第36話:錆びついた揺り籠と、神になるはずだった子供たち
北東北の深い山奥。 道なき道をキャンピングカーで進んだ先に、その廃墟はあった。
かつて『国立高度情報技術研究所』と呼ばれた場所。 コンクリートの壁は蔦に覆われ、窓ガラスは割れ、錆びついたゲートが幽霊のように立ち尽くしている。
「……ここが、お兄ちゃんの……故郷?」 結衣が車窓から恐る恐る外を見る。 「故郷なんて温かいもんじゃないさ。ここは『工場』だ」
俺、佐藤悟は車を降り、湿った空気を吸い込んだ。 十年前、俺が命からがら逃げ出した場所。 二度と戻らないと誓った場所に、俺は帰ってきた。
「行きましょう。……真実を確かめに」 氷室刑事がハンドガンを構え、先導する。 セツナは周囲を警戒し、アリスと未羽は緊張した面持ちで俺の後ろに続く。
***
施設内部は、時が止まっていた。 散乱した書類。倒れた椅子。壁に残る子供の落書き。
「……見て。このPC、二十年前のモデルよ」 未羽が埃を被った端末を指差す。 俺たちは地下へと進んだ。 そこには、学校の教室のような部屋と、無機質な独房が並んでいた。
「俺たちはここで暮らしていた」
俺は一つの独房の前で足を止めた。 ドアには『No.01』のプレート。
「朝六時に起床。夜十時までひたすらプログラミングとハッキングの訓練。食事は完全栄養食のチューブ。……遊びなんてなかった」
脳裏にフラッシュバックする記憶。 キーボードを叩く音だけが響く教室。 脱落して連れ去られていく仲間たちの泣き声。
「ひどい……」 結衣が口元を押さえる。 アリスが憤りを隠せずに言う。 「これが国のやったことなの? ただの児童虐待じゃない!」
「ああ。だが、目的はもっと狂ってた」
俺は最深部にある『メインサーバールーム』の扉に手をかけた。 生体認証パネルが生きていた。 俺が手をかざすと、機械的な音声が響く。
『認証確認。……おかえりなさい、No.1(アイン)』
プシューッ。 重厚な扉が開く。 そこには、巨大なカプセルが七つ、円を描くように並んでいた。 中央には、巨大な「脳」を模したオブジェが鎮座している。
「……なにこれ」 未羽が息を呑む。
俺は中央のコンソールに向かい、キーボードを叩いた。 隠されていたプロジェクトファイルが開かれる。
「『プロジェクト・マザー』。それが、俺たちが作られた理由だ」
モニターに表示された設計図。 それを見た瞬間、未羽が「あっ」と声を上げ、青ざめた。
「これ……AIの設計図じゃない。……『人間』をパーツにする気!?」
「その通りだ」 俺は淡々と告げた。
「当時の技術では、人類を管理する超高度AI『マザー』を動かすには、演算能力が足りなかった。だから奴らは考えた。……人間の脳を、生きたままCPUとして直結すればいい、とな」
七つのカプセル。 それは、俺たち『Original Seven』が入るはずだった棺桶だ。 七人の天才児の脳を並列接続し、自我を消滅させ、一つの巨大なシステム統合思念体にする。 それが、神の正体。
「そんな……! 人間を部品にするなんて!」 結衣が涙を流して俺に抱きつく。 「お兄ちゃん、逃げてよかったよ! そんなの絶対ダメだよ!」
「ああ。だから俺は逃げた。……システムを破壊して、仲間たちを逃して」
だが。 逃げ遅れた奴がいた。 あるいは、最初から逃げることを許されなかった奴が。
ザザッ……ザザザッ……。 突然、メインモニターにノイズが走った。 そして、歪んだ映像が映し出された。
白い病室のような部屋。 ベッドに繋がれた、一人の少年の姿。 体中から無数のチューブが伸び、機械と一体化している。
『――やあ。待っていたよ、アイン』
スピーカーから流れる声は、機械音声と肉声が混ざり合ったような不気味な響きだった。
