第29話:真夏の夜の怪談、そして幽霊への物理攻撃
無人島の夜は、想像以上に暗かった。 波の音だけがザザーン、ザザーンと響く中、俺たち一行はヴィラの広間に集まっていた。
照明は落とされ、テーブルの真ん中には一本のロウソク(LED製だが)が灯されている。
「……で。なんでこんな状況になってるんだ?」
俺、佐藤悟はげんなりした顔で尋ねた。 目の前には、布団を被って震える結衣と、強がっているが顔色が青いアリス。 そして、なぜか戦闘態勢をとっているセツナ。 未羽の姿だけが見当たらない。
「な、なによ佐藤。夏と言えば怪談、怪談と言えば肝試しでしょ? これは日本の伝統文化よ」 アリスが声を震わせながら主張する。
「お兄ちゃん……私、怖いよぉ……帰ろうよぉ……」 結衣が俺の腕にギュッとしがみつく。役得だが、彼女の爪が食い込んで痛い。
「……マスター。暗闇は危険。敵が潜んでいる確率、98%」 セツナが虚空を睨みつけている。お前の殺気の方が怖いよ。
事の発端は、夕食後に未羽が言い出した一言だった。 『ねえ、この島……出るらしいよ? 昔、海賊が隠した財宝を守る亡霊が』 その言葉を残して、未羽は「トイレに行く」と言って消えたきり、戻ってこない。
――典型的なフラグだ。
「キャアアアッ!」 突然、窓の外で何かが横切った影を見て、結衣が悲鳴を上げた。 「た、ただのコウモリよ! うろたえるんじゃないわよ!」 アリスが結衣にしがみつく。どっちが怖がってるんだか。
「……マスター。迎撃する?」 「待て。幽霊を殴ろうとするな」
その時。 ヒュ~……ドロドロドロ……。 どこからともなく、不気味な効果音が聞こえてきた。 そして、廊下の奥から、白い着物を着た髪の長い「何か」が、ゆらりゆらりと近づいてきた。
「で、出たぁぁぁぁッ!!」 「いやぁぁぁ! 来ないでぇぇ!」
結衣とアリスが絶叫し、俺の背後に隠れる。 俺は目を細めた。 ……あれ、足がない? いや、よく見ると浮いている?
白い幽霊は、「ウラメシヤ~……」と低い唸り声を上げながら、俺たちの目の前でピタリと止まった。
「……ふん。交渉成立ね」 アリスが震える手で、懐からブラックカードを取り出し、幽霊に突きつけた。
「い、いくら欲しいの!? 100万? 1000万? 成仏料として西園寺家が支払ってあげるわ! だから消えなさい!」 幽霊を買収しようとする小学生、初めて見た。
幽霊はカードを無視して、さらに近づいてくる。 結衣が「お兄ちゃん助けてぇ!」と泣き叫ぶ。
その瞬間。 風が動いた。
「……敵性体、排除する」
セツナだ。 彼女は床を蹴り、弾丸のように幽霊の懐へと飛び込んだ。
「セツナ、待て!」 「……死ね(もう死んでるけど)!」
セツナの右拳が、幽霊の顔面(と思われる場所)に深々と突き刺さった。
バキィィィン!! 鈍い音ではなく、硬質な金属音が響き渡った。
「……あ痛っ!」 幽霊から、聞き覚えのある少女の声が漏れた。
同時に、幽霊の体がガシャガシャと音を立てて崩れ落ち、白い布がバサリと落ちた。 中から現れたのは――最新鋭のドローンと、それを操作していたタブレット端末、そして頭にタンコブを作った宇佐美未羽だった。
「……いったぁ~……。セツナ、マジ殴りはないでしょ……」 未羽が涙目で頭を押さえている。
「……未羽?」 セツナが拳を構えたまま首を傾げる。 アリスと結衣が、恐る恐る顔を上げた。
「……なーんだ! 未羽ちゃんだったの!?」 「もう! 人騒がせな!」
ほっとした空気が流れる中、俺は呆れながら未羽に近づいた。
「3Dホログラム投影機能付きドローンか。凝ったイタズラだな」 「へへ……涼しくなったでしょ? 最新技術による『科学的怪談』だよ」
未羽が悪びれもせずに笑う。 しかし、アリスの怒りは収まらなかった。
「未羽……。私を本気で怖がらせた罪は重いわよ?」 「え、ちょ、アリス? 目が笑ってない……」 「セツナ、押さえなさい」 「……了解」
セツナが未羽の腕をガシッと掴む。 逃げられない。
「罰として、朝まで『百物語』に付き合ってもらうわ。もちろん、あなたが語り手よ」 「ええーっ!? ボク眠いんだけど!」 「却下よ!」
こうして、ヴィラの夜は更けていった。 結衣は安心して俺の膝枕で寝てしまい、アリスと未羽の不毛な怪談バトルが続き、セツナは「幽霊=ドローン」と学習して、窓の外を飛ぶカモメを警戒し続けていた。
俺は窓の外を見た。 月が綺麗だ。 ふと、未羽が言っていた「海賊の財宝」の話を思い出す。
(……まあ、本当に出たとしても、ウチには物理で除霊する巫女がいるから大丈夫か)
俺はあくびをして、結衣の髪を撫でた。 ニートの夏休みは、幽霊よりも生身の少女たちの方がよっぽど騒がしくて、手がかかる。




