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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第48話:才能という名の呪いと、世界一温かい「ただいま」

東京湾岸エリア。雨。  『聖マリアンヌ療養所』の厳重な電子ロックが、悲鳴のような音を立てて解除された。


「……セキュリティ、全ダウン。カメラ、センサー、全て掌握したわ」  車の中でタブレットを操作していた未羽が告げる。


「よし。行くぞ!」  俺、佐藤悟は雨の中へ飛び出した。  傘なんてない。ずぶ濡れになりながら、施設の正面玄関へと走る。


 ガシャーン!!  強化ガラスの自動ドアが粉々に砕け散った。  先行したセツナが、飛び蹴りで強行突破したのだ。


「……邪魔。どいて」  ロビーにいた警備員たちが警棒を抜く間もなく、セツナの高速の打撃によって次々と床に沈んでいく。  殺してはいない。だが、二度は立ち上がれないだろう。


「荒っぽい訪問ね。修理費は西園寺家につけておきなさい」  アリスが優雅に(しかし足早に)続く。


 俺は息を切らしながら階段を駆け上がった。  3階。特別室。  そこに結衣がいる。


 ***


 バンッ!!  俺は305号室のドアを蹴り開けた。


 そこには、ソファに座る老紳士と、パスポートを握りしめて俯く結衣がいた。


「お兄ちゃん……!?」  結衣が驚いた顔を上げる。


「やあ、意外と早かったね。もう少しゆっくり話をしたかったのだが」  紳士は慌てる様子もなく、ティーカップを置いた。


「……その子から離れろ」  俺は雨水と汗でぐしゃぐしゃになった髪を払いもしないで、紳士を睨みつけた。


「乱暴だね、佐藤くん。私は彼女の願いを叶えてあげようとしていただけだよ」  紳士は結衣に視線をやった。


「彼女は悟ったのだよ。凡人が天才の傍にいても、足手まといになるだけだと。君には君にふさわしいステージがある。……彼女のような『重石』は、君の翼を折るだけだ」


「……そうだよ、お兄ちゃん」  結衣が震える声で言った。  その目には涙が溜まっている。


「私、何もできないもん。ハッキングも、戦うことも、お金儲けも……。北極でも、ずっと守られてるだけで……」  結衣はパスポートを強く握った。


「私がいなくなれば、お兄ちゃんはもっと自由になれる。世界中のすごい人たちと、すごいことができるよ。だから……」


「……ふざけんな」  俺は低い声で遮った。


「え……?」


「『すごいこと』だと? 『自由』だと? ……勘違いするなよ、結衣」  俺は一歩ずつ、彼女に近づいた。


「俺が何のためにハッキング技術を磨いたと思ってる? 世界を救うためか? 人類の進歩のためか? ……違う!」


 俺は叫んだ。


「『楽をするため』だ! 働きたくない、面倒なことはしたくない、家でダラダラしていたい! そのために俺は最強になったんだ!」


 紳士が呆れたように眉をひそめる。  「何を言っているんだ君は。そんな低俗な動機で……」


「うるせぇ! 俺にとってはそれが全てだ!」


 俺は結衣の目の前に立ち、彼女の肩を掴んだ。


「いいか、結衣。俺は天才かもしれない。だがな、生活能力はゼロだ! 洗濯機の使い方も怪しいし、栄養バランスなんて考えられないし、放っておけばカップ麺の容器に埋もれて死ぬ!」


「お、お兄ちゃん……?」


「未羽はプログラムしか書けない! セツナは破壊しかできない! アリスは金で解決しようとする! ……この部屋チームでな、『普通の生活』を維持できるスキルを持ってるのは、お前だけなんだよ!」


 俺は一気にまくし立てた。


「お前がいなくなったら、誰が俺に『風呂入れ』って言うんだ! 誰が俺の偏食を叱ってくれるんだ! 誰が……冷え切った部屋を『家』にしてくれるんだよ!」


 俺の目から、雨水ではない何かがこぼれそうになった。


「俺に必要なのは、高尚な議論ができる天才じゃない。……『おかえり』って言ってくれる、お前なんだよ」


 結衣の目から、大粒の涙が溢れ出した。  彼女の手から、パスポートが滑り落ちる。


「……いいの? 私、ドジだよ? 何もできないよ?」 「それがいいんだ。お前がいてくれないと、俺は『人間』じゃなくなっちまう」


 俺は結衣の手を強く握った。  温かい。  北極の寒さも、電子の海の孤独も、この温もりには敵わない。


「……帰ろう、結衣。カレーが待ってる」


 結衣は泣きじゃくりながら、何度も頷いた。  「うん……っ、うん! 帰る! お兄ちゃんと一緒に!」


 紳士がため息をつき、立ち上がった。  「……やれやれ。天才とは理解しがたい生き物だね。合理的判断よりも、情を選ぶとは」


 その瞬間。  ドォン!!  紳士の横の壁に、セツナの拳がめり込んだ。


「……マスターを侮辱するな。次は、顔を狙う」  セツナが氷のような殺気を放つ。


「……いや、降参だよ。愛の力には勝てないね」  紳士は両手を挙げ、苦笑いしながら後退った。


 ***


 帰り道。雨は小降りになっていた。  アリスの用意した車の中で、結衣は俺の服の袖を掴んで離さなかった。


「ごめんね、お兄ちゃん。心配かけて」 「ああ、本当に心配したぞ。寿命が縮んだ」 「ふふ……。今日の晩ごはん、お兄ちゃんの好きなもの何でも作るね」 「じゃあ、唐揚げ大盛りで」


 未羽が呆れたように言う。  「まったく、サトルってば必死すぎ。あんな大声で愛の告白するなんて」  「なっ!? こ、告白じゃねぇよ! 生活の必要性を説いただけだ!」


 アリスがにやにやと笑う。  「はいはい。そういうことにしておいてあげるわ。……でも、これで分かったでしょ? あなたの『聖域』がどこにあるのか」


 俺は窓の外を見た。  街の明かりが流れていく。  世界最強のハッカーだろうが、100億ドルの賞金首だろうが、関係ない。  俺はただ、結衣の作る飯を食って、眠りたいだけなんだ。


 アパートに到着する。  いつものボロアパート(要塞仕様)が、今日は輝いて見えた。


「ただいまー!」  結衣がドアを開け、明るい声で叫んだ。


「おう、おかえり」  俺は靴を脱ぎながら答えた。


 キッチンから漂う、冷めてしまったカレーの匂い。  それを温め直す音が、俺たちの日常の再開を告げていた。


 ヒロイン奪還、完了。  俺のニート生活(と、それを支える天使)は、今日も守られたのだ。

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