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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第47話:普通の女の子の価値と、東京全域ハッキング

白い部屋。  窓はなく、あるのは座り心地の良さそうなソファと、低いテーブルだけ。


「……紅茶はいかがかな?」


 老紳士が優雅にティーカップを差し出した。  結衣は膝の上で拳を握りしめ、首を横に振った。


「……帰り、たいです」 「帰る? どこへ?」


 紳士は穏やかに微笑んだ。


「君があの部屋に戻れば、佐藤悟はまた『弱点』を抱えることになる。世界最強のハッカーが、君ひとり守るために神経をすり減らし、判断を誤る。……それは世界の損失だとは思わないかね?」


 結衣は唇を噛んだ。  反論できなかった。  北極での戦い。自分はお荷物だった。みんなが戦っている間、震えていることしかできなかった。


「君は優しい子だ。だからこそ、身を引くべきだ」


 紳士はテーブルの上に、一冊のパスポートと航空券を置いた。


「新しい名前と、新しい人生を用意した。行き先はスイスの全寮制学校。そこで平和に暮らしなさい。……佐藤悟のことは、きれいさっぱり忘れてね」


 それは、悪魔の囁きだった。  自分さえいなくなれば、お兄ちゃんはもっと自由に、もっと強くなれる。  結衣の手が、震えながらパスポートへと伸びる。


 ***


 一方、メゾン・ド・サトウ。  部屋の空気は凍りついていた。


「……クソッ! 見つからねぇ!」


 俺、佐藤悟はPCデスクを拳で叩いた。  モニターには、東京中の防犯カメラの映像が何百枚も表示されている。


 未羽が隣でキーボードを叩きながら、悲痛な声を上げる。  「ダメ……。結衣お姉ちゃんを乗せた車、Nシステム(車両ナンバー読み取り装置)を避けてる。完全にプロの手口よ」


 セツナが窓際で鼻を鳴らす。  「……雨の匂い。雨が降れば、匂いも消える。追跡不能になる」  彼女の野生の勘も、都会の雑踏と悪天候には分が悪い。


 アリスが腕を組んで壁に寄りかかっていた。  「警察、探偵、西園寺家の情報網……全部動かしたわ。でも、神隠しにでも遭ったみたいに痕跡がない」


 俺は椅子に深く沈み込んだ。  部屋の中を見渡す。  キッチンには、結衣が使いかけたボウル。  ソファには、彼女が畳んだ洗濯物。  この部屋の空気の全てが、結衣で構成されていたことに、今更ながら気づかされる。


「……私のせいかも」  未羽がポツリと言った。  「ボクたちが才能の話ばかりしてたから……お姉ちゃん、寂しそうだった」


「……私も」  アリスが俯く。  「『普通』であることがどれだけ尊いか、私たちが忘れすぎていたわ」


 俺は顔を上げた。  そうだ。あいつは「普通」だ。  だからこそ、俺たちみたいなイカれた天才バケモノたちのブレーキになり、帰る場所になってくれていた。


「……俺には、結衣が必要だ」


 俺はPCに向き直った。  目つきが変わる。ニートの目は消え、かつて世界を震え上がらせた『Unknown』の目が戻る。


「未羽。都内の全信号機、全コンビニの防犯カメラ、全ドライブレコーダー……利用可能な全てのレンズにハッキングをかけろ」 「えっ!? そんなことしたら、サーバーがパンクするわよ!?」 「構わん。俺のPCの全リソースを使う。アリス、西園寺家のスパコンも貸せ」 「……ふふ。いいわよ。ぶっ壊れても請求しないであげる」


 俺はキーボードを叩き始めた。  倫理規定? 法律? 知ったことか。  結衣を泣かせる奴がいるなら、俺は東京という街そのものをひっくり返してでも見つけ出す。


 カチャカチャカチャカチャッ!!!  超高速のタイピング音が部屋に響く。


 モニター上の映像が次々と切り替わる。  路地裏、地下駐車場、高速道路の非常口。  AIによる画像認識が、結衣の特徴――『背格好』『髪型』そして『商店街のレジ袋』を探し回る。


「……見つけた」


 俺の手が止まった。  一枚の不鮮明な画像。  一時間前。港区の湾岸エリアにある、会員制の高級メディカルセンターの裏口。  そこに吸い込まれていく黒塗りの車と、一瞬だけ映った、うなだれる少女の姿。


「ここだ。『セント・マリアンヌ療養所』。……表向きは富裕層向けの保養所だが、裏では要人の『身元洗浄ロンダリング』を行っている施設だ」


 俺は立ち上がった。  椅子が倒れる。


「行くぞ。……結衣の作ったカレーが腐る前に連れ戻す」


「……了解。敵は全員、骨を折る」  セツナが手袋を締め直す。


「ボクがセキュリティを全部ダウンさせてあげる」  未羽がタブレットを構える。


「車は回してあるわ。……さあ、家族を取り戻しに行くわよ」  アリスが先頭に立って歩き出す。


 俺たちは部屋を飛び出した。  Original Sevenなんていらない。  俺たち四人――「チーム・サトウ」がいれば、どんな要塞だろうと陥落させてやる。


 外は冷たい雨が降り始めていた。  待ってろ、結衣。  お前がいないと、飯が不味くてしょうがないんだ。

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