表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/14

第9話:授業参観とプロジェクター、そしてニートの晴れ舞台

「断る。絶対にだ」


 土曜日の朝。  俺は布団という名の絶対防衛圏(ATフィールド)に包まりながら、断固たる拒否の意思を示した。


 枕元には、ランドセルを背負った結衣が立っている。  その手には一枚のプリント。『聖オメガ小学校 授業参観のお知らせ』。


「なんでだよぉ! 来てよお兄ちゃん! 今日、私が発表する番なんだよ?」 「俺は保護者じゃない。ただの隣人だ。それに、そんなハイソサエティな場所に行ったら、俺の『ニートオーラ』が浄化されて消滅してしまう」 「大丈夫だよ! お兄ちゃん、黙ってればイケメンだし!」 「黙ってれば、な」


 結衣の両親は海外赴任中だ。普段は祖母と暮らしているが、祖母も今日は法事で来られないらしい。  だからと言って、俺が代わりに行くのは法的にどうなんだ。


「……そっか。分かった」


 結衣が俯いた。  その肩が小さく震えている。


「みんな、パパやママが来るけど……私だけ一人でも平気だもん。……うん、行ってきます」


 消え入りそうな声で言い残し、結衣が部屋を出て行こうとする。  その背中が、あまりにも小さくて、寂しげで。


「――あー、くそっ! 待て!」


 俺はガバッと布団を跳ね除けた。  負けた。完敗だ。  世界中のファイアウォールを突破できても、十歳の少女の涙目には勝てない。


「行くよ! 行けばいいんだろ! その代わり、晩飯は特上ステーキだ!」 「本当!? やったー! 大好き、サトルお兄ちゃん!」


 結衣が振り返り、満面の笑みでVサインを作った。  ……あ、これ騙されたな。演技だったな。  俺は深いため息をつきながら、クローゼットの奥から数年前に就活で使った(そして全敗した)リクルートスーツを引っ張り出した。


 ***


 聖オメガ小学校。  そこは、俺のような人間が足を踏み入れてはいけない聖域だった。  校門には黒塗りの高級車が列をなし、校庭はゴルフ場のように整備され、すれ違う保護者はみんな「何とかのCEO」みたいな顔をしている。


「……帰りたい」 「シャキッとしてよお兄ちゃん! ネクタイ曲がってる!」


 結衣に手を引かれ、俺は4年1組の教室に辿り着いた。  教室の後ろには、ブランド物のスーツや着物に身を包んだ保護者たちがズラリと並んでいる。  その中で、俺の安物スーツは明らかに浮いていた。


「あら、佐藤。本当に来たのね」


 声をかけてきたのは、いつになくお淑やかな猫かぶりモードの西園寺アリスだった。  隣には、威厳たっぷりの中年男性――西園寺財閥の総帥であろう父親が立っている。


「……珍獣を見るような目で見るなよ」 「ふふ、頑張りなさい。私のペットとして恥ずかしくない振る舞いをお願いね」


 小声で釘を刺される。  ふと窓際を見ると、宇佐美未羽が一人でタブレットをいじっていた。彼女の親は来ていないらしい。目が合うと、彼女は気まずそうにプイッと顔を背けた。


 キーンコーンカーンコーン……。  チャイムが鳴り、授業が始まった。科目は『総合学習』。テーマは「私の将来の夢」。


 生徒たちが順番に前に出て、プロジェクターを使ってプレゼンをしていく。  さすが名門校、小学生とは思えない流暢なスピーチが続く。


「私の夢は、父のような経営者になり、世界経済を――」 「僕は医師として、最先端医療を――」


 保護者たちが満足げに頷く中、俺はあくびを噛み殺していた。  そして、いよいよ結衣の番が回ってきた。


「次は、佐倉さん。お願いします」


 先生に呼ばれ、結衣が緊張した面持ちで教壇に立つ。  俺も背筋を伸ばした。頑張れ、結衣。


「は、はい。私の夢は……」


 結衣がPCを操作し、プロジェクターに資料を映そうとした。  その時だ。


 ブツッ。  プロジェクターの映像が途切れ、青い画面ブルースクリーンが表示された。


「あれ……?」 「どうしたんだ?」「故障か?」「大事なプレゼンなのに」


 保護者たちがざわつき始める。  担任の先生が慌ててPCを操作するが、画面は固まったままだ。


「も、申し訳ありません! システムのエラーで……少々お待ちください!」


 再起動しても動かない。  教室の空気が重くなる。  結衣が泣きそうな顔で立ち尽くしている。


「……これだから公立上がり教師は困るな」 「時間の無駄だ」


 心ない保護者の声が聞こえる。  結衣の手が震えているのが見えた。  せっかく昨日まで、夜遅くまで資料を作っていたのを知っている。  それを、こんな機材トラブルで台無しにされてたまるか。


