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第二章 十剣勝負 2

――お前、日本人だな?


このゴウト氏の言葉にぴんときた。

レネのときと同じだ。

ということは……?


「ゴウトさん。あなたも、化け物なんですね?」

「バカ」と、後頭部にレネの張り手をくらった。これはさすがに俺が悪い。

「すまん、すまん。口が滑って本音が出たんだ」

「なお悪いわい」

今度はゴウト氏が真顔で突っ込む。

「いやー申し訳ないです」

「お前、全然反省してないな。わしに要望があって来たんじゃないのか」

「そうなんですけどね」


こういうとき、いつもなら全力で謝るんだけど、本音を先に聞かれているので、取り繕うのはやめてしまった。いいんだ。どうせ、下手に出てなんとかなる交渉じゃないし。むしろ強気で押したほうがいいだろう。

まあ、言い訳。


「では、言い直します」

俺は強引に話を戻した。

「ゴウトさん、あなたは、ば……いやいや、あなたも日本人ですね」


「そうだ」と、ゴウト氏はため息とともに答える。


手裏剣に食いついていたのは、そういうわけなのか。

「だが、この世界に来て四十年以上過ぎた。もう日本のことなど、ほとんど覚えておらんよ。生活も満たされているしな」

口元の肉がわずかに動いた。笑ったのかな? 俺には分からない。


「ゴウトさんは、どうしてこの世界に?」

レネが尋ねた。

「分からん。気が付いたらこの世界にいた。だが、わしは、お前さんのように世界の危機に関係のない人生を送ってきた」


その点は、今のところ俺も一緒だろう。

レネの召喚は世界を救うという使命があったからのように思える――もしくは解釈できる。

だが、俺やゴウト氏には、特にそのような使命や導きがない。ここに意味があるのか? 気にはなる。気にはなるけど、今はそんなことを問題にしている場合じゃない。


「ゴウトさん」

俺はレネが何か言おうとするのを遮って、話し始める。

「同じ日本人として頼みます。俺をギルドに入れてください。俺とレネは食い扶持が必要なんです」


頭は下げない。

これは、試合開始の合図。

ゴウト氏がうなずくわけがない。

あくまで、俺の意思を伝えただけだ。

ただ、ここで頼めないようなやつは、おそらく相手にもされないだろうという考えもあった。

自分の願いは、人に伝えるべきだ。


ただ、レネが日本人であることは言わずにおいた。この情報は吉凶どちらに転ぶか分からないので。


「シルバー・スプーンが言ったように、君をギルドに入れることはできない」


ほらね。ここからが本番だ。

「レネがいるから、ですか?」

「そうだ。お前の腕の問題ではない。聖女レネの存在は、わしやギルドの利益に反するからだ」

「神聖教と対立するのが、それほど怖いのですか?」

ゴウト氏が、むふ、と毒々しく鼻を鳴らした。

「怖い? 馬鹿を言うな。わしは商人。利を求めるだけだ。万単位で武器防具の注文をしてくれるお得意さんを優先するに決まってるだろうが」

「ま、その辺は心当たりがないわけではありませんがね」

「ならば、諦めるんだな」

「諦められませんね。もし、あなたが難しいのであれば、他のギルドの幹部に交渉したいので、教えてもらえませんか? それくらいは問題ないと思いますが」

「教える分にはかまわんが、わしがギルドを牛耳っておる。幹部もわしの傀儡だ。行ったところでわしの決定が覆るわけではないぞ」


目の前のおっさん、けっこうすごい人なのね。

本当かどうか、確かめようがないので、彼の言葉に乗っておくことにする。


横のレネを見ると、下を向いて暗い顔をしていた。

俺は彼女の肩に手を置く。

おそるおそるといった感じで、彼女は俺を見た。

目に力がない。

しょうがないやつだな。

俺は声に出さずに、「大丈夫」と口を動かした。

レネは小さくうなずく。

まあ、見てなって。


「聖女レネを見捨てるのなら、ギルド入りを考えなくもない」

ゴウト氏が俺を揺さぶろうとする。

