表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/7

第4話(2) 曇天の下で


 ムーアは名前を名乗ったあの日以来、店に住み着いている。

 人形師は2人も居候が増えたと文句を言いつつ楽しそうだった。


 あの日からちょうど二週間後のことだ。

 俺は正式にムーアの物となった。

 人形師がそれを許したのだ。

 そのとき俺の名は【アベリオ】から【アベル】になった。


『名前……アベルのほうがいい!』

『いや、だめだよ! アベリオは譲れないよ!』

『絶対アベルだって!』

『私が作ったんだから、アベリオでいいの!』

『『…………』』

『よ〜し。じゃんけんで決めよう! 私が勝ったらアベリオだからね!』

『分かった』

『『最初はグー! じゃんけん……』』


 本人の意思を全く無視した、白熱戦が繰り広げられた結果、ムーアがグー、人形師がチョキを出し、ムーアの勝利。

 よって、俺の名前はアベルになった。


 人形師は人形を大切に扱ってくれる者にしか人形は売らない。


 ムーアは大切にしてくれると判断されたのだ。

 いつもは、瞬時に判断する。

 これは、この人の能力のうちのひとつだ。

 この人は人でありながら、さまざまな特殊能力を持っている。加えて成長も遅いので、寿命も長い。

 もうすでにこの人は人ではないと言ったほうが絶対正しいに決まっている!

 しかし、一応は人であるらしい。

 正直、この人のことは俺でもよく分からない。

 ちなみに、俺が“生き始めた”とき、すでに俺が作られてから56年経っていた。

 しかし、その間人形師はまったく老けたように見えない。


 もうそろそろムーアが起きだす時間だろう。

 ムーアはすっかり俺に懐いたようだ。

「おはよ! アベル!!」

「うん。おはよう」

 とある例外を除けば人形師は非常に寝起きが悪い。外が明るくなり始めるこの時刻に起きていたら奇跡だ。

 そんなことがあれば明日、雨が降る。雪が降る。嵐が来る。いや、隕石が降ってくるかも……。

ん……? ん?!!

「おはよー。ムーアちゃん! アベリ……じゃなくって、アベるんるん!」

「あーっ! 今、アベリオって言おうとした!」

「いや、もうどっちでもいいんだけどさあ、“アベるんるん”って何だよ!」

「アベルだからアベるんるん」

「説明になってないから! 意味わかんないし……。

こんな時間に起きるなんて……お客さんでも来るの?」

「うん」


 例外というのはお客さんが来るときである。

 客が店に到着するちょうど5分前に自分から、しかもなんの滞りもなく起きるのだ。

 寝起きの悪い人形師にはかなり素敵な能力だが、そうでない人にはあまり役に立たないなあ。

 ……微妙だ。


「で、あと何分?」

「うにゃ。あと0分!」


 って、もう来るじゃないですかっ!


 そう言ってやろうと思ったんだが、いつの間にか人形師の後には男の人が立っていた。


 鮮やかな金の髪

 長いその髪によく似合うエメラルドグリーンの瞳

 その2つがなんとも言えない不思議な感じを醸し出していた。


 俺は人形師の後方を凝視して、黙り込んだ。

 人形師も後を振り返り彼を見た。

「久しぶりだな、人形師」

「うん。大体90年ぶり……かな?」

「正確には92年だけどな」

「相変わらずシャルーは細かいなあ」

「人形師……お前が大雑把過ぎるだけだ」

「で? 何の用事なの?」

「ああ……。頼みごとがある」

 そう言ってこちらに視線を向けた。

 ……そして、ムーアから目をそむけることが出来なくなっていた。




 ムーアの方も微動だにせずシャルーと呼ばれた人を睨んでいる。

 知り合いなのだろうか……

「2人だけで話がしたいのだが……」

「あ、了解了解!

と、いうことでムーアちゃん、アベル。

外で遊んでおいで!」


 つまり、追い出されることになった。

 ムーアはそそくさと店をあとにした。

 俺もついていくしかなかった。

 ムーアが俺の服の袖を引っ張っていたのだ。


 店を出て、しばらく石畳の道をぶらぶらしていた。

「……私、あの人嫌い」

「急にどうしたんだよ。

あの人ってシャルーとか呼ばれてた人だよな?

知り合いなのか?」

「いや、知り合いってわけじゃないんだけどね……」

「じゃあ、なんで嫌いとか分かるんだよ」

「だって……あの人……」

 そう言って言葉を濁す。

「うん? 言いたくないならいいや」

「ねえ。すごーく話が変わるけど、せっかくだからなんか買って!」

「ほんとにすごく変わったなあ。

って、何で俺がお前になんか買ってやらんとならんのだ!」

「けち」

「ふん。どうせ俺はけちだよ」


 そのとき、ちょうど公園が見えた。

 歩くたび視界は公園でいっぱいになっていく。

 公園に子供たちの姿はない。

 所々に遊具が寂しげに佇んでいる。

 そのまま直進すれば誰もいない公園に2つの人影ができるはずだった。

 が、前を堂々と歩いているはずのムーアの姿が、いつの間にか見当たらない。

 慌てて周りを見渡した。

 ムーアは可愛らしい小物を売っている店のショーウインドーを凝視している。


「おい。何やってるんだよ」

「ねえねえ。このお店入ろうよ」


はっきり言って“入ろうよ”と訊いてはいるものの、俺の服の袖を引っ張って勝手に入っていくので、この質問に全く意味はない。

 強制的に入ることは決定している。


 店のドアを開けると、ウインドチャイムが涼やかな音色を奏でた。

 奥のほうから、落ち着いた“いらっしゃいませ”という声が聞こえる。


 店に入ってすぐ、ムーアはいろんな物に興味をそそられてあちこち見て楽しんでいる。

「アベル! これ買ってよ〜!」

「…………」

 ムーアの見つめるその先には、アンティークの小物入れがあった。

 細かい模様で飾られた小物入れ。

 確かにそれは客の目を引く効果がある。……って、2万もするじゃねえかよ!

