第39話:氷点下の死地と、西園寺ブランドの極暖装備
ザザァァァーッ……! 漆黒のビジネスジェットが、凍結した海の上に作られた仮設滑走路にタッチダウンした。 逆噴射の轟音が、静寂な白銀の世界を切り裂く。
「到着よ! 外気温マイナス40度、体感温度はそれ以下。……地獄へようこそ!」
機内アナウンスと共に、タラップが降りる。 パイロットのリオが、コックピットからサムズアップした。
「アタシはここで待機できないわ。エンジンを止めると凍りつくし、何より敵の的になる。……迎えに来るまで、死ぬんじゃないわよ!」 「ああ。必ず戻ってくる! ……いい女だったぜ!」
俺、佐藤悟は強がって言い残し、機外へと飛び出した。 その瞬間。
「痛っ……!?」
冷たい、ではない。痛い。 空気を吸い込んだ瞬間、肺が内側から凍りつくような激痛が走った。 目を開けているだけで眼球が凍りそうだ。
「ううぅ、寒いよぉぉ……!」 結衣がガタガタと震えながら降りてくる。 未羽とアリスも顔色が悪い。 セツナだけは「……涼しい」と平然としている。こいつの代謝どうなってるんだ。
ゴォォォォ……! 俺たちを降ろすと、ジェット機はすぐに再加速し、灰色の空へと消えていった。 取り残されたのは、見渡す限りの氷と雪の世界。
「……さて、ここからが本番よ」
アリスが震える手で、足元に置いた銀色のケースを開けた。
「西園寺グループが開発した、対極地用ナノファイバー・スーツよ。……さっさと着替えなさい。死ぬわよ」
俺たちはその場で防寒具を装着した。 見た目は薄手のスキースーツだが、着用した瞬間にポカポカとした暖かさが全身を包んだ。
「すげぇ……。コタツを着てるみたいだ」 「一着五千万円よ。汚したらローンで払ってもらうから」 「一生ニートには払えんわ!」
装備を整えた俺たちは、未羽のタブレットが示す座標へ向かって歩き出した。 猛吹雪で視界は最悪だ。 だが、セツナが先頭に立ち、氷の裂け目や薄い場所を避けて先導してくれる。
「……マスター。あそこ」
三十分ほど歩いた先。 巨大な氷山の麓に、不自然に隆起した氷のドームがあった。 雪に覆われているが、一部が金属的な光沢を放っている。
「あれが……ゼロの要塞か」
俺は息を呑んだ。 かつての仲間が、世界を支配するために作り上げた城。 その入り口である巨大なゲートの前には、何体もの「番犬」が待ち構えていた。
白い装甲に覆われた、四足歩行の機械獣。 背中にはガトリング砲を搭載し、赤いセンサーアイが俺たちを捉えて光る。
「迎撃システム……! やっぱり無人化されてる!」 未羽が叫ぶ。
ガガガガガッ! 警告もなく、機械獣たちが発砲を開始した。 氷の大地が弾丸で弾け飛ぶ。
「うわぁぁぁ! 隠れろ!」
俺たちは氷塊の陰に滑り込んだ。 敵は五体。連携して回り込んでくる。
「……私がやる」 セツナがスーツのフードを脱ぎ捨て、飛び出そうとする。 「待てセツナ! 相手は金属の塊だ! 生身で殴り合ったらお前の骨が砕ける!」
俺はPCを取り出し、極寒の中でキーボードを展開した。 手がかじかんで動かない? 関係ない。俺の指は熱くなっている。
「未羽、敵の通信プロトコルを解析しろ! 奴らの連携を断つ!」 「OK! ……リンクコード特定! サトル、ポートを開いたわ!」
ナイスだ相棒。 俺は開かれたバックドアから、敵の制御系に侵入した。 単純なAIだ。ゼロ本体が操っているわけじゃない。これなら――!
「同士討ち(フレンドリーファイア)モード、起動!」
ッターン! 俺がコマンドを打ち込んだ瞬間。 右端の機械獣が突然旋回し、隣の仲間に向かってガトリングを乱射した。
ズダダダダッ! 「PiGyaaaa!?」
不意打ちを食らった二体が火花を散らして沈黙する。 残りの三体が混乱して動きを止めた。
「今だセツナ! 関節部を狙え!」 「……了解!」
セツナが弾丸のように飛び出した。 彼女は凍った地面を滑るように接近し、機械獣の脚部関節に強烈なローキックを叩き込んだ。
バキィッ! 強化プラスチックと合金が砕ける音。 バランスを崩した機械獣の頭部に、かかと落としが炸裂する。
ドゴォォォン!! わずか十秒で、全ての番犬がスクラップと化した。
「……掃除完了」 セツナが息も切らさずに戻ってくる。 俺はPCを閉じ、立ち上がった。
「よし。入り口は確保した」
俺たちは巨大なゲートの前に立った。 俺が手をかざすと、重々しい駆動音と共に扉が開いた。
プシューッ……。 中から漏れ出してきたのは、暖かい空気と、機械油の匂い。 そして、どこか懐かしい、消毒液の香り。
「……行くぞ」
俺たちは暗闇の中へと足を踏み入れた。 背後でゲートが閉まり、ロックされる音が響く。 もう後戻りはできない。
長い廊下の先。 スピーカーから、あの声が響いた。
『ようこそ、アイン。そして可愛いお客様たち。……パーティーの準備はできているよ』
ゼロ。 俺たちの兄弟。そして世界の敵。 最後の戦いが、今始まる。




