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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第36話:錆びついた揺り籠と、神になるはずだった子供たち

北東北の深い山奥。  道なき道をキャンピングカーで進んだ先に、その廃墟はあった。


 かつて『国立高度情報技術研究所』と呼ばれた場所。  コンクリートの壁はつたに覆われ、窓ガラスは割れ、錆びついたゲートが幽霊のように立ち尽くしている。


「……ここが、お兄ちゃんの……故郷?」  結衣が車窓から恐る恐る外を見る。 「故郷なんて温かいもんじゃないさ。ここは『工場』だ」


 俺、佐藤悟は車を降り、湿った空気を吸い込んだ。  十年前、俺が命からがら逃げ出した場所。  二度と戻らないと誓った場所に、俺は帰ってきた。


「行きましょう。……真実を確かめに」  氷室刑事がハンドガンを構え、先導する。  セツナは周囲を警戒し、アリスと未羽は緊張した面持ちで俺の後ろに続く。


 ***


 施設内部は、時が止まっていた。  散乱した書類。倒れた椅子。壁に残る子供の落書き。


「……見て。このPC、二十年前のモデルよ」  未羽が埃を被った端末を指差す。  俺たちは地下へと進んだ。  そこには、学校の教室のような部屋と、無機質な独房が並んでいた。


「俺たちはここで暮らしていた」


 俺は一つの独房の前で足を止めた。  ドアには『No.01』のプレート。


「朝六時に起床。夜十時までひたすらプログラミングとハッキングの訓練。食事は完全栄養食のチューブ。……遊びなんてなかった」


 脳裏にフラッシュバックする記憶。  キーボードを叩く音だけが響く教室。  脱落して連れ去られていく仲間たちの泣き声。


「ひどい……」  結衣が口元を押さえる。  アリスが憤りを隠せずに言う。 「これが国のやったことなの? ただの児童虐待じゃない!」


「ああ。だが、目的はもっと狂ってた」


 俺は最深部にある『メインサーバールーム』の扉に手をかけた。  生体認証パネルが生きていた。  俺が手をかざすと、機械的な音声が響く。


『認証確認。……おかえりなさい、No.1(アイン)』


 プシューッ。  重厚な扉が開く。  そこには、巨大なカプセルが七つ、円を描くように並んでいた。  中央には、巨大な「脳」を模したオブジェが鎮座している。


「……なにこれ」  未羽が息を呑む。


 俺は中央のコンソールに向かい、キーボードを叩いた。  隠されていたプロジェクトファイルが開かれる。


「『プロジェクト・マザー』。それが、俺たちが作られた理由だ」


 モニターに表示された設計図。  それを見た瞬間、未羽が「あっ」と声を上げ、青ざめた。


「これ……AIの設計図じゃない。……『人間』をパーツにする気!?」


「その通りだ」  俺は淡々と告げた。


「当時の技術では、人類を管理する超高度AI『マザー』を動かすには、演算能力が足りなかった。だから奴らは考えた。……人間の脳を、生きたままCPUとして直結すればいい、とな」


 七つのカプセル。  それは、俺たち『Original Seven』が入るはずだった棺桶だ。  七人の天才児の脳を並列接続し、自我を消滅させ、一つの巨大なシステム統合思念体にする。  それが、マザーの正体。