 誰が買うんだ……?

「絶対無理だ」

「え〜。なんで〜? けちけちけち!」

「自分で買えよ」

「だって、高いじゃん」

「…………。お前は、高い物を人に買わせようとしてるのかよ!」

「はっはっは。すごいだろ!」

 訳が分からんことを言いながら、他の商品を見て回るため、どこかへ歩いていった。

 ムーアの姿は陳列棚に隠れて見えなくなった。


 小物入れのすぐ横には違う商品が並べられていた。

 緑色をしたシンプルで細いピンだ。ちなみに150円だ。

 そういえば、ムーアのあの前髪が鬱陶しそうに見えるのは、俺だけだろうか。

 …………

「はあ。しょうがないなあ」


●○●○


「で? シャルー。頼みごとって?」

「ああ。その前に、さっきまでここにいた2人は誰だ?」

「ん? ああ。女の子のほうがムーアちゃん。もう1人はアベルだよ。

現在2人ともうちに居候中!」


 本当に極僅かな間、シャルーは考え込んだ。

「アベル君は人じゃないな」

「うん。アベルは人形だよ。でも、よく分かったねえ」

「人間のにおいとは違うにおいがしたから」

「そっか、シャルーはにおい嗅ぎ分けるのが得意なんだっけ。

……犬みたいだね」


 シャルーの怒りがその拳に伝わり、微かに震える。

「犬じゃない。竜と言え。本題に入るぞ」

「竜でもにおいを嗅ぎ分けるのが得意だなんてシャルーぐらいなもんだよ」

「もうそのことはいいから!

俺が昔、お前に言った竜の誕生についての話を覚えてるか?」

「う〜ん。あんまし覚えてない」

「そうか。もう一度言うぞ。

竜には親というものがない。竜は産まれるのではなく発生するからだ。

 新しい竜の子供が発生する前日、祭壇への扉が開く。

 翌日、祭壇へ行くとそこには新しい竜の子供がいるのだ。

 誕生したばかりの竜の子を育てあげる者、つまり親代わりとなる者が必要になる。

 1頭の竜に親代わりとなる竜が1頭つく。

 親代わりとなる竜は、新しい竜が誕生した日の夜に誕生した竜の子の夢を見た者がなる」

「うん。それがどうかしたの?」

「ムーア。あの子は竜だな」

「そうなの? 気付かなかった」

「もう1つ。アベル君は、ムーアの力によって自分の意思で動けるみたいだな」

「へえ。その辺のことはよく分かんないや。

じゃあ、アベルの目の色が変色したこともムーアちゃんと関係があるのかなあ?」

「変色した?」

「うん。あの子が動けるようになる前となった後では目の色が違うんだよ。

なる前は、目の色は黒だった。なった後は、ムーアちゃんと同じ栗色になった」

「おそらく、ムーアの力が強すぎて影響が出たのだろう」

 人形師は考えている様子で黙っていた。


 シャルーは再び話を続けた。

「実は、ムーアのことで頼みごとがあったんだ」

「…………。なぜ過去形?」

「本当はお前にムーアのことを頼みたかったんだが、これはアベル君に頼んだほうがよさそうだな。

それでも、もし出来るのならたくさんの人に頼みたい。

ムーアを見守ってくれないか?」

「いいけど、何で?」

 シャルーは少し俯いてしまった。

 その姿には、反省,後悔が滲み出ていた。


「あの子……ムーアは、あまりにも強大な力を持ちすぎたせいで、殆ど迫害に近い苛めを受けていたんだ。

俺は、ただ見ていることしかできなかった。

あの子にとって、ただ傍観していた者達も敵だ」

「なるほどねえ……。竜はかなり仲間意識が強いって言うしね。

一度仲間として認められないと、その後はずっと……」

「ムーアは竜の姿では誕生していないんだ」

「え? どういうこと?」

「祭壇にいたときから既に人の姿をしていた。

通常は竜が人の姿に化けることができるようになるまで50年はかかる」

「つまり、ムーアちゃんの力の大きさは尋常ではないってことだね」

 シャルーはゆっくりとその目を閉じた。


●○●○


「ねえ。もう行こう。飽きたよお」

「ムーア、お前飽きっぽいな」

 そして、またもや俺の服の袖を引っ張って勝手に店を出て行く。


 行きたい場所も特にないので、結局あの公園へと足が進んだ。

 今日はなんだか風が強い。

 また、強風が吹く。

 一部の遊具が揺れた。


 急にムーアが駆け出した。

 その目指す先はブランコ。

 走るその姿は、まるで子供のようだ。

 俺は後からゆっくり付いて行くことにしよう。


 この公園に1つしかないブランコを独占することが出来たムーアは悦に入っていた。

 俺はブランコの傍にあるベンチに腰掛けた。

 そして、空を見上げた。

 空……綺麗だなあ。

 白と青の比率は大体6:4ってとこだろうか。

 強い風は遠くから雲達を連れてくる。

 比率は少しずつ、確実に変わってゆく。

 その変化を見るのも結構、面白いな。


 遂に空が雲で埋め尽くされた。

「アベル〜ぅ。つまんないし、帰ろうよ!」

「つまんないって、お前……ブランコは?」

「え? 飽きた。」

「…………。まあ、いいや。

店、出てから結構経ってるし、もう話も終わっているだろうし……

じゃあ、そろそろ帰るか」


いつの間にか、空の雲は真っ黒になっていた。

また、雨が降りそうだな。

店に着く前に降らないといいけど……





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