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第1話 あの夢


 あの日…。そう。あの日は、とても寒い日だった。風も強かったせいで体感温度はもっと低かった。あのとき雪が降り始めた。



 俺は肩から右から左へと掛けていた肩掛けカバンからうっかりカバンの中に入っていた手紙を20枚近く落としてしまった(20枚というのは予測であったが…)。


 風が強いこともあって、落ちるというよりも、舞う感じになってしまう。



 幸い、そう遠くへは翔ばなかった手紙を1枚づつ拾っていった。

 ……拾っていったが、拾えたのは8枚だけだった。

「おっかしいなあ。たしか20枚ぐらいはあると思ったのになぁ。鈍ってきたかな?」

 そんな訳の分からないことを呟いていると5、6歳に見える女の子が13枚の手紙を差し出してきた。

 差し出された手紙を見て、

「これ…拾ってくれたの?」

そうたずねると嬉しそうに笑いながら

「うん!」

と返してくれた。

 女の子の濃い茶色の髪が風でさらさらと流れる。


「ありがとう」

 と手紙を受けとると、嬉しそうにしていたその顔をさらに嬉しそうにしてまた笑った。


 受けとった手紙と自分で拾った手紙を一緒にして、

「いぃち、にぃ、さぁん、しぃい・・・・・・・・」


 21まで手紙を数えて、20ぐらいという予想が当たったことを少し喜んだ。


 そんな様子をしばらく眺めていた女の子がふと、「お兄ちゃん、郵便屋さん?」

 いきなりのことだったので多少驚きながら

「あ、うん。俺は郵便屋だよ。んー。何か送りたいものでもあるの? いつでも、どこでも、誰にでも送るよ!」

「え? ……ううん!ち、違うの。ちょっと気になっただけだよ!」

「そっか。じゃあまた会ったときにでも頼んでね」

「うん。じゃあね!」


 半分冗談混じりにそんな会話を交わした後別れた。





 数枚の手紙、ハガキと数個の荷物(といっても小さなものばかりだが…)の配達を済ませた後特にやることもなく、ふらふら歩いていた。


 そういえば、あの女の子の名前聞くの忘れてたなあ……

 そんなことを考えているうちに、夕日が赤く染まっていた。



 そんなところに、木の上を見上げている2人の子供がいた。

 1人の後ろ姿に見覚えがあるような気がする。

 声をかけようか迷っていると、 見覚えがあるかもしれない方の子が何か思い立ったように、急に振り向く。


 ……。


 少しの沈黙の後、

「「あっ……!」」


 俺はその子と同時に気付いた。


 どうりで見覚えがあるはずだ。

 だって、その子はあの時手紙を拾ってくれた子だったのだから……。




 もう1人の見覚えのない男の子は、その様子をじっと見て、恐る恐る

「おねえちゃん。この人誰?」


 と尋ねていた。

「ん?あ、郵便屋さんのお兄ちゃんだよ!」

 ……。なんか、《郵便屋さんのお兄ちゃん》って……。今まで呼ばれたことのない名称だな。

 まあいいけど。



「ところで君、名前なんていうの?」

「え? 私? そっか。そういえば名乗ってなかったね。うん。私は《レト》っていうの!」

「じゃあ、レトちゃんか……」

「うん! そう!」

「レトちゃん。ところで、君達は何やってるの?」

「あれ見て!」

 と、レトちゃんは木の上の方を指さした。


 ……木の上には……何かあるようには……見えな……?


 ……!


 ……風船が引っ掛かっている。


 ……って風船ってかなり在来たりだな…。平凡だ。ベタだ。むう。


 レトちゃんはもう1人の男の子(3歳ぐらいだろうか。)の頭に手を"ぽん"と置いて言う。

「あの風船、この子のものらしいの。でも取れなくて……」

 そっか。よし。

「じゃあ、俺がとってあげるよ!」


 なっ! 何言ってるんだ?? 咄嗟にそんなこと言っちゃって! 

 た、高い。苦手というよりも、高所恐怖症と言ったほうがいいだろう。

 そうだよ! 俺は高所恐怖症だよ! 

 なんか…もう投げやりになってる。


 あの高さなら少し登ればすぐとれる。大丈夫。あの高さなら落ちても平気だ。


「「ほ、本当に?」」


 生憎俺は、いまさらあの2人の期待に満ちたまなざしを裏切るような悪心は持ち合わせていない。


「……うん」

 認めてしまった。


 ……


 恐る恐る木に登った。下を見たらだめなんだ。うん。見るな。見るな。見るな! 

 上だけを見ろ! 