「――失礼。通ります」


 俺は保護者の壁を割り、前に出た。


「えっ、あ、お客様? 困ります!」 「ITコンサルタントの佐藤です(大嘘)。ちょっと見せてください」


 俺は先生を制止し、教卓のPCに手を置いた。  キーボードを叩く。  ……単純なドライバの競合エラーじゃない。校内LANを経由して、外部から負荷がかかっている。  意図的な攻撃アタック? いや、これは――


(なんだ、ただのウイルス付きメールを職員室の誰かが開いただけか)


 どこにでもある、初歩的なミスだ。  だが、このままでは復旧に三十分はかかる。授業が終わってしまう。


「……三十秒で直します」


 俺の指が加速した。  カチャカチャカチャッ!  静かな教室に、高速の打鍵音だけが響く。  コマンドプロンプトを呼び出し、感染プロセスを強制終了。レジストリを修正し、ネットワーク設定を最適化して再接続。


 ついでに、プロジェクターの色調補正と、フォーカスの微調整も行う。


 ターンッ!  最後のエンターキーを叩いた瞬間、スクリーンにパッと鮮明な映像が戻った。  以前よりも明るく、クリアな画質で。


「……え?」


 先生が目を丸くしている。  俺は何事もなかったかのようにPCから離れ、結衣の肩をポンと叩いた。


「お待たせ。……最高のプレゼン、見せてくれよ」 「――うん!」


 結衣の顔に笑顔が戻った。  俺は席に戻る。  周囲の保護者が「あの男、何者だ?」「ただの無職みたいな顔をしておきながら……」とヒソヒソ話しているが、知ったことか。


 結衣の発表が始まった。


「私の夢は、『誰かの支えになること』です!」


 スクリーンには、美味しいご飯の写真や、綺麗に片付いた部屋の写真が映し出される。


「世の中には、すごーい才能があるのに、一人じゃ何もできないダメな人がいます。靴下も脱ぎっぱなしだし、偏食だし、すぐ夜更かしするし……」


 ……おい。  教室の保護者たちが、一斉に俺の方を見た気がする。気のせいだと思いたい。


「でも、そんな人が世界のために頑張れるように、一番近くで支えてあげる。それが私の夢です!」


 結衣が胸を張って締めくくった。  一瞬の静寂の後、教室は温かい拍手に包まれた。  俺も、少しだけ目頭が熱くなるのを感じながら、精一杯の拍手を送った。


 ***


 帰り道。  俺と結衣は、並んで夕暮れの通学路を歩いていた。


「へへ、どうだったお兄ちゃん! 私の発表!」 「ああ、最高だったよ。……俺へのディスり(悪口)以外はな」 「えー? 愛のムチだよ!」


 結衣が楽しそうに笑う。  すると、後ろから高級車がゆっくりと近づいてきた。  窓が開き、アリスが顔を出す。


「佐藤。……やるじゃない」 「ん?」 「さっきの手際、パパも褒めてたわよ。『ウチの社内SEより優秀かもしれん』って。名刺を渡しておけばよかったわね」


 それだけ言うと、車は走り去っていった。  さらに、電信柱の陰から未羽がひょっこりと現れた。


「……フン。あんなウイルス、ボクなら五秒で直せたけどね」 「はいはい、負けず嫌いだな」 「でも……まあ、ナイスフォローだった、とは言っておく」


 未羽は顔を赤くして、すぐに走り去ってしまった。


「みんな素直じゃないねー」 「全くだ。……さて、約束のステーキを食べに行くか」 「うん!」


 俺たちは手を繋いで(結衣が勝手に繋いできた)、商店街へと向かう。


 だが、俺のポケットの中で、スマホが震えていた。  エヴァからの通知だ。


『マスター。先ほどの学校のシステム障害ですが……単なる事故ではありません。ウイルスの中に、例の『署名』が見つかりました』


 俺は足を止めずに、画面を一瞥した。  ヨルムンガンド。  奴らは、学校のネットワークすら実験場にしているのか。


(……許さねぇぞ)


 結衣の笑顔を守るためなら、俺は何度だってあの退屈なPC画面に向かってやる。  今日、あの教室で見せた「保護者」としての顔は、案外悪くないものだったからな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