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第弐話 時代遅レノ救世主






【第8地上防衛基地】


【傀儡】の操縦士を育成する為に、日本政府が急遽(きゅうきょ)設立した育成機関。


現在、地上防衛基地は全部で12ヶ所存在し、それぞれの基地に訓練機の【傀儡】が10体程の存在する。


第1地上防衛基地設立から五年経つが、基地を卒業した現役操縦士は3000人程度である。







『いやぁ、来ないで!

気持ち悪い!!』



【白燕・参式】に乗った土屋雲母は、近接格闘用ブレード【滅蟲刀(めっちゅうとう)】を振り回し、【陰蟻】からの攻撃を防いでいた。


辺りには大量の【陰蟻】の死体と、食い荒らされたような【傀儡】や基地の残骸が散らばっていた。



此処は、第8地上防衛基地。


いや…正確には、()第8地上防衛基地と言った方が正しいかもしれない。


この基地は、突如現れた【陰蟲】の群れによって壊滅してしまったのだから…



『よくも守本さんを…!

平崎さんを…!!

この!このぉ!!』



そんな状況下の中、雲母は近付いてくる【陰蟻】達と懸命に戦っていた。


今の雲母の感情を占めているのは、同僚が死んだ(・・・)悲しみよりも、同僚を殺した(・・・)【陰蟲】への怒りだけだった。



『返せ!

私の仲間を返せ!!』



だが、怒りというのはその人間に強靭な力を与える代わりに、冷静さを失わせる。


それは、雲母も例外では無い。




シュルッ!!




『…ッ!

腕が動かない!?』



雲母は焦りながら、【白燕・参式】の動かない腕の部分に視界を向けた。


【白燕・参式】の動きを邪魔していたのは、白い糸のようなものだった。


それは、一本の糸というよりは、何本もの糸を束ねたような形状をしている。



『…糸ッ!?

まさか!?』



雲母が糸の出所を確かめようとした瞬間、【白燕・参式】の腕に絡み付いていた糸が引っ張られ、雲母の機体は転倒してしまった。



『うぅうあぁぁっ!』



倒れた【白燕・参式】を手繰り寄せるように、その糸は容赦なく雲母と機体を引っ張り続ける。


雲母は必死に抵抗し、何とか糸から逃れようとした。


その過程で、雲母はその糸の正体を知ることになった。



『【陰蜘蛛(かげぐも)】…ッ!!』



【陰蜘蛛】と呼ばれた【陰蟲】は、その名の通り蜘蛛に似た【陰蟲】だ。


しかも、その危険度は【陰蟻】よりも高い。


とても訓練生の雲母には、手に負えない相手だった。



雲母は必死に糸から逃れようとしたが、不幸にも【滅蟲刀】を持っている右腕が拘束されている為、糸を切り落とす事が出来なかった。


糸を外そうにも、糸が頑丈過ぎて不可能だった。



ギシッ…ギシッ…




『くっ…!

い、糸が外れない!』


『シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…』



雲母の乗った【白燕・参式】は、【陰蜘蛛】の糸にどんどん引き寄せられる。


雲母は何度もに逃走を試みたが、結果は同じだった。



『シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…』


『い、いやっ…

私はまだ…死にたくないっ!!』



雲母の叫びも虚しく、【白燕・参式】はゆっくりと【陰蜘蛛】のもとへと引きずられていく。


そして、雲母が操縦する【白燕・参式】の腕部に【陰蜘蛛】の牙が食い込もうとしていた…



『誰か…助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!』




ズドッ…!!




突然、硬いもの同士がぶつかり合ったような鈍いし、雲母の乗ったは【白燕・参式】は地面に強く打ち付けられた。



『うわっ…!!』



雲母は何が起きたか分からず、鈍い音がした方向に視線を向けた。


そこには、殴られたような(・・・・・・・)傷を負った【陰蜘蛛】と、何処かで見たような【傀儡】だった。


その【傀儡】は、一言で言うならば、飾り気の無い黒…


瀟洒(しょうしゃ)なる漆黒の人形…と呼ぶに相応しい【傀儡】だった。



『あの【傀儡】は…【黒鉄(くろがね)】?』



【黒鉄】とは、一番最初に歩行に成功した【傀儡】と、その後継機の【傀儡】の名称だ。


人間でいう拳の部分を武器化している、近距離戦闘に特化している【傀儡】だった。


最新型の【黒鉄・(しち)式】は需要があり、【傀儡】の中でも高価な為、訓練所の保管庫には無かったはずだ。



『【黒鉄・漆式】じゃないとすれば、この機体は…』


『【黒鉄・零式改】だ』


『…え?』



不意に発せられた声に、雲母は思わず困惑してしまった。


まさか、その【傀儡】の操縦士が返答してくるとは予想だにしなかったからだ。


そんな事はお構い無しに、その声は続ける。



『【黒鉄】の記念すべき初号機である【黒鉄・零式】を、俺が(・・)軽く改造した傀儡】だ。

ステータスも最新機に負けず劣らず、整備も完璧さ』


『え…、え?』


『まあ、落ち着きな。

これで、【傀儡】の説明は以上だから。

さっさとコイツを叩き潰してやるさ』



そう言った【黒鉄・零式改】の操縦士は、今にも起き上がろうとしている【陰蜘蛛】に向かって身構えた。




『まっ、待って!』


『え、何だ?

