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第二章 十剣勝負 1

今回はちょっと短いです。

でけえ。


それが、目の前にいる男の第一印象だった。


山というか、巨大な肉塊というか。

もともと、でかかったんだろうけど、脂肪がこれでもかってくらい全身にくっついたせいで、人間離れした姿になっている。

相撲取りの三倍くらいでかい。

なにしろ、俺とレネが立っていて、相手が座っているのに、見上げてるのは俺らのほうだもん。


むう。


男の顔も当然、脂肪まみれ。

首は無くて、鏡餅みたいに、肩から頭が段になっている。

おまけにハゲ。

でも、顔は小さいんだな。それがかえって怖いんだけど。

頭にみかんでも載せてみるか? まあ、載せたら確実に殺されるな。


まぶたの肉が重いのか、目が細く、羽根みたいに羽ばたけそうなたぷたぷの頬が不気味さを加えている。ヒゲはないが、脂でてかっている。


大変失礼な話だが、どう見ても善人じゃない。

むしろ、ラスボス。

俺たちと同じ肌の色なのが違和感あるくらいだ。

赤い肌とかだったら、確実にラスボス。

ゲームによっては最終形態。


こういう人には、必要がなかったら、会いたくないし、会っても逃げ出してしまいたい。


ああ、嫌だなあ。


ちょいちょい、隣に立っているレネが、肘で俺をつつく。

なんか喋れってことだろう。分かってるって。でもさあ、何を言う? 相手はまさに「睥睨」って目で、俺たちを品定めしてるんだよ?


俺の無言の訴えは、レネに伝わらなかった。不満そうに鼻を鳴らした。おいおい、相手に気づかれるぞ!


漫画とかで、殺人がやたらと好きな好戦的なデブの典型みたいなやつだ。

くくく……とか言いながら、素手か斧で一般人を殺戮するんだ。

一言一言が命取りになる。


まだ、レネが俺の肘をつつく。目で分からんのか? 分からんのか?


「いい加減、俺の意図を見切れよ! ……いかん、声が出た」

狼狽する俺を、レネは冷たい目で見ている。

「さっきからずっと、声が出てたよ」

「マジで?」

「マジ。でけえ、から」

レネがうなずく。

それって最初からってことじゃないか。まいった……。また、思ってることを無意識に口にする癖が出てたか。

焦った俺は、目の前のラスボスの様子をうかがう。


「率直な意見をありがとう」


ううう。微妙な声色。怒っているとも困っているともつかない上に、淡々としているわけでもない。大物っぽく、感慨深そうに、それでいて威圧的に言った。


謝りたい。土下座して謝ってしまいたい。

だけど、できない。どんな理由であれ、先に折れてはダメだ。どんなに命の危険を感じても、やってはいけない。

俺は、この人と交渉するために、ここにいるのだから。


彼は、ゴウト商会のボス、ゴウト氏。

俺たちの未来を握っている人物だった。


「あまり面と向かって私に意見する人も今は少なくてね。新鮮だったよ」


少なくとも、ゴウト氏は笑っていないよな……。

彼に会わせてもらうようスプーンさんにお願いしたところ、少し考えてはいたものの、意外とあっさり了承してくれた。


――腕のいい職人は一人でも欲しい。君がそうかどうかは分かりませんが、可能性をつぶすのは嫌いなんです。私の手には負えない問題ですが、確かにゴウトさんに会えば、なにか方法があるかもしれませんね。


スプーンさん、いい人だったよ。


ゴウト氏を説得するのに少し時間がかかったみたいで、不合格を出されたのが午前中で、今はもう日が沈みかけている。待っている間、俺たちは街をふらふらしていたんだが、それはまた別の話。


ようやく俺とレネは街の中にあるゴウト氏の屋敷、応接間にいる。スプーンさんは、俺たちをゴウト氏に引き合わせた後、ゴウト氏の指示で、応接間から出て行ってしまった。できれば一緒にいてほしかった。


ゴウト氏の応接間は、彼のサイズにあわせたのか、巨大だった。

テニスはできそうな広さの部屋の中央に、十人は腰かけられるソファーが二つ。ソファーに挟まれる形で、膝の高さくらいの黒い机が置かれている。木の床には、ふかふかの赤いじゅうたんが敷かれていた。遠くに見える部屋の壁には、当然のように暖炉がある。

ただ、壁に絵をかけたり、彫刻を置いたりはしていない。柱に装飾があるわけでもなく、不思議にシンプルな部屋となっていた。


まあ、ゴウト氏にそんな部屋は似合わないんだけどね。彼はどっちかっていうと、天蓋付きの巨大なベッドの上に寝そべって、金にあかせて連れてきた女性たちをはべらせているほうが、しっくりくる。


俺たちが来たときにはすでに、ゴウト氏が座っていたので、彼がどう動くのか、残念ながら分からない。俺の予想では、浮くか、応接間に住んでいるかの、どっちかだ。


「ユウヤ、それも声に出ている」

レネがつぶやく。でも、それもきっとゴウト氏には聞こえてるな。


とりあえず、ゴウト氏に愛想笑いを浴びせてみる。

彼の細い目に変化はない。

表情が読みづらいなー。どうにも戦いにくそうだった。

俺は、静かに息を吸い――吐いた。

さて、勝負の始まりだ。俺から仕掛けよう。


「お会いしてくださり、ありがとうございます。私は、カツラガワユウヤと申します。そして」

レネを紹介しようとした俺を、ゴウト氏が遮る。

「聖女レネ。以前、見たことがある」

レネは優雅な動作でお辞儀をした。さすが聖女。

上流階級と交流があったのか、慣れたものだった。

「ゴウトさん、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、虚神戦争の英雄とお会いできて光栄ですな」

露骨にもほどがあるセリフだが、まあいい。問題は、速攻で会話の主導権を取りに来たことだ。


「話はシルバー・スプーンから聞いている。カツラガワユウヤがヴァン・カントの弟子ということもな。まずは、奴に出した武器を見せてもらおうか」


俺は抱えていた袋から、棒手裏剣と収納用グローブベルトを彼に渡した。


ちょっと不思議な反応を見せた。


スプーンさんが、最初から苦笑だったのに、ゴウト氏は表情を変えずにじっと見ている。

チェックする視点が違うという感じではなかった。

それがなんなのかは、俺もよく分からないんだけど。


ゴウト氏は、しばらく黙っていたと思ったら、急に俺の顔を見た。


「これは、何だ?」

「棒手裏剣とそれを収めておくグローブ、というか腕に巻くベルトです」

「なるほどな」


そのまま俺の顔を凝視し始めた。


すげー緊張する。


緊張して、えずきそうになってきた。


我慢できなくなりそうになったとき、彼が口を開いた。


「お前、日本人だな?」


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