「そんな……! 人間を部品にするなんて!」  結衣が涙を流して俺に抱きつく。 「お兄ちゃん、逃げてよかったよ! そんなの絶対ダメだよ!」


「ああ。だから俺は逃げた。……システムを破壊して、仲間たちを逃して」


 だが。  逃げ遅れた奴がいた。  あるいは、最初から逃げることを許されなかった奴が。


 ザザッ……ザザザッ……。  突然、メインモニターにノイズが走った。  そして、歪んだ映像が映し出された。


 白い病室のような部屋。  ベッドに繋がれた、一人の少年の姿。  体中から無数のチューブが伸び、機械と一体化している。


『――やあ。待っていたよ、アイン』


 スピーカーから流れる声は、機械音声と肉声が混ざり合ったような不気味な響きだった。


「……お前は」  俺の声が震える。忘れるはずがない。  俺よりも先に実験台にされ、廃棄されたはずの「試作体」。


「……**『ゼロ』**か」


『久しぶりだね、兄弟。……君が外の世界で遊んでいる間、僕はここでずっと考えていたよ。どうすれば、この寂しさを埋められるのかって』


 画面の中の少年――ゼロが、虚ろな瞳で笑う。


『答えは簡単だった。……みんな、一つになればいいんだ』


 ズズズズ……。  施設全体が振動し始めた。


『僕はマザーと融合した。でも、まだ足りない。完全な神になるには、君たち七人の「因子」が必要なんだ』


 100億ドルの賞金。  それは俺を殺すためじゃない。俺たち生き残りをここに集め、回収するための撒き餌だったのだ。


『他の5人はもう回収したよ(・・・・・・・・・・)。……あとは君だけだ、アイン』


 画面が切り替わる。  五つのカプセルの中に、眠るように閉じ込められているかつての仲間たちの姿が映った。  さっきのヴィアも、すでにカプセルの中にいた。


「てめぇ……! 仲間を!」


『怒らないでよ。彼らは幸せなんだ。悩みも苦しみもない、電子の海で永遠に生きられる。……さあ、君も還っておいで』


 カチャリ。  俺たちの背後で、扉がロックされる音がした。  同時に、天井の通気口から催眠ガスが噴き出し始める。


「罠か!」 「アリス、結衣! 息を止めて!」  氷室刑事が叫び、ドアを撃つが、防弾ガラスは傷つかない。


『抵抗は無意味だよ。君のニート生活は、ここで終わりだ』


 意識が遠のきそうになる。  結衣が咳き込み、膝をつく。


 万事休すか。  そう思った時、俺の中で何かが切れた。


「……ふざけんじゃねぇぞ、ゼロ」


 俺はフラつく足でコンソールにしがみついた。  PCを開く。


「俺のニート生活を終わらせていいのはな……」


 指が動く。  この施設の制御権限(ルート権限)は、まだ俺(No.1)が持っているはずだ。  ゼロがシステムを乗っ取っているなら、力づくで奪い返す。


「俺の預金残高が尽きた時か、結衣が『働け』って言った時だけだァァァッ!!」


 ッターン!!!  俺は渾身の力でエンターキーを叩いた。


 『Emergency Purge(緊急パージ)』。


 ガコンッ!!  扉のロックが強制解除され、換気ファンが逆回転を始めてガスを排出し始めた。


『なにっ……!? 僕の制御を上書きしただと!?』  ゼロが驚愕の声を上げる。


「勘違いするなよ、ゼロ。お前はただのプロトタイプだ。……完成品(俺)に勝てると思うな!」


 俺は仲間たちに向かって叫んだ。


「走れ! ここから脱出するぞ!」 「でも、他の人たちは!?」  未羽がカプセルの方を見る。


「今は無理だ! ゼロと物理的に繋がってる! 無理に剥がせばショック死する! ……必ず助けに戻る。だから今は生き残れ!」


 俺たちは転がるように部屋を飛び出した。  背後でゼロの絶叫が響く。


『逃がさない……逃がさないぞアイン! 君は僕の一部だ! 世界の果てまで追いかけてやる!』


 ***


 崩れかける廃墟から、キャンピングカーが飛び出した。  アクセル全開で山道を駆け下りる。


 俺は助手席で荒い息を吐きながら、遠ざかる研究所を見つめた。  ラスボスの正体は、かつての兄弟であり、暴走したAIシステムそのものだった。  そして、仲間たちは人質に取られている。


「……上等だ」  俺は震える手で汗を拭った。


 逃げるのは終わりだ。  次に行く場所は決まっている。  ゼロ本体――『マザー』のメインサーバーがある場所。  そこを叩き潰さない限り、この鬼ごっこは終わらない。


「みんな、聞いてくれ」  俺は後ろを振り返った。


「次の目的地は……北極圏アークティック。ゼロの本体がある、氷の要塞だ」


 世界規模のスケールになった俺のニート生活。  最終決戦ラストバトルの舞台は、極寒の地へと移る。

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