−第壱話 訓練生ノ絶望−
《【傀儡】》
【陰蟲】に対抗する術として、日本で開発された操縦式巨大武装兵器。
その形状は人型を基本とし、様々な特性を持った機体が存在する。
操縦は簡単で、手足に操縦用の電極を付け、コックピット内にある特殊な磁場フィールドの中央に立っていれば良い。
あとは、コックピットの磁場フィールドで内の操縦士の動きにリンクして動くようになっている。。
操縦の際は、身体の動きと【傀儡】をリンクさせる為に、特殊な電極スーツを着るのが望ましい。
◇
『全機、目標地点まで移動開始!!』
荒れ果てた北の大地に、スピーカー越しに響く声。
そして、その大地に立つのは、人の形をした機械が三体。
その機械は、唯一にして、最強の人間が【陰蟲】に抗える兵器。
今から五年前に起こった『北海道大侵略』のただ中に、日本の某研究所が開発した。
その兵器の名は、【傀儡】。
名前の由来は、人間が自由に操る事ができる操り人形…つまり、傀儡から来ている。
『『『了解!』』』
三機の【傀儡】から、それぞれ違う声が発せられた。
それと同時に、二機の【傀儡】、遅れて一機がゆっくりと歩き出した。
『おい、土屋!
起動が遅い!!』
『す、すいませんっ!』
連れられるように動いた機体から、頼りない女の声が発せられた。
その機体は、慌てて起動したせいか、動きがぎこちない。
彼女は、土屋雲母。
対【陰蟲】組織として設立された、危険生物特別殲滅部隊に入隊してきた内の一人だ。
そして、彼女が訓練を行っているこの場所こそ、危険生物特別殲滅部隊の本拠地・第8地上防衛基地なのだ。
他の訓練生が見守る中、雲母は先に目標地点に到達している二機の横まで【傀儡】を何とか移動させた。
すると、基地中に設置されたスピーカーから再び教官の勇ましい声が響く。
『よし、次は攻撃訓練だ!
【陰蟲】の擬似機体を転送するから、一人ずつ撃破してみろ!!
そうだな…まずは土屋からだ!』
『わ、私ですか…!?』
自分が指名されると思わなかった雲母は、素っ頓狂な声を上げた。
そんな雲母に構わず、教官は如何にも面白そうに言った。
見学している訓練生の中からも、遠慮がちな笑い声がしたようだった。
『そうだ、お前だ!
事前講習のシュミレートで、お前が訓練生で成績が二番目に優秀だったからな!!』
『そ、それなら一番優秀な藤本訓練生に…』
『できる奴にやらせても、意味が無い!
他の訓練生の手本にもなって、尚且つ本人の良き訓練になる…実に有意義な選択ではないのか?』
『確かにそうですけど…』
『では、決まりだ!
【白燕・参式】の攻撃の操作は…覚えているな?』
教官が言う【白燕・参式】とは、雲母が達が乗っている訓練機の事である。
侍をモチーフとした【白燕】の第三世代型で、汎用性が高く、操縦が容易な為、訓練機としてよく使われる。
『覚えていますが、自信は…』
『無くてもやるんだ!』
『…はい』
拒否権が無い事を確信した雲母は、仕方なく迎撃態勢へと【白燕・参式】を操作をする。
【白燕・参式】の主力武器は、日本刀を模した近接用ブレードだ。
雲母の乗った【白燕・参式】は、腰に括り付けられた鞘からそれを抜き取ると、正面に構えた。
『迎撃態勢…整いました!』
『よし!
では、実戦訓練を開始する!!
残りの二人は、後ろで待機だ!』
『『了解』』
雲母が乗った【白燕・参式】をその場に残し、二機の【白燕・参式】は後ろに後退した。
その直後、雲母の居る50m前方の荒野が歪んだと思うと、そこに三機の機体が現れた。
その機体は人型ではなく、蟻に似た【陰蟲】である【陰蟻】に非常に近かった。
『今回は、【陰蟻】三体が一度に襲い掛かって来る事を想定した訓練だ!
