第32話:狭すぎる「城」と、天才たちが夢見た世界
深夜の国道を、一台のキャンピングカーがひた走る。 外見は少しゴツイだけのレジャー車両だが、その中身は最新鋭の電子機器と、世界の敵となった五人の指名手配犯(+現職刑事)が詰まっていた。
「……狭い。エコノミークラス症候群になりそうよ」
後部座席でアリスが不満を漏らす。 無理もない。本来は四人用のキャンピングカーに、六人がひしめき合っているのだ。 西園寺家の豪邸に比べれば、独房のようなものだろう。
「我慢してください。これでも防弾・防爆仕様の特注品なんです」 ハンドルを握る氷室刑事が、バックミラー越しにたしなめる。
俺、佐藤悟は助手席を陣取り、ノートPCを開きながら、後ろの少女たちに向き直った。
「さて……さっきの話の続きだ」
車内の空気が少し張り詰める。 結衣が膝を抱え、セツナが耳を澄ます。未羽はPCの手を止めた。
「『Original Seven』。それは十年前、ある国際的な研究機関によって集められた、七人の子供たちのことだ」
俺は窓の外を流れる街灯を見つめた。
「遺伝子選別と英才教育によって、特定の分野に特化した能力を持つ子供たち。……俺たちは、そこで『世界を管理するシステム』を作るための生体パーツとして育てられた」
「世界を……管理?」 未羽が眉をひそめる。
「ああ。金融、軍事、物流。あらゆるネットワークを統括するAIの『核』になるはずだったんだ。……俺のコードネームは『アイン(1)』。チームのリーダーで、全てのシステムの設計者だった」
俺は自嘲気味に笑った。
「笑えるだろ? 今の俺は、ただの怠け者のニートだ。でも当時は、本気で世界を良くできると信じてた。俺たちの技術で、貧困も戦争もなくせるって」
だが、現実は違った。 俺たちが作ったシステムは、大国が他国を支配するための兵器として利用されそうになった。 仲間の一人が、過酷な実験で壊れてしまった。
「だから……俺は逃げた」
俺は拳を握りしめた。
「プロジェクトを内部から破壊し、重要データを消去し、自分という存在を死んだことにして……日本の片隅のアパートに逃げ込んだんだ」
それが、最強のハッカー『Unknown』の誕生であり、同時に『佐藤悟』というニートの始まりだった。
「俺はもう、働きたくなかった。才能なんて呪いだと思った。だから、ひたすらダラダラして、ゲームして、社会の歯車になることを拒絶したんだ」
話し終えた俺は、俯いた。 幻滅されたかもしれない。 世界を救うヒーローなんかじゃない。ただの、責任から逃げ出した臆病者だと。
沈黙が流れた。 エンジンの振動音だけが響く。
やがて、小さな手が俺の頭に置かれた。 結衣だった。
「……頑張ったんだね、お兄ちゃん」
彼女の声は、どこまでも優しかった。
「子供なのに、いっぱい働いて、いっぱい傷ついて……。そりゃあ、疲れて休みたくもなるよ」 「結衣……」 「だから、今はニートでいいんだよ。お兄ちゃんが今まで頑張った分、私が美味しいご飯を作って、休ませてあげる」
涙が出そうになった。 この子は、どこまで俺を甘やかしてくれるんだ。
「そうね。……ま、あなたの過去がどうであれ、今のあなたは私の『ペット』よ。飼い主が責任を持つのは当然だわ」 アリスがそっぽを向きながら言う。
「ボクにとっては、サトルはサトルだよ。最強の師匠で、最高のゲーム仲間」 未羽がニカっと笑う。
「……マスターはマスター。過去はいらない。今、ここにいる」 セツナが俺の腕に頬擦りをする。
俺は鼻をすすり、天井を見上げた。 狭い車内。逃亡の旅。 だけど、ここには俺の居場所がある。
「……ありがとな、みんな」
俺はPCの画面を見た。 あの『招待状』を送ってきた『No Name』。 奴は恐らく、かつての仲間の一人だ。俺を恨んでいるのか、それとも別の目的があるのか。
「氷室さん。とりあえずの目的地は?」 「北へ向かっています。都内は監視の目が多すぎますから、東北方面へ逃げましょう。人の少ない山間部なら、追っ手も撒きやすいはずです」 「了解。……長い旅になりそうだ」
その時。 グゥゥゥ~……。 盛大な音が車内に響いた。 結衣のお腹だ。
「あ、あはは……。緊張が解けたら、お腹すいちゃった」 結衣が顔を真っ赤にする。 続いて、セツナのお腹も鳴る。ついでに俺も。
「……そうだな。まずは腹ごしらえだ」
俺は立ち上がった(頭を天井にぶつけたが)。
「この車、キッチンはあるのか?」 「簡易的なIHコンロと、冷蔵庫があります。食材は……アリスさんが買い込んだ高級食材が少しと、結衣ちゃんが持ってきたお米くらいですね」
「上等だ。……よし、今夜は『車中泊カレー』にするぞ!」
俺の号令に、車内の空気が一気に明るくなった。 逃亡犯たちの、ささやかな晩餐会が始まる。
外は冷たい雨。 けれど、この鉄の箱の中だけは、スープの温かい湯気と笑い声で満たされていた。
俺たちはまだ、負けていない。 100億ドルの首をかけた、終わりのないドライブは、まだ始まったばかりだ。




