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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第6話:特売の卵を守れ! 商店街サイバー防衛戦

土曜日の朝。  それは、一週間で最も神聖な時間である。  目覚まし時計をセットせずに眠り、太陽が高くなってから起き出し、二度寝の誘惑と戦う(そして大抵負ける)。  これぞ、ニートの特権。


 だが、俺の安眠は、悲痛な叫びによって破られた。


「お兄ちゃん! 大変! このままだと破産しちゃうよぉ!」


 ガバッ、と俺は跳ね起きた。  枕元には、涙目の結衣が立っている。手にはスーパーのチラシと、家計簿アプリを表示したスマホ。


「ど、どうした結衣ちゃん。まさか、親父さんの遺産が底をついたか?」 「違うよ! 見てこれ! 『スーパー玉出』のアプリがおかしいの!」


 結衣が突きつけてきたスマホ画面を見て、俺は目を疑った。  そこには、今日の特売品である「Lサイズ卵1パック」の価格が表示されていたのだが――。


『価格:10,000円(税込)』


「……は?」 「一万円だよ!? 卵が諭吉さん一人分だよ!? これじゃ今夜のオムライスが作れないよぉ!」


 結衣が半泣きで訴える。  確かに高い。インフレにも程がある。高級ブランドの卵でもそんなにしない。


「単なる表示ミスだろ? 店に行けば普通の値段で……」 「違うの! SNS見たら、レジもこの値段で通っちゃうって! 商店街のお店、みんな電子決済システムがおかしくなって大混乱してるんだって!」


 俺の眠気が一瞬で吹き飛んだ。  商店街全域のシステム異常。  これは、ただのバグじゃない。


「……行くぞ」 「え? どこに?」 「決まってる。俺たちの食卓を守りにだ」


 俺はジャージの上着を羽織り、PCではなく、タブレット端末を小脇に抱えた。  たまにはフィールドワークも悪くない。


 ***


 徒歩五分の商店街は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。


「おい! 缶コーヒー一本が五千円ってどういうことだ!」 「レジが開かない! お釣りが全部五百円玉で出てくる!」 「自動販売機からお汁粉しか出てこないぞ!」


 あちこちで怒号が飛び交っている。  原因は明らかだ。商店街が最近導入した、一括管理型のPOSシステムとIoTネットワーク。それが何者かにクラッキングされている。


「ひどい……。お肉屋さんも、八百屋さんも……」


 結衣が青ざめる横で、俺はタブレットを展開し、商店街のフリーWi-Fiに接続した。  その時、背後から声をかけられた。


「あら、奇遇ね。あなたたちも買い物?」


 日傘を差した黒服のSPを引き連れ、優雅に歩いてくる西園寺アリスだった。  こんな下町に似つかわしくないお嬢様ルックだ。


「西園寺さん! 買い物どころじゃないの、システムが……」 「知っているわ。私の買収したタピオカ屋も被害を受けているもの。……で、原因は特定できたの?」


 アリスが俺を見る。  俺が答える前に、もう一人の少女が現れた。


「特定完了。攻撃元は、商店街の入り口にある『商店街振興組合』のサーバーよ」


 パーカーのフードを目深に被った宇佐美未羽だ。  手には小型のノートPCを持っている。


「未羽ちゃん!」 「ボクも買い物に来ただけ。……たまたま、変なパケットが飛んでるのに気づいただけだから」


 未羽はツンとすまし顔で言ったが、その指は高速でキーボードを叩いている。


「へえ、仕事が早いわね。じゃあ、サッサと直しなさいよ」 「言われなくてもやるわよ。見てて、Unknown。あんたの手なんか借りなくても、これくらい……」


 未羽がエンターキーを叩く。  自信満々の表情。  だが――数秒後、彼女の顔色が変った。


「……え? 弾かれた?」 「甘いな」


 俺は横から未羽の画面を覗き込んだ。


「相手はランサムウェア(身代金要求ウイルス)の一種だが、自己進化型だ。お前が送った修正パッチを学習して、即座に防御壁を更新したんだよ」 「う、嘘……。じゃあ、どうすれば……」 「力押しじゃダメだ。裏口バックドアがないなら、作ればいい」


 俺は自分のタブレットを操作し始めた。  未羽のPCと同期リンクさせる。


「俺がデコイになって敵のプログラムを引きつける。その隙に、未羽、お前がカーネル(中枢)に潜れ」 「えっ、ボクが? でも……」 「できるだろ? 俺に算数ドリルをやらせた度胸があるならな」


 俺がニヤリと笑うと、未羽はハッとして、すぐに真剣な目に変わった。


「……分かった。やってやる!」


 俺たちの指が同時に走る。  俺が派手な攻撃プログラムを連射し、敵の防衛システムの注意を引く。  その裏で、未羽が音もなくデジタル迷路をすり抜けていく。


「いけっ……!」


 未羽の指が止まる。  中枢への侵入成功。正常な価格データのバックアップを上書きする。


『System Reboot... OK.』


 商店街のスピーカーから、軽快な起動音が響き渡った。  レジの表示が、次々と正常な数字に戻っていく。


「直った! 卵が、198円に戻ったよ!」


 結衣が歓声を上げ、俺たちに抱きついてきた。


「すごい! お兄ちゃんも、未羽ちゃんも、魔法使いみたい!」 「ふ、ふん。これくらい当然よ」


 未羽は顔を赤くしてそっぽを向いたが、まんざらでもなさそうだ。  俺は肩を回して息を吐く。


「やれやれ、これで今夜のオムライスは安泰だな」


 一件落着。  そう思った矢先、商店街の組合長らしきおじいさんが、困り顔で走り回っているのが見えた。


「こりゃいかん! システムは直ったが、誤作動中に発注してしまった大量の『激辛激マズもやし炒め』がキャンセルできん! これじゃ店が潰れる!」


 物理的な発注ミスまでは、ハッキングでは消せない。  大量の在庫を前に、商店街の人々が頭を抱えている。


 すると、アリスがSPにハンドサインを送った。


「全部買い取りなさい」 「「え?」」


 アリスは涼しい顔でブラックカードを取り出した。


「その『激辛もやし』、全部私が買い取るわ。西園寺グループの社員食堂にでも配ればいいでしょう。――これにて解決、でよろしくて?」


 商店街の人々から「女神様だ!」「西園寺様万歳!」という歓声が上がる。  アリスはふふんと鼻を鳴らし、俺たちを振り返った。


技術テクノロジーで解決できない問題は、財力マネーで解決する。これが大人のやり方よ」 「……小学生だけどな」


 俺は苦笑した。  技術の俺と未羽。  生活と精神的支柱の結衣。  そして、圧倒的財力と権力のアリス。


(……案外、バランスの取れたチームかもしれん)


 俺たちは戦利品(特売の卵と、アリスが奢ってくれた高級アイス)を手に、夕暮れの商店街を歩き出した。  その背中を、夕陽が長く伸ばしている。


 だが、俺はタブレットに残されたログを見ながら、密かに眉をひそめていた。  今回のウイルス。  そのソースコードの深層に、奇妙な署名が残されていたのだ。


『Project: RAGNAROK - Test Phase 1』


 ラグナロク。神々の黄昏。  単なる商店街のイタズラにしては、名前が仰々しすぎる。


(……ま、今は考えるのはやめだ。オムライスの方が大事だ)


 俺は思考を中断し、結衣の「今日の晩御飯、楽しみにしててね!」という笑顔に頷き返した。

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