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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第30話:夏の終わり、夕陽のオレンジ、そして深淵からの招待状

楽しい時間は、どうしてこうも短く感じるのだろう。  ニートの昼寝時間は永遠に感じるのに。


 俺たちを乗せた西園寺家のクルーザーは、夕暮れに染まる東京湾を滑るように進んでいた。  水平線の向こうに、オレンジ色の太陽が沈んでいく。


「……もう、終わっちゃうんだね」


 デッキの手すりに寄りかかり、結衣が寂しそうに呟いた。  潮風が彼女の髪を揺らしている。


「ああ。だが、いい夏休みだったろ?」 「うん! 一生の思い出だよ!」


 結衣は笑顔を見せたが、その目は少し潤んでいた。  俺の隣では、遊び疲れたセツナが、俺の腕にしがみついたまま舟を漕いでいる(居眠りしている)。その手には、お土産に拾った「サメの牙」が握りしめられていた。


「……ふん。まあ、及第点ね」  アリスがサングラスを外し、遠ざかる島を一瞥した。 「来年は南の島じゃなくて、スイスの山荘にしてあげるわ。避暑地の方が、私の肌に合うもの」


「ボクは秋葉原の電気街ツアーがいいな。……あ、でも、みんなで行くならどこでもいいや」  未羽がタブレットを閉じ、照れくさそうに笑う。


 俺は彼女たちの顔を見渡した。  世話焼きの隣人。  高飛車なお嬢様。  生意気な天才。  元兵器の野生児。


 一年前の俺は、たった一人で部屋に引きこもり、モニターの光だけを見つめていた。  それが今では、こんなに騒がしくて、温かい場所にいる。


「……悪くねぇな」


 俺は誰にも聞こえない声で呟き、沈みゆく夕日に目を細めた。  夏が終わる。  だが、俺たちの日常は続いていく。


 ***


 夜八時。  メゾン・ド・サトウ、203号室。


 ガチャリ。  ドアを開けると、ムッとした熱気と、畳の匂いが俺たちを迎えた。


「ただいまー! あー、やっぱりウチが一番!」  結衣が靴を放り出してリビングへ飛び込む。  セツナも「……テリトリー、帰還」と言って、ソファの定位置に丸まった。


「ちょっと、クーラーつけなさいよ! 蒸し風呂じゃない!」  アリスが文句を言いながらも、いつもの座布団に座る。  未羽は慣れた手つきで冷蔵庫を開け、麦茶を取り出した。


 狭い。汚い。ボロい。  あの豪華なヴィラとは比べ物にならない。  けれど、ここが俺たちの「城」だ。


「……さてと」


 俺は荷物を置き、数日ぶりにPCデスクの前に座った。  電源を入れる。  ファンの回転音と共に、いつもの青い光が部屋を照らす。


『おかえりなさい、マスター。日焼けしましたね。皮が剥けるのが楽しみです』 「うるせぇよエヴァ。留守中に異常はなかったか?」


 俺はキーボードを叩き、メールボックスを開いた。  スパムメール、ゲームのアップデート通知、ピザ屋のメルマガ。  いつもの平和なログが並んでいる。


 ――はずだった。


「……ん?」


 俺の手が止まった。  受信トレイの一番上に、奇妙なメールが一通、届いていた。


 差出人:『No Name』  件名:『招待状』


 ただそれだけ。  スパムか? いや、俺のPCのフィルタをすり抜けて、メインフォルダに直行している。  並大抵の技術じゃない。


「おい、エヴァ。このメールの送信元は?」 『……解析不能アンノウン。世界中のプロキシを経由しています。発信源は、おそらく北極圏……いえ、海上? 特定できません』


 嫌な予感がした。  俺は恐る恐る、そのメールを開封した。


 画面が真っ黒になり、たった一行の文字列が浮かび上がった。


『 Hello, World. "Original Seven". 』


 ドクン。  心臓が跳ねた。


「……オリジナル、セブン……?」


 その単語を見た瞬間、俺の脳裏に封印していた記憶がフラッシュバックした。  十年前。俺がまだ「神童」と呼ばれていた頃。  世界の裏側で、ある極秘プロジェクトに参加していた時の記憶。


『――見つけたよ、サトル』


 画面から、音声合成された声が響いた。  部屋にいた全員が振り返る。


『ヨルムンガンドも、ジェネシスも、所詮は児戯ごっこあそびだ。……そろそろ、本物の戦争ゲームを始めようか』


 画面が切り替わる。  そこに映し出されたのは、世界地図。  そして、東京――つまり、このアパートを中心に描かれた、巨大な照準クロスヘア


『世界中の犯罪組織に、君の首(賞金)を提示した。金額は100億ドル。……生き残れるかな? 最強のニート君』


 プツン。  メールが消滅した。


 静寂。  エアコンの音だけが、虚しく響く。


「……なに、今の」  アリスが震える声で尋ねる。


「……100億ドル……?」  未羽が顔を青ざめる。


「マスター……殺気、感じる。たくさん……来る」  セツナが立ち上がり、窓の外を睨みつけた。


 俺は震える手でマウスを握りしめた。  冷や汗が背中を伝う。  終わった。  俺の平和な夏休みも、穏やかなニート生活も。


 過去からの亡霊が、俺を引きずり出しに来たんだ。


「……上等だ」


 俺は強がって笑った。  笑うしかなかった。


「結衣、アリス、未羽、セツナ。……悪いが、秋の行楽シーズンは中止だ」


 俺は振り返り、最強の仲間たちに宣言した。


「これより、全世界を相手にした『鬼ごっこ』を開始する!」


 窓の外。  東京の夜景のどこかで、不穏なサイレンが鳴り響き始めていた。

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