非常に長く険しい序章 3
「あうぐでゅsでゅいえどいwじょjこ」
死。急に俺の中でそれはリアリティを持った。
いけね。足が震えだした。
「にげられない!」
どっかのゲームのフレーズが頭に浮かんだ。こんなときにやめて!
ゴブリンは俺が動けないのに気づくと、急に歩く速度を落とした。いたぶろうとしてやがる。せめて一矢報いてやりたいが、恐怖で頭が混乱して、何も考えられない。
あ、俺、本当に死ぬんだ。
そう自覚した途端、全てがゆっくり動いているような気がしてきた。
ゴブリンは相変わらず変な息を漏らしながら、俺に近づく。
斧をふりかぶった。
そして、無情にも俺に向かってふりおろされる。
俺にはよく見えていた。身体は動かないくせに。
しかもスローモーション。
そろそろ走馬灯が見えてくるのかな。
ん?
俺の脇に何かが高速で通りすぎる。
ぶわっという風を切る音が鼓膜を刺激した。
ごすっ!
今度はゴブリンのほうから、変な衝突音。
正面に視線を戻すと、斧の動きが止まっていた。
何か長いものが、ゴブリンの腹に刺さっている。
棒か? 棒が飛んできたのか!
「がういsぐいでゅいdhしdhsjdhし」
ゴブリンが、何かを叫びながら、棒の勢いに押されて後ろへ吹っ飛んだ。
そのまま背後にあった木に突き刺さる。
すげー棒だな、おい。槍なのか?
しばらく耳障りな悲鳴を上げていたが、やがて動かなくなった。
どうやら、俺は助かったらしい。
×××
「大丈夫か、坊主」
急に世界は通常の速度を取り戻した。
槍が飛んできた方角からの声に顔を向ける。
ずいぶんとガタイがいい爺さんが立っていた。俺より身長が頭一つ以上高い。二メートルは越えてるんじゃないのか? しかも、兜に鎧と完全武装だ。騎士か?
顔は赤黒くて、白く長いあごひげが見事だった。西洋風の防具をつけているくせに、見た感じは……まるで関羽だ!
「聞こえてるか、坊主?」
「あ、ええ? はい、大丈夫です」
「どうしてこんなところにいたんだ、坊主?」
俺はあんたがどうして言葉の最後に「坊主」をつけるのか気になるよ。俺、二十五歳でいい大人なんだよなあ。童顔っていわれたことないし。命の恩人にいえるわけないんだけど。
「それが、俺にもよく分からなくて……」
「自分で自分のことが分からない……ひょっとして記憶喪失か?」
「うーん、名前なんかは覚えてるんですけど、この世界に関することがごそっと抜けてる感じです」
うん。嘘はいってない。嘘が嫌いというよりも、嘘をつく後ろめたさが嫌いだ。でも、本当のことをいうのは怖い。見知らぬ相手に素直に助けを求められるほど、俺は子供じゃなかった。
「この世界って、坊主も生きてた世界じゃねえか。それを覚えてないってえのか!」
吠えるように質問する爺さんだった。
「いや、それがそうなんですよ」
「ふーん」
何か考えているようだが、顔がごつすぎて表情が見えない。声も野太くて、不審なのか疑問なのか読めない。ゴブリンを貫いた槍はこの爺さんのもの。ということは、ゴブリンよりもはるかに爺さんは強い。ゴブリンよりも弱い俺は、何かあったとき瞬殺されるはずだ。
どうしよう? 愛想笑いでもしとこうか? でも、気難しい人に限って、そういう「媚び」を嫌うんだよな。
じゃあ、どうする?
槍はゴブリンを木に張りつけている。爺さんは鎧をつけている。俺は布の服。
あ、逃げられるんじゃね?
逃げてどこに行くかが決まってないけど、それはそれ。今は目の前の危機から逃げ出すのが先決だ。善は急げ。
俺は決断と同時に振り返って、走り出した。
「お、おい、待て!」
背後から轟音がひびく。あまりの音量で、森の木が振動していた。
いったい、どういう爺さんなんだよ、おい。