せいぜい、袋だたきに合わないようにするんだな!!』
『了解しました…』
『では、始め!!』
教官の合図で、雲母の【白燕・参式】と、【陰蟻】の擬似機体が動いた。
まず【陰蟻】の擬似機体の一機が、雲母の機体に向かって突進して来た。
それに対して、雲母の【白燕・参式】は微動だにしなかった。
『…破壊目標ロック完了。
攻撃可能範囲到達まで、あと4秒…』
【陰蟻】の擬似機体が、雲母の【白燕・参式】に噛み付こうと大顎を広げた。
二機の距離は、そう遠くない。
『3…2…1…』
【陰蟻】の擬似機体が、雲母の【白燕・参式】の頭部に噛み付けるであろ距離まで来た時、【白燕・参式】が動いた。
ザシュッ…
無理に何かを引き裂いたような鈍い音が、辺りに沈黙をもたらす。
そして、音がした場所には、ブレードを振りかざした【白燕・参式】と、煙を吐き出して動かない【陰蟻】の擬似機体が居た。
『やっ、やった!』
『おい、土屋!
まだ、二機残ってるぞ!』
『あっ…!!』
左右に殺気を感じた雲母は、咄嗟にブレードを振るった。
ガギギンッ…!!
【陰蟻】の擬似機体の大顎を、【白燕・参式】のブレードが火花を散らして弾き返していた。
弾き返された二機の擬似機体は、石のように微動だにしなくなる。
あと少し反応に遅れていれば、まともに攻撃を受けていただろう。
『全く…一体倒したぐらいで油断するな。
気を抜いて良いのは、全ての敵を撃破してからだ』
『き、気をつけます…』
『まあ、分かればいい。
とりあえず、後ろに下がれ。
お前の訓練はここまでだ!』
『は、はい!』
雲母は、そそくさと【白燕・参式】を後退させた。
【傀儡】は操縦者の動作に対して忠実に動くので、さながら生身の雲母のようだ。
『じゃあ、次は藤…』
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
−警告!
第16地区周辺に、無数の【陰蟲】が出現!!
近隣住民は、直ちに避難して下さい!!−
教官が訓練を続行しようとした時、けたたましいサイレンが鳴り響いた。
このサイレンは、【陰蟲】の出現が察知すると鳴る事になっている。
『…総員、退去だ!!
【傀儡】に搭乗していない者は、今すぐ基地に戻れ!!』
「マジかよ、早く基地に!!」
「ああ、訓練なんてしてる場合じゃねえよ!!」
教官の声に従うまでも無く、訓練生達は一目散に基地の方向へ逃げて行く。
三機の【白燕・参式】に乗った訓練生達は、自分達はどうすべきか焦っていた。
『教官、私達はどうすれば!?』
『お前達は、訓練生で優秀な三人だ。
このまま実戦投与というのも可能だが、ここでお前達を失う訳にはいかない!
お前達も基地に戻れ、良いな!?』
ザッ、ザザザッ…
ザー………
教官の声を遮るように、スピーカーにノイズが入った。
これでは、実質連絡を絶たれたも同然だ。
『聞こえるかい、土屋さん。
貴女は、このまま基地にもどりますか?』
雲母の【白燕・参式】に、別機の通信が入って来た。
右隣りの【白燕・参式】に乗っている訓練生の守本尚弘だ。
『そのつもりですけど…
守本さんは、どうするつもりなんですか?』
『私は、此処で教官方が来るまで食い止めようと思うのです』
『えぇっ!?』
予想だにしない答えに、雲母は驚愕の声を上げた。
いくら【陰蟲】の擬似機体との戦闘経験があっても、実戦の経験が無いのに迎え撃つのは、無謀過ぎる考えだ。
『そんなの無茶ですよ、守本さん!!
今回は大人しく基地に戻るのが賢明ですよ!』
『大丈夫だよ、土屋さん。
僕も残りますから!』
『…平崎さん!?』
通信に割り込んで来たのは、平崎大翔。
尚弘と同じく、雲母の隣で【白燕・参式】に乗っている訓練生だ。
『そ、それなら私も残ります!』
『いいえ、此処は私達に任せて、土屋さんは基地で待機していて下さい。
基地にもしもの事があれば、色々な方々が困りますからね』
『で、でも…』
『大丈夫だよ、土屋さん!
これが片付いたら、後からちゃんと合流しますから』
ビーッ!ビーッ!