レネが、俺の上着のすそをつかんだ。

その手に、軽く俺の手を重ねる。

だから大丈夫だって。


「ゴウトさん、少し薄情じゃないですか。レネは、この世界を救った聖女ですよ? 恩義はないんですか?」

「世界を救ってくれたことには感謝をしている。だが、神聖教もそういう意味では同じだ。虚神戦争では自分のことしか考えない王侯貴族たちをまとめ、討伐軍を組織した。聖女レネが虚神を最終的に封印したのは間違いないが、そこに至るまでの道を作ったのは、間違いなく神聖教だ。そのことを、わしらは忘れてはいかん」

「戦争では同志だった聖女を、自分の都合で殺そうとする集団ですよ」

「同義の問題ではない。何をなしたか、という話をしていると思ったが?」


一つ疑問が解けた。

レネが虚神戦争の英雄というわりに不遇なのは、そういうところに理由があるんだろう。

神聖教がメインで、聖女レネはおまけ。

人々はそんな認識なのかもしれない。

おそらく、神聖教もプロパガンダを行っているだろうし。

もしかすると、レネのことを知らない人も多いのでは。


「どうした? もう諦めるのか?」

ゴウト氏が俺に問いかける。

先ほどからずっと引っかかっていたことがあった。

ゴウト氏は、交渉の余地がないようなことを言う。


でも、その割には、俺たちと会うことを了承したし、日本人であることを自ら打ち明けたし、これが一番重要だが、俺たちに出て行けと言わない。


今もそうだ。諦めるのか、と俺の意思を尋ねている。


ゴウト氏は何かを示そうとしている。


それは、俺たちにとって生きる道筋にちがいない。


自分に都合よく考えるべきか、もっと警戒するべきか。


ゴウト氏の目を見……ようとしたけど、肉厚のまぶたは、やっぱり瞳をさえぎっていた。

うーん、表情が読めない。


「どうした? わしに話すことはもうないのか?」

ゴウト氏が決断を迫る。


「ユウヤ、私、いいよ……」

レネがつぶやく。


それで、俺は決めた。


「ゴウトさん、俺は諦めません。だから、チャンスをください」


ギルド入りは拒否されている。

ギルドは神聖教をないがしろにできない。

でも、ゴウト氏は俺との話し合いを自分からやめようとしない。


考えられる可能性は、一つだった。


現状でギルド入りさせることはできないが、何らかのチャンスを与えることはできる。

ただ、可能性が一つといっても、それは俺の推理であって、確証はない。

全てが俺の勘違いの場合もある。

間違えていたら、きっと話し合いは終わる。

依頼人の意図を正しくくみ取れない鍛冶屋に、仕事を出す理由などないのだ。

俺は、俺が良い職人である片鱗を示さないといけない。

俺と仕事をするほうが、神聖教と付き合うよりも価値があると思わせる必要がある。


スプーンさんの試験では一度失敗をしている。レネがいなかったら、それでも俺はギルド入りしたかもしれないが、スプーンさんの評価は低いままだったろう。


緊張する。


俺はもう踏み出した。


あとは、答え合わせだけ。


訂正はできない。


ゴウト氏はすぐに喋ろうとしない。


俺は、重ねていたレネの手を握る。

そうしないと、レネは走って逃げだしてしまいそうだった。


汗が頬を伝うのを感じたとき、ゴウト氏が口を開いた。


「――入りなさい」


それは、俺たちに向けられた言葉ではなかった。


部屋のドアが開いた。


「お、お邪魔します……」


メガネをかけた小さい女の子が、おどおどとした様子で入ってきた。

彼女は、巨大な剣を抱えている。

ゴウト氏のそばに立つと、俺たちにお辞儀をした。


「よろしくお願いします」

と言ったようだが、小さな声だったのできちんとは聞こえなかった。

続けて、ゴウト氏が言う。


「この娘は、エレオノーラ。この街で一番の鍛冶職人だ。カツラガワユウヤ、お前はこのエレオノーラと戦ってもらう。十剣勝負でな」


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