「……お前は」 俺の声が震える。忘れるはずがない。 俺よりも先に実験台にされ、廃棄されたはずの「試作体」。
「……**『ゼロ』**か」
『久しぶりだね、兄弟。……君が外の世界で遊んでいる間、僕はここでずっと考えていたよ。どうすれば、この寂しさを埋められるのかって』
画面の中の少年――ゼロが、虚ろな瞳で笑う。
『答えは簡単だった。……みんな、一つになればいいんだ』
ズズズズ……。 施設全体が振動し始めた。
『僕はマザーと融合した。でも、まだ足りない。完全な神になるには、君たち七人の「因子」が必要なんだ』
100億ドルの賞金。 それは俺を殺すためじゃない。俺たち生き残りをここに集め、回収するための撒き餌だったのだ。
『他の5人はもう回収したよ(・・・・・・・・・・)。……あとは君だけだ、アイン』
画面が切り替わる。 五つのカプセルの中に、眠るように閉じ込められているかつての仲間たちの姿が映った。 さっきのヴィアも、すでにカプセルの中にいた。
「てめぇ……! 仲間を!」
『怒らないでよ。彼らは幸せなんだ。悩みも苦しみもない、電子の海で永遠に生きられる。……さあ、君も還っておいで』
カチャリ。 俺たちの背後で、扉がロックされる音がした。 同時に、天井の通気口から催眠ガスが噴き出し始める。
「罠か!」 「アリス、結衣! 息を止めて!」 氷室刑事が叫び、ドアを撃つが、防弾ガラスは傷つかない。
『抵抗は無意味だよ。君のニート生活は、ここで終わりだ』
意識が遠のきそうになる。 結衣が咳き込み、膝をつく。
万事休すか。 そう思った時、俺の中で何かが切れた。
「……ふざけんじゃねぇぞ、ゼロ」
俺はフラつく足でコンソールにしがみついた。 PCを開く。
「俺のニート生活を終わらせていいのはな……」
指が動く。 この施設の制御権限(ルート権限)は、まだ俺(No.1)が持っているはずだ。 ゼロがシステムを乗っ取っているなら、力づくで奪い返す。
「俺の預金残高が尽きた時か、結衣が『働け』って言った時だけだァァァッ!!」
ッターン!!! 俺は渾身の力でエンターキーを叩いた。
『Emergency Purge(緊急パージ)』。
ガコンッ!! 扉のロックが強制解除され、換気ファンが逆回転を始めてガスを排出し始めた。
『なにっ……!? 僕の制御を上書きしただと!?』 ゼロが驚愕の声を上げる。
「勘違いするなよ、ゼロ。お前はただのプロトタイプだ。……完成品(俺)に勝てると思うな!」
俺は仲間たちに向かって叫んだ。
「走れ! ここから脱出するぞ!」 「でも、他の人たちは!?」 未羽がカプセルの方を見る。
「今は無理だ! ゼロと物理的に繋がってる! 無理に剥がせばショック死する! ……必ず助けに戻る。だから今は生き残れ!」
俺たちは転がるように部屋を飛び出した。 背後でゼロの絶叫が響く。
『逃がさない……逃がさないぞアイン! 君は僕の一部だ! 世界の果てまで追いかけてやる!』
***
崩れかける廃墟から、キャンピングカーが飛び出した。 アクセル全開で山道を駆け下りる。
俺は助手席で荒い息を吐きながら、遠ざかる研究所を見つめた。 ラスボスの正体は、かつての兄弟であり、暴走したAIシステムそのものだった。 そして、仲間たちは人質に取られている。
「……上等だ」 俺は震える手で汗を拭った。
逃げるのは終わりだ。 次に行く場所は決まっている。 ゼロ本体――『マザー』のメインサーバーがある場所。 そこを叩き潰さない限り、この鬼ごっこは終わらない。
「みんな、聞いてくれ」 俺は後ろを振り返った。
「次の目的地は……北極圏。ゼロの本体がある、氷の要塞だ」
世界規模のスケールになった俺のニート生活。 最終決戦の舞台は、極寒の地へと移る。




