし、一生懸命頑張りますので、よろしくお願いします!」
そして、深々とお辞儀。
俺も「あ、よろしくお願いします」と頭を下げた。
レネも小さな声で「よろしく」と言う。
いつの間にか俺の腕をつかんでいるのはいいんだが、ちょっと力が入りすぎじゃないですか?
痛いんですけど……って言おうと思って彼女の目を見たら、ものすごく俺をにらんでいたので、やめた。
俺のハート、大丈夫かな。
「カツラガワユウヤ」
さっきからゴウト氏は、俺の名前を呼ぶときはフルネームだった。不思議な威厳を感じさせる。
「はい」
なので、思わず返事をしてしまう。
「このエレオノーラは、剣を学んだことがない。それどころか、力がないので、満足に剣も持てない。だが、この街で一番の腕前だ。まさに、新しい時代の鍛冶職人と言えるだろう」
「非常に高いハードルですよね」
うーん、話せば話すほど、気持ちがしぼんでいく。
レネが「頑張って」と俺にだけ聞こえるようにつぶやく。
あー、大丈夫だよ。少なくとも逃げやしないって。
「お前さんは無茶を通そうと言うんだ。多少はハードルも高くないといかんだろう」
ゴウト氏はのんきに、はははと笑った。
……待てよ。そういえば、肝心なことを確認してないや。
「それでゴウトさん。話が途中でずれてしまいましたが、この勝負に勝ったらどうしてもらえるんですか?」
あやうく曖昧なままで話を終わりにしてしまいそうだった。
これが、一番大事なことだ。
さきほど、ゴウト氏は勝っても俺をギルドに入れないと言っていた。
じゃあ、このチャンスは一体、どんなものなんだ?
俺はゴウト氏の目を見た。
やっぱり、感情は読み取れない。
「エレオノーラに勝ったら、神聖教へ武器を納品するのを、一ヶ月待ってやる。そうすれば、神聖教がレネへ討伐軍を派遣するのも一ヶ月遅れるはずだ。その一ヶ月の猶予で、お前さんたちは、神聖教を説得しろ。もし、無事に聖戦の発動を解除できたら、そのときは我がギルドの成員として認めよう」
なーるほどね。
いかにも商人らしい。
ようやく、俺は腑に落ちた。
「どうだ。やるか?」
「もちろんですよ!」
俺は力強く返事をした。
期待していたものとは違うが、今はこんなチャンスも無視できない。
やってやろうじゃないか!




