第5話 日誌と瀬戸さんの指に触れる
いつも通りの朝。
いつも通りの朝食。
いつもの通学路。
それなのに、今日はほんの少しだけ学校へ行くのが楽しみだった。
理由は単純だ。
数少ない友達に加えて、「ちゃんと会話する相手」ができたから。
教室に入ると、窓際の一番後ろ──
桜の木がよく見える、その一つ手前の席に瀬戸さんが座っていた。
彼女はいつも通り、本を読んでいる。
俺は席に着きながら、今日は先に挨拶しようと決めて隣を向いた──その瞬間。
瀬戸さんと目が合った。
予想外すぎて、喉が固まる。
瀬戸さんは瀬戸さんで、頬が一瞬で赤くなっていた。
気まずさに負けて、絞り出した挨拶は完全に裏返る。
「お、おはようございます……!」
(あかーーーーーん)
瀬戸さんはすぐに視線を本へ戻し、小さく返してくれた。
「……おはようございます」
前言撤回。
少し楽しみだった学校は、緊張と恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
ーー
HRの時間。
担任が学級日誌を持って教室に入ってきた。
昨日の殴り書きを思い出し、書き直そうとしたが──
瀬戸さんが呼ばれて、そのまま渡されてしまった。
(すまん、え〜あい! もう見られる!!)
瀬戸さんが何気なく日誌を開く。
その瞬間──
「……ふっ」
小さな笑い声が漏れた。
すぐに口元を押さえ、周囲に気づかれないよう表情を戻す。
「ご、ごめん! 殴り書きで……字も汚いし、読めた?」
俺が慌てて謝ると、
「……いえ、すみません。 一宮くんらしいと思いました」
「らしいって……」
「殴り書きというより、味のある字だなって。
止め跳ねはしっかりしてますし、素敵だと思います」
「あ……ありがとう」
(綺麗か汚いかじゃなく、ちゃんと見てくれてるんだな……)
「今日は私の番ですね」
そう言ってペンを取り出した瀬戸さんは、ふと続けた。
「ただ……今日は生徒会で用事があるので、日誌の提出は一宮くんにお願いしてもいいですか?」
「あ、うん。わかった」
瀬戸さんはサッと書き終え、日誌を俺に差し出した。
そのとき──指先が軽く触れた。
「……っ」
瀬戸さんの肩がビクッと震え、頬がまた赤くなる。
すぐに手を引き、立ち上がった。
「それでは、お願いします」
そう言って、早足で教室を出ていった。
一瞬の出来事に頭が追いつかないまま、
俺は日誌を持って職員室へ向かった。
その後ろ姿を、
教室の後方の出入り口から見ている視線に──
俺はまだ気づいていなかった。