哀れなコイツに同情か?』


『いや、そうじゃなくて…』



雲母は【白燕・参式】をゆっくりと起き上がらせると、一番気になっていた事を口にした。



『あなたは…誰?

ここの訓練生なの?』


『ああ、訓練生だ。

もっとも、整備ばかりに夢中で、ここでの成績は最悪だけどな…』



ちょうどその時、完全に起き上がった【陰蜘蛛】が、【黒鉄・零式改】に向かって突進してきた。



『あっ…!!』


『あーあ、まだ自己紹介してないのにさぁ…

本当に勝手な蟲さんだな!!』



【黒鉄・零式改】は、ふわりと身を(ひるがえ)して、あろうことか突進してきた【陰蜘蛛】の上に乗っかった。



『はい、じゃあね!』




メキシッ…!!




【黒鉄・零式改】の拳が振り下ろされ、大木がへし折られた様な(おぞ)ましい音が響いた。


音の出所を見ると、身体に巨大な穴が空いた【陰蜘蛛】が、今にも倒れようとしていた。



『ハッ、コイツ()ヘボいな!』



【黒鉄・零式改】は、【陰蜘蛛】の上から地面に勢い良く降りてきた。


それと同時に、【陰蜘蛛】の死体が地面に崩れ落ちた。




ドォォオオオン…




『す、すごい…』



雲母は目の前の状況に、自然と感嘆の声が出ていた。


自分が苦戦した相手を、こうも簡単に倒してしまうなんて…


今でも、にわかに信じ難かった。



『さてと、蟲さん達は始末したし…

やっと自己紹介ができるこったな!』



【黒鉄・零式改】の操縦士は、雲母の【白燕・参式】に向き直る。



『俺は、漣弘人(さざなみひろと)

ここの訓練生で、とりあえず整備士の資格も持ってるぞ』


『さ、漣弘人…?

まさか、あの時の…』



そこで彼が吐いた言葉に、雲母は驚かずにいられなかった。


目の前の【傀儡】に乗っているのが、本当にあの漣弘人(・・・・・)ならば…


入隊後して一日も経たない内に、規則違反(・・・・)で地下牢に謹慎処分になった訓練生が目の前に居る事になる。


そんな訓練生が、何故この場に居るのか?



『お、お前は俺の事を知ってるみたいだな。

だったら、話が早いな』


『いや、君の事を知らない訓練生はいないと思うよ…』


『ああ、それもそうか。

そんじゃ、これからよろしくな』



そう言った弘人が乗った【黒鉄・零式改】は、雲母に背を向けて走り出した。



『あっ、ちょっと何処に…』


『何処ってなぁ…

生存者の確認と【陰蟲】の生き残りの抹殺に決まってるだろ?

基地がダメになったからって、生き残りが居ない訳じゃないしな』


『あ、そういう事なんだ…』



意外な返答に、雲母は少し驚いた。


とても謹慎処分になった人間の言葉とは思えない。



『お前も来いよ。

一人より、二人の方が色々便利だ』


『りょ、了解しました…』


『あはは、お固い言葉遣いはしなくて良いぜ?

えーと…名前は?』


『…私は、土屋雲母。

これでも、事前講習では成績二位よ』


『へええ、優秀だな。

まあ、所詮はシュミレート…実戦には弱いみたいだな』


『うぅっ…

面目ないです…』


『まあ、良いさ。

とりあえず行くぞ、土屋さん』



弘人はそう言うと、さっさと行ってしまった。


雲母は慌ててその後に続いた。



雲母は自分と同じ立場の人間と会えたのが、何より嬉しかった。


そのせいか、雲母の顔には自然と笑顔が受かんでいた。



『ああ、ちょっと!

待ってよ、漣君!!』


『えー…

何で君付けなんだよ?』


『えっ、だって…

固い言葉遣いじゃなくて良いって言うから…』


『だからってなぁ…』


『…ダメなの?』


『………もういいや、好きに呼べよ』


『うんっ!』



会話を一通り終えた二人は、目的地に向けてさらに歩みを進めた。


かくして、異色の二人による救命作戦が始まったのである。

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