第34話:秘湯の湯けむりと、スマホを持ったJK刺客(ハンター)
逃亡生活三日目。 東北道を北上するキャンピングカーの中は、険悪な空気に包まれていた。
「……限界よ」 後部座席で、アリスが般若のような顔で呟いた。
「もう三日もお風呂に入っていないのよ!? ありえない! 私の肌が砂漠化してしまうわ! あと髪もベタベタするし、佐藤の加齢臭もキツイし!」 「俺の匂いは関係ねぇだろ! こっちだって毎日ウェットティッシュで体拭いてるんだよ!」
俺、佐藤悟も反論するが、正直キツイ。狭い車内、男むさ苦しい匂いとカップ麺の匂いが充満している。 結衣も未羽も、心なしか元気がない。乙女たちにとって、お風呂に入れないストレスは計り知れないようだ。
「……仕方ありませんね」 ハンドルを握る氷室刑事がため息をついた。
「この近くの山奥に、地図にも載っていない『野湯』……つまり天然の露天風呂があるという噂を聞いたことがあります。そこなら、追っ手の目も届かないでしょう」 「本当!? 行く! 絶対行く!」 アリスが即答した。
***
俺たちは車を林道に隠し、獣道を三十分ほど歩いた。 硫黄の匂いが漂ってきた先に、それはあった。
岩場に囲まれた、エメラルドグリーンの天然温泉。 湯船からは、白い湯けむりがもうもうと立ち上っている。
「うわぁぁぁ! 温泉だぁ!」 結衣が歓声を上げて駆け寄る。 アリスも「悪くないロケーションね」と満足げだ。
「さあ、みんな入ろう! ……佐藤、あんたは見張りよ。こっち見たら社会的に抹殺するからね」 「はいはい。分かってますよ」
俺は温泉から少し離れた岩陰に座り、背を向けた。 背後から、キャッキャという楽しげな声と、水音が聞こえてくる。 久しぶりの開放感に、彼女たちのストレスも溶けていくようだ。
「……ふぅ」 俺はPCを開き、周囲の監視カメラやドローンの電波をチェックした。 反応なし。ここは安全なエリア(セーフゾーン)のはずだ。
――だが。 セツナだけは、湯船に浸かりながらも、耳をピクリと動かしていた。
「……マスター。鳥の声が、止まった」 「え?」
次の瞬間。
ヒュンッ! 風を切る音がして、俺の目の前の地面に何かが突き刺さった。 それは、小型のクロスボウの矢だった。しかも、先端には小型カメラが付いている。
「敵襲! 全員、湯船から出ろ! 服を着ろ!」
俺が叫ぶのと同時に、周囲の森がざわめいた。 カシャッ、カシャッ、と無数のシャッター音が響く。
「きゃあぁっ!?」 「な、なんなの!?」 湯けむりの中で、少女たちがパニックになる。
「あははは! 超ウケる! 伝説のハッカーとその一味、マッパで大パニック! これ絶対バズるわ~」
岩場の上から、場違いに明るい声が降ってきた。 見上げると、そこには一人の少女が立っていた。
制服を着崩した、今どきの女子高生(JK)。 派手なメイクに、巻き髪。片手には最新型のスマートフォンを持ち、俺たちを動画撮影している。 しかし、その腰にはゴツイ装備ベルトが巻かれ、手には複数のワイヤーが握られていた。
「……誰だ、お前」 俺が睨みつけると、JKはスマホのカメラを自分に向け、ピースサインをした。
「どうもー! 皆のアイドル、ヴィアちゃんでーす! 今日はねー、100億ドルの賞金首『Unknown』を狩りに来ちゃいました! イェイ!」
完全に配信者のノリだ。だが、その目だけは笑っていない。冷酷なハンターの目だ。
「ヴィア(Vier)……ドイツ語で『4』か。まさか、お前も」 「そ。アンタの後輩ってワケ。『Original Seven』のね」
ヴィアはペロッと舌を出した。
「アンタが抜けた後、組織も色々大変でさー。今はウチらみたいな『新世代』が主力なワケよ。……まあ、アンタみたいな『旧型』のオッサンには用はないんだけど」
彼女が指を鳴らす。 パチンッ! その瞬間、温泉の周囲に張り巡らされていた、肉眼では見えない極細のワイヤーが一斉に跳ね上がった。
「きゃっ!」 「なっ……!」
ワイヤーは結衣たちの脱ぎ捨てた服や、俺のPCが入ったバッグを空中に吊り上げた。 さらに、逃げ道を塞ぐように、地面から鋭利なスパイクが飛び出す。
「ウチの才能は『トラップ』。この山全体が、もうウチの庭(クモの巣)なの。一歩でも動いたら、ミンチになっちゃうかもよ?」
ヴィアがケラケラと笑う。 まずい。完全に包囲された。 裸同然の少女たちと、武器を封じられた俺。そして、地形を知り尽くした天才トラッパー。
「……マスター。私が行く。あの女、殺す」 タオル一枚を巻いたセツナが、殺気を剥き出しにして立ち上がる。
「待てセツナ! 下手に動くな! 罠の場所が分からない!」
俺は冷や汗を流しながら、頭をフル回転させた。 ハッキングは通じない。相手はアナログな罠(ワイヤーと火薬)を使っている。 どうする? この絶対絶命の状況を。
「さーて、狩りの時間だよぉ! みんな、高評価とチャンネル登録よろしくね~!」
山奥の秘湯で、JKの無邪気で残忍な「遊び」が始まろうとしていた。




