−プロローグ−
《【陰蟲】》
西暦20XX年、地球に突如として現れた、人間を襲う巨大な虫達の総称。
その容姿は多種多様で、実在する昆虫はもちろん、異様な姿に変異した個体も存在する。
現在の地球において、人間の人口よりも、【陰蟲】の数が上回っている。
◆
−日本・北海道某所−
廃墟と化した団地のアパート…
食い散らかせられた人間の死体の山…
そして、地上をうろつくのは巨大な蟻だ。
その巨大な蟻は、人間を見付けるなり、噛み殺し、その死体を何処かに運ぶ。
想像したくは無いが、恐らく巣に持ち帰り、自分達や幼虫の餌にするだろう。
今から5年前に出現したそれは、【陰蟲】と呼ばれるようになった。
世界各地に様々な個体が出現し、人間や他の生物を食い散らかし、その数を確実に増やし、歪な進化を続けたのだった。
そして、この北海道は、【陰蟲】による被害が一番少なかったのだが…
先程、突如として起こった【陰蟲】の異常発生により、人々は致命的な打撃を受けたのだ。
そんな惨状の中、二人の兄弟らしい子供が、【陰蟲】から必死に逃げていた。
「大和兄さん、ぐすっ…
走るの早いよぉ…」
「止まるな、弘人!
死にたいのか!?」
兄の大和は、弟の弘人を怒鳴り付けると、無理矢理手を引いて走った。
弘人は、涙目で必死に走る。
二人が走った後には、無数の蟻に似た【陰蟲】が追って来ている。
もう、後戻りする事はできそうにない。
「に、兄さんっ!
まだ後ろに沢山来てるよぉ!!」
「クソッ、しつこい奴らめ!
とりあえず、この団地から出るぞ!
外に出ればきっと、あの虫もついて来れない!!」
「うっ、うん…!」
二人は、まずこの団地の外に出る事を決めた。
外には希望があると信じて、二人は歩みを進める。
何体もの不気味な【陰蟲】から隠れ、見付かりそうになれば一目散に逃走し、また隠れる。
そんな事を繰り返し、とうとう団地の外に出る道路に差し掛かった。
「よし、弘人!
もう少しだ、もう少し頑張るんだ!!」
「よ、よかったぁ…
やったね、大和兄さん!!」
二人は脱出できると確信し、つかの間安堵の表情を見せた。
しかし、すぐにその表情は、崩れてしまう事になった。
バキ…バキキ…
ガラガラガラガラ…
『シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…』
「うわあああっ!!
大和兄さぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」
「な、な…なんなんだよ…
なんなんだよ、こんな時にぃっ!!?」
道を舗装するアスファルトがボロボロに崩れ、地面から巨大な蜘蛛のような【陰蟲】が現れた。
蟻に似た【陰蟲】の全長が2mだとすると、蜘蛛に似た【陰蟲】は、高さだけで3mはあり、横幅は10m近くありそうだった。
「…弘人、逃げるぞ!
コイツは相当ヤバい…」
「ひ…ひぃぃ…」
「お、おい…?
どうした!?」
大和が呼び掛けるも、弘人は立つそぶりすら見せない。
弘人は、今の一部始終で腰を抜かしてしまったらしく、その場でへたれ込んでしまったようだ。
「おい、しっかりしろ!
冗談抜きで死ぬぞ!!」
「あぐうぅ…」
「立てッ!!
俺達が生き残らないと、誰が母さんと父さんの仇を取るんだッ!?」
「………っ!!」
大和の一言で、弘人は雷に打たれたような感覚を感じた。
だが、そのおかげで、弘人は正気に返っていた。
「…落ち着いたか?」
「…うん」
「…立てるか?」
「もう…立てるよ。
ぼ、僕は死ねない…!!」
「よし、それでいい!!」
大和は笑顔で、弘人の肩を叩いた。
「じゃあ、さっさと逃げるぞ!
喰われるのだけは、勘弁したいからな」
「うん、行こう!」
『シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…シュウゥゥゥー…』
背後に気配を感じ、二人はハッと振り向く。
二人のすぐ後ろには、蜘蛛によく似た【陰蟲】がこちらを狙っていた。
シュッ!!
「な…っ!!」
「大和兄さん…!!」
大和は、蜘蛛に似た【陰蟲】が吐き出した糸に絡め取られてしまった。
糸が手足に纏わり付き、大和は動けなくなってしまった。
「ぐッ…しまった…!!
クソッ…クソが!!
ッほ、解けろよっ…!!く…ぐあっ…!」
ギチチ…ギギギ…
ギリギリギリギリ…ギギギ…
大和は、暴れるに暴れたが、解けない。
むしろ、身体に糸が食い込んだ。
「兄さん、大丈夫!?」
「…バ…カ野郎ッ!!
来るな…俺に構うな!!
お前だけで…も…逃げろ…ぐはぁっ!!」
身体を強く締め付けられた大和は、口から大量の血を吐いた。
「…兄さんっ!!」
「行けよ、弘人…
俺は…もう、助からないさ…」
「そんな…行けないよ!!」
「…良いから、行けッ!!
その代わり……俺の仇は…ちゃんと取ってく…れよ…?」
ザクッ!!
「ぐああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
大和の身体に、蜘蛛に似た【陰蟲】は、容赦無く牙を突き刺した。
「にっ、兄さぁぁぁぁぁぁん!!」
「い…いか……?
俺…の死を…無駄にす…………」
最後まで言い切る前に、大和の身体は【陰蟲】の口の中に消えた。
ゴキッ…
バリバリッ、ゴリッ…
グチャグチャ…
悍ましい音が響き、蜘蛛に似た【陰蟲】の口に当たる部分から、赤い滝が流れ出ていた。
弘人は、ただ呆然とそれを見ていた。
「あの兄さんが死んだ…?」
−…バ…カ野郎ッ!!
来るな…俺に構うな!!
お前だけで…も…逃げろ…ぐはぁっ!!−
「嘘だ…嘘だよ…」
−行けよ、弘人…
俺は…もう、助からないさ…−
「そ、そんなはず…ないよ…?」
−…良いから、行けッ!!
その代わり……俺の仇は…ちゃんと取ってく…れよ…?−
「い、嫌だよ…そんなの…」
−い…いか……?
俺…の死を…無駄にす…………−
「………ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!」
弘人は、世界が終わったような顔でその場から走り出した…
◆
それから三日後、【陰蟲】によって北海道の人は食い尽くされ、広大な大地は【陰蟲】の手に渡ったも同然だった。
その時の生き残りは居ない訳では無いが、数える程しか存在しない。
後にこの【陰蟲】の異常発生は、『北海道大侵略』と呼ばれ、未来永劫語り継がれる事となる。