大翔がそういった時、【白燕・参式】の内部で警告恩が鳴り響いた。
【傀儡】特有の【陰蟲】を感知するレーダーが、何体かの【陰蟲】の反応を捉えたようだ。
『土屋さん、早く!
基地の事は頼んだよ!!』
『ま、待って下さい!
守本さん!平崎さん!』
雲母が止めた時には、二人は【陰蟲】の反応に向かって直進していた。
そして、あっという間に雲母の視界から消えてしまった。
『ああ、もう!
どうなっても知りませんよ!?』
聞く相手が居ないのは分かっているが、雲母は吐き捨てるようにそう言った。
そして、【白燕・参式】を基地の方角へ進めた。
◆
第8地上防衛基地まであと少しという所で、雲母は基地の異変に気付いた。
気のせいかもしれないが、いつもよりも基地が大きく見えたのだ。
『…?』
レーダーにも異変は見当たらないし、基地からも異変があった等の連絡は無い。
やはり気のせいかと思った時、雲母はその異変にはっきりと気が付いた。
『き、基地がうごめいてる…?』
ざわざわとドーム状の基地の表面が、波打っていた。
まるで、基地の表面を何かが徘徊している様に…
ビィィィィィィィィィッッッ!!
先程よりも大きな警告音が、コックピット内で鳴り響く。
慌てて雲母が【白燕・参式】のレーダーに目を移すと、とてつもない量の【陰蟲】の反応が示されていた。
『え…嘘!?
軽く三十体は居る!?
そんな数の敵が基地に襲撃したら…!!』
嫌な脂汗が、雲母の頬を伝わった。
基地が壊滅すれば、この周辺区域は無防備になってしまう。
それだけは、何としてでも避けなくてはならない。
『でも、あんな数の【陰蟲】、一人じゃ太刀打ち出来ない…
誰かが援護をしてくれれば…』
その時、大翔から通信が入った。
『つ、土屋さん…
も、も、守本さんが…!
今、守本さんが…!!』
『どうしたんですか、平崎さん!?』
大翔の慌て様に、雲母は嫌な予感がした。
『守本さんが…やられた…』
『…っ!!』
『僕を庇って、【陰蟲】の大群に…』
『あの守本さんが…』
『くそぉっ!!
僕が…僕があの時狙いを外して無ければ!!』
電波越しに大翔の悲痛な声に、雲母は胸が張り裂けそうだった。
訓練生達の憧れであり、それと同時に良き同僚だった守本尚弘…
そんな彼を身代わりにして生きながらえた大翔を思うと、やり切れない思いは充分理解できた。
『………今から基地に戻ります。
基地の状況は、どうなってますか?』
『そ、それが…
大量の【陰蟲】から襲撃を受けてるみたいで…』
『…!
分かりました、すぐにそっちに…』
ブツッ…
大翔がそう言いかけた時、いきなり通信が切れてしまった。
『…平崎さん?
平崎さん、どうしたんですか!?』
大翔の機体に再び通信を試みるが、繋がらない。
こういう場合は、機体が損傷したとみるのが妥当だ。
最悪の場合は…
『いや、大丈夫!
平崎さんなら、すぐに援護に来てくれる!!』
雲母は自分に言い聞かせると、基地に向かってさらに前進した。
しかし、それはすぐに妨害された。
ドガッ!!
『うわっ…!!』
雲母が乗った【白燕・参式】の前に、見覚えがあるものが立ち塞がった。
いや…立ち塞がったというよりは、倒れて来た。
『あ…』
目の前に倒れているものは、【傀儡】だった。
それも、自分が乗っているものと同じ【白燕・参式】…
コックピットがある頭部に当たる部分は、完全に破壊されている。
『ああ…あぁ…!』
その【白燕・参式】の肩の装甲には、『No.3』の文字が。
雲母が乗っている機体は、No.2。
そして、No.1は尚弘…
No.3に乗っていたのは、平崎大翔…
『いやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
雲母は、つんざくような悲鳴を上げた。
何も信じたくない、これは夢なのだと思いたかった。
しかし、現実はそう甘くなく…
雲母の機体の周りには、基地を破壊し、力を持て余した無数の【陰蟻】達が群がっていた…