表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/52

第31話:100億ドルの男と、世界中が敵になる夜

そのメールが届いてから、わずか十分後。  メゾン・ド・サトウ203号室は、戦場よりも酷い状況になっていた。


「エヴァ! 状況はどうなってる!」


 俺はPCに向かって怒鳴った。  額から冷や汗が滴り落ちる。指が震えてタイプミスをしそうだ。


『最悪です、マスター。ダークウェブ上の全ての闇掲示板、および裏社会の求人サイトに、貴方の顔写真と現住所が拡散されました。賞金額は100億ドル(約1兆円)。ビットコイン払い、即金です』


「1兆円だと……? 国家予算かよ!」


 1兆円。  それは、裏社会の人間全員が人生を懸けて殺しに来る金額だ。  マフィアも、殺し屋も、チンピラも、隣の住人でさえも敵になり得る。


「ねえ、佐藤。外が……おかしいわ」


 アリスが窓の隙間から外を覗き、息を呑んだ。  俺も恐る恐る近づく。


 アパートを取り囲む路地に、無数の人影があった。  スーツ姿の男たち、迷彩服の集団、改造バイクに跨った暴走族風の男たち。  人種も装備もバラバラだが、全員がギラついた目で、このボロアパートを見上げている。


「……ざっと五〇人、いや一〇〇人はいるな」


 レーザーポインターの赤い点が、部屋の壁や天井を無数に這い回っている。  まるでディスコの照明だ。ただし、当たれば死ぬ。


「お兄ちゃん……怖いよ……」  結衣がテーブルの下で耳を塞いで震えている。  セツナが獣のような低い姿勢で、結衣を庇うように立ちはだかる。


「……殺気、充満。全方位、敵だらけ」 「ボクのPCもダメ。回線がパンクしてる。世界中からアクセス攻撃が来てるわ!」  未羽が悲鳴を上げる。


 完全に包囲された。  ここはもう、俺たちの知る「平和な城」じゃない。


 パリンッ!  突然、窓ガラスが粉々に砕け散った。  何かが投げ込まれたのだ。  それは、床に転がり、シューッという音と共に白い煙を噴き出した。


「催涙ガスだ! 全員、口元を覆え!」


 俺が叫ぶのと同時に、玄関のドアがドカドカと叩かれる。


「おい佐藤ォ! 出てこい! 1兆円よこせぇぇ!」 「俺が先だ! どけオラァ!」


 外ではハンター同士の小競り合いまで始まっている。  ドアが歪む。チェーンロックが悲鳴を上げる。  この安普請のアパートが持つわけがない。


「……ちくしょう!」


 俺は決断した。  ここに留まれば、全員死ぬ。いや、俺だけならまだしも、結衣たちを巻き込むわけにはいかない。


「逃げるぞ! ここを捨てる!」 「捨てるって……どこに!?」  アリスが涙目で叫ぶ。


「どこでもいい! とにかくここから離れるんだ!」


 俺はPCのハードディスクを引き抜き、バックパックに放り込んだ。  そして、部屋を見渡した。  結衣のご飯を食べたちゃぶ台。アリスが文句を言った座布団。未羽とゲームをしたテレビ。セツナが丸まっていたソファ。  全部、置いていくしかない。


「……ごめんな、みんな。俺のせいで」


 俺は唇を噛み締めた。  謝っている時間はない。


「セツナ! ベランダ側の壁をぶち抜け!」 「……了解」


 セツナが頷き、助走をつけて壁に向かって回し蹴りを放った。  ドォォォォン!!  築四十年の薄い壁が、呆気なく崩落し、人間一人が通れる大穴が開いた。  そこは隣の空き部屋(大家のアリスが物置にしていた部屋)に繋がっている。


「裏ルートだ! そこから非常階段へ抜ける!」


 俺たちは煙の充満する部屋を飛び出した。  背後で、玄関ドアが破られ、男たちが雪崩れ込んでくる音が聞こえる。  「いないぞ!」「隣だ!」「追え!」


 非常階段を駆け下りる。  雨が降り始めていた。冷たい雨だ。


 アパートの裏手には、アリスが手配していた黒塗りのリムジンが待機していた。  だが。


 ドチュン!  乾いた音がして、リムジンのタイヤがパンクした。


「なっ……!?」


 暗闇から現れたのは、重装備の傭兵部隊だった。  退路も断たれた。


「西園寺家のお嬢様だな? 悪いが、車は使わせん」 「ターゲットの佐藤悟を引き渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」


 銃口を向けられる。  セツナが前に出ようとするが、相手は十人以上。しかも全員が手練れだ。守りきれない。


「……万事休す、か」


 俺は両手を挙げた。  1兆円の価値があるこの命。差し出せば、みんなは助かるのか?


 その時。  ブォォォォォォォォン!!!!  腹に響くような、重低音のエンジン音が路地の奥から轟いた。


 ヘッドライトの閃光が、傭兵たちを照らす。  突っ込んできたのは――巨大なキャンピングカーだった。  それもただのキャンピングカーではない。装甲板で補強され、窓には鉄格子、屋根にはパラボラアンテナを積んだ、まるで移動要塞のような車両だ。


 キキーッ!!  キャンピングカーは俺たちの目の前でドリフト停車し、スライドドアが勢いよく開いた。


「乗れェェェェッ! 早く!」


 運転席から身を乗り出して叫んだのは、包帯だらけの氷室冴子だった。


「ひ、氷室さん!?」 「公安で押収した改造車両をくすねてきました! 説明はあと! 死にたくなければ乗りなさい!」


 地獄に仏とはこのことか。  俺たちは転がるように車内へ飛び込んだ。


「全員乗ったな!? 舌噛むわよ!」


 氷室刑事がアクセルをベタ踏みする。  ズドドドドッ!  キャンピングカーは傭兵たちの包囲網を強引に突破し、雨の夜道へと走り出した。


 ***


 一時間後。  首都高速道路。


 ようやく追っ手を振り切り、車内には重苦しい沈黙が流れていた。  キャンピングカーの中は広かった。ベッドもキッチンもある。だが、揺れが酷い。


「……もう、追ってこないわね」  アリスが窓の外を確認し、ふぅと息を吐いた。


 結衣は膝を抱えて座り込んでいる。  セツナがその背中をさすっている。  未羽は青ざめた顔でスマホを握りしめている。


 俺は運転席へ行き、氷室刑事に声をかけた。


「……助かりました。でも、いいんですか? こんなことして」 「よくないに決まってるでしょう。懲戒免職どころか、私も指名手配犯の仲間入りです」


 氷室刑事は苦笑いした。


「ですが……『Original Sevenオリジナル・セブン』。その名を聞いて、見過ごすわけにはいきませんでした」 「……知っているんですか」 「公安の極秘ファイルに、都市伝説として載っています。『かつて世界を裏から操った、七人の天才児たち』。……あなた、その一人だったんですね」


 俺は黙って頷いた。  隠していても仕方がない。


 俺は居住スペースに戻り、みんなに向き直った。


「話すよ。俺の過去と、これから戦う敵の正体を」


 揺れる車内。  俺は十年前の記憶の蓋を開けた。


「俺は……『ナンバー1(アイン)』と呼ばれていた。世界中の天才児を集めて作られた、最強のハッカー集団のリーダーだったんだ」


 日常は終わった。  これからは、逃げながら戦う日々だ。  メゾン・ド・サトウはもうない。  この鉄のキャンピングカーが、俺たちの新しい家だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