 そんな恐怖との葛藤をしながら、なんとか風船を取ってやることが出来た。


 風船を男の子に返す。男の子は、

「ありがとう!お兄ちゃん!」

と言いながら、どこかへと駆けて行った。


 レトちゃんと2人残された。


「お兄ちゃん。実はさっき怖かったんじゃない?」

「ん? なんのこと?」

「木に登ったこと」


 ……図星だ。

 痛いところをつかれた。



 レトちゃんは沈黙している俺を見て、意地悪そうな笑みを浮かべた。

「やっぱりそうなんだ〜。高いとこ苦手なんだ〜」

「苦手なんかじゃない!」

 ちょっとした抵抗を試みることにした。



「え……!?」

 レトちゃんかなり驚いているご様子。

「苦手じゃなくて、嫌いなんだよ!」

 俺はそんなくだらないことをほざいた。


「な、なんだ〜! そんなことだったのか。お兄ちゃん! そういうの、なんて言うか知ってる?」

「?」

「へりくつって言うんだって!」

「屁理屈か……。さっきから言われっぱなしだな。ところで、どうして分かったの?」

「だって、お兄ちゃんすごく分かり易いんだよ! 顔、強張ってたし、足、ガクガクなってたし……」

「……なっ! そうなの?」

「うん! お兄ちゃん分かり易いよ!」



 そんな分かり易いなんて、今まで自分のことなのに気付いてなかった。



 そんなどうでもいいことを一通り話した後、

「そういえば、届けたいもの決まった?」

「え? あ〜……。あ、ちょっとここで待っててね!」


 そう言ってレトちゃんはどこかへ駆けて行った。


……暇…ひまだ。


 しばらくしてレトちゃんは小さな箱を抱えて戻ってきた。

「これ……何?」

 息を切らしながら、

「え…っと。これ……はね……、オルゴール……だよ!」


 そう言ってオルゴールの箱を開けてくれた。

 きれいな澄んだ音がぽろぽろとメロディーを奏で始めた。

「きれいな音だね。これは、誰に渡せばいいのかな?」

「うん……と。18歳になった私!」

「!!」


「だって、どこでも誰にでも届けてくれるって言ったから……」

「よく覚えてたね。分かった。」

「い、いいの?」

「うん! もちろん! でも、どうしてこれを渡そうと思ったの?」


◆◆◆◆


 私ね。18歳になったらケーキ屋さんになるんだ!

 私のお父さん、お母さんがケーキ屋さんなんだよ! すっごくおいしいって噂されてるんだから! 

 毎日いっぱいお客さんが来て、いっぱい買ってくの。



 ……だから、お父さんもお母さんもいっつも構ってくれないの。

 でも、仕方ないよ! 忙しいんだもん!


 このオルゴールはね、家族みんなで遊びに行ったときに買ってもらったの。

 家族みんなで遊びに行くこと自体珍しいことなの。

 だから、このオルゴールは大切なものなんだよ!



 18歳になって、お父さん、お母さんのお店で一生懸命働いて……

 きっと忙しいと思う。

 楽しいこととか忘れちゃうほど忙しいと思う。疲れちゃうよ。


 だから、そんなときに楽しい思い出がいっぱい詰まったこれを持って来てくれたら、思い出せると思う。


 何か大事なことを思い出せると思う。


 だから……だから……


◆◆◆◆




 ああ……今日も疲れた。

 眠い。もう寝よう。


 何か変な気配がするような気がする。


 ……窓? ……?


……!!


 ここ2階だよね?


 あれ、誰? ベランダに誰かいる! えっ??


 ベランダにいる彼は窓をノックした。


 こういうとき、どうすればいいんだろう?


『ねえ! 開けてよお!』


 え!?

 私は言われるままに窓を開けていたことに驚いた。


『ありがとう! それと、お届けものが……』

「ど、泥棒?」

『どちらかというと、郵便屋なんだけどな……』

「え? どうやってあんなところに? って、あんた誰よ!!」

『あ……もしかして忘れちゃってる? とにかく、これ受け取ってよ! 

 お届けものだよ!』

 私は受け取ることにした。

 小さな箱だった。

「開けたら爆発とかしないでしょうね?」

『はい?』

 彼(自称郵便屋)は笑いを堪えているようだ。


 私は箱を開けてみた。


 きれいな澄んだ音がぽろぽろとメロディーを奏で始めた。


 ……!!

 思い出した。


 彼は……郵便屋のお兄ちゃんだ!

 って言っても、彼はあのときと同じ姿だ。年を取っていない。あのときは、18歳ぐらいに見えた。

 今でも18歳つまり同い年に見える。

 これでは、もうお兄ちゃんとは呼べない。


『思い出した?』

「……うん。ありがとう」


 私は急に泣きだしてしまった。

 よく分からないけど、泣きたくなった……

 私は彼に泣き付いてしまった。

 彼は私が落ち着くまで待っててくれた。

『大丈夫?』

「うん。ありがとう」

『じゃあ、そろそろ行くね!』

「え? あ、そっか……ありがとう」

『どういたしまして!』


 笑って彼は出て行った。

 あ、昔と同じ姿のことについて聞くの忘れてた……。


まあ、いいか。




◆第1話完◆


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