第35話:全裸の論理的思考(ロジカル・シンキング)と、配信者の誤算
硫黄の匂いが立ち込める秘湯は、死の遊園地に変わっていた。
「さーて、スパチャ(投げ銭)ありがとー! リスナーのリクエストにお応えして、次は『熱湯ドッキリ』いっちゃうよ~!」
岩場の上に立つJKハンター・ヴィアが、スマホに向かってウインクする。 彼女が画面をタップした瞬間。
バシュッ! 結衣の足元の岩の隙間から、圧縮された熱湯が噴き出した。
「きゃあっ!」 結衣が悲鳴を上げて飛び退く。間一髪だったが、足が赤くなっている。
「結衣ちゃん!」 俺、佐藤悟は歯ぎしりした。 PCも服も、頭上のワイヤーに吊るされている。丸腰だ。 動けばワイヤーに触れて体が切断されるか、別の罠が作動する。
「……マスター。動けない。悔しい」 セツナがバスタオル一枚姿で唸る。彼女の動体視力でも、湯けむりに隠された極細ワイヤーの全貌は見えない。
「あはは! どうしたの『Unknown』? パソコンがないと何もできない、ただのオッサンじゃん!」 ヴィアがケラケラと笑う。
「……オッサン言うな。俺は永遠の17歳(精神年齢)だ」
俺は湯船の中で腕組みをし、冷静に周囲を観察した。 一見、無敵に見えるヴィアの罠。 だが、違和感がある。
彼女は頻繁にスマホを見ている。 罠の作動タイミングが、コメントの流れやスパチャの通知と連動している? いや、それだけじゃない。彼女は俺たちの位置を正確に把握していない。 湯けむりのせいで、彼女の肉眼では俺たちの姿がぼやけているはずだ。
「……未羽。聞こえるか」 俺は小声で、隣にいる未羽に囁いた。
「なに? サトル」 「お前のその防水スマートウォッチ。……電卓機能は使えるか?」 「バカにしないで。関数電卓どころか、簡易弾道計算アプリも入ってるわ」 「上等だ」
俺はヴィアを見上げた。
「あいつの弱点は『カメラ』だ。罠の起動も、狙いをつけるのも、全てあの設置カメラの映像に頼ってる。……つまり、カメラさえ無効化すれば、あいつは盲目だ」
「でも、カメラはあんな高いところに……どうやって?」 アリスが不安そうに上を見る。
俺はニヤリと笑った。 ここには、カメラの天敵があるじゃないか。
「全員、桶を持て。……温泉卓球ならぬ、温泉スプラッシュの時間だ」
俺が合図を送る。 ヴィアが次の罠を作動させようとした、その瞬間。
「今だッ! 掛けろォォォ!」
バシャアアアアッ!!! 俺、結衣、アリス、未羽。四人が一斉に、手桶で温泉のお湯を空中へぶちまけた。
大量の湯気が爆発的に発生し、さらに熱湯の飛沫が設置カメラのレンズを直撃する。 気温差でレンズが一気に曇る。
「えっ!? な、なに!? 画面が真っ白!?」 ヴィアが狼狽する。 配信画面がホワイトアウトし、リスナーから『見えねーぞ!』『放送事故w』とコメントが殺到する。
「クソッ、ふざけんな!」 ヴィアが焦ってスマホを操作しようとする。 その隙だ。
「未羽! ワイヤーの反射角から、安全ルートを計算しろ!」 「計算終了! ……2時の方向、角度30度! そこだけワイヤーの密度が薄い!」
天才の目が、湯気の中にキラリと光る「死の線」を見切った。
「セツナ! 行けッ!」 「……了解!」
ザバァッ!! セツナが湯船から飛び出した。 バスタオルをなびかせ、裸足の足が岩場を蹴る。
「なっ、見えてないはずなのに!?」 ヴィアが慌てて適当な罠スイッチを押すが、セツナはその爆発すらも予知したかのように紙一重でかわしていく。 未羽のナビゲートと、セツナの野生の勘。 最強のコンビネーションだ。
一瞬で距離が詰まる。
「ひっ……!」 ヴィアが腰のナイフを抜こうとする。 だが、遅い。
「……マスターを覗き見するな。変態」
ドゴォォォン!! セツナの強烈な回し蹴りが、ヴィアの持つスマホごと、彼女の顔面を捉えた。
「ぶべらっ!?」
派手な音を立てて、JKハンターは岩場の裏へと吹っ飛んでいった。 ワイヤーの制御装置が壊れ、吊るされていた俺たちの荷物がドサドサと落ちてくる。
「ナイスだ、セツナ!」
俺は急いで服を着て(パンツを履く速さは世界一だ)、PCを回収した。 そして、気絶して白目を剥いているヴィアの元へ歩み寄った。
地面に落ちた彼女のスマホは、まだ配信が続いていた。 『うわ、やられたw』『放送終了のお知らせ』『ざまぁw』というコメントが流れている。
俺は割れた画面のスマホを拾い上げ、カメラに向かってニッコリと笑った。
「よう、全世界の暇人ども。……俺が佐藤悟だ」
俺はキーボードを叩き、ヴィアのスマホをPCに接続した。
「人の風呂を覗くような悪趣味なチャンネルは、BAN(閉鎖)だ。ついでに、このアカウントに紐付いてる裏金の口座情報も、全額寄付しておいてやるよ」
エンターキーをッターン! 『アカウントが削除されました』の文字と共に、配信はプツリと切れた。
***
一時間後。 俺たちは気絶したヴィアを縛り上げ(氷室刑事の手錠で)、キャンピングカーに戻っていた。
「……ひどい目にあったわ」 アリスが濡れた髪を拭きながら文句を言う。 「でも、お肌はツルツルになったでしょ?」 「ま、まあね。野湯も悪くないわ」
結衣はセツナにお礼を言っている。 「セツナちゃん、かっこよかったよ!」 「……ん。でも、タオル落ちそうだった」
俺は運転席の氷室刑事に声をかけた。
「さて、このJKはどうします?」 「近くの交番の前に転がしておきましょう。『覗き魔の現行犯』というメモをつけて」 「容赦ないですね」
車が走り出す。 俺は窓の外の暗闇を見つめた。 今回の敵は「4番目」。 つまり、Original Sevenの残党は、あと数人いるということだ。
かつての仲間たちが、次々と牙を剥いてくる。 その中心にいるのは誰だ? 俺たちを集め、そして狂わせた「0番目」の影が、ちらつき始めていた。
「……行くぞ、次の場所へ」 俺たちは北を目指す。 東北の山奥、かつての研究所跡地まで、あと少しだ。




