第28話:灼熱のビーチと、ニートの絶対日焼け阻止領域
夏。 それは、一年の中で最もニートの生存率が下がる季節だ。
「……無理だ。俺は行かない。絶対にだ」
メゾン・ド・サトウ、203号室。 俺、佐藤悟はエアコンの設定温度を18度に固定し、カーテンを閉め切った部屋の隅で、ダンゴムシのように丸まっていた。
「外気温35度だぞ? アスファルトで目玉焼きが焼けるレベルだ。そんな焦熱地獄に出たら、俺は灰になって消滅する」
俺の必死の抵抗に対し、目の前に立つ四人の少女たちは、すでに臨戦態勢だった。
「往生際が悪いよ、お兄ちゃん! せっかくの夏休みなのに!」 麦わら帽子を被った結衣が、浮き輪を抱えて頬を膨らませる。
「そうよ。この私がわざわざ、プライベートビーチの手配をしたのよ? ヘリも飛ばすわ」 アリスがサングラスをずらして睨む。
「……サトル。ボクだってPCを置いて行くんだから、覚悟決めて」 未羽はUVカット率99%の完全防備パーカーを着込んでいる。
「マスター。海……行きたい。魚、捕る」 セツナが虫取り網(なぜか金属製)を構えて目を輝かせている。
四対一。 民主主義の原理により、俺の敗北は決定していた。
「……分かったよ。行くよ、行けばいいんだろ!」 俺は泣く泣く、数年ぶりに日光の下へと引きずり出された。
***
一時間後。 俺たちが降り立ったのは、伊豆諸島のとある無人島だった。 西園寺グループが所有する、地図にも載っていないプライベートリゾートだ。
真っ白な砂浜。エメラルドグリーンの海。 そして、誰もいない静寂。
「うわぁぁぁ! 海だーっ!」
結衣が歓声を上げて駆け出す。 俺はパラソルの下に避難し、即座にTシャツの上からパーカーを羽織った。
「……よし。ここを本陣とする。俺は一歩も動かんぞ」 「はいはい。じゃあ私たち、着替えてくるね!」
少女たちがヴィラ(宿泊施設)へと消えていく。 数分後。 そこには、ニートの心臓に悪い光景が広がっていた。
「お兄ちゃん、見て見て! 新しい水着!」
結衣は、ピンクのフリルがついた可愛らしいワンピースタイプ。 天使か。眩しすぎて直視できない。
「ふふん。どう? パリの新作よ」 アリスは、黒を基調とした大人びたビキニ。パレオを巻いて優雅さを演出している。小学生とは思えないオーラだ。
「……ジロジロ見ないで。減るもんじゃないけど」 未羽は、スクール水着……の上に、長袖のラッシュガードと短パン。肌の露出はゼロだ。さすが合理的。
そして。
「……マスター。これ、動きやすい」
セツナは、スポーティなセパレートタイプの水着だった。 健康的なお腹や、白くしなやかな手足が露わになっている。 首元のチョーカーが、妙な色気を醸し出していた。
「……お前ら、誘拐されないように気をつけろよ」 「ここは無人島よ。いるのはカモメと、冴えない下僕だけ」
アリスが鼻で笑い、海へと向かった。
***
海での過ごし方は、四者四様だった。
結衣は波打ち際でキャッキャと水を掛け合い、アリスは優雅にフローティングマットで漂っている。未羽は砂浜で、砂の城(という名の要塞)を建築学的に設計していた。
問題は、野生児セツナだ。
「……敵、発見」
セツナは海に入った瞬間、四つん這いになった。 そして、押し寄せる波に向かって、 バシャッ! シュッ! と、高速の正拳突きを繰り出し始めた。
「波を殴るな! 海と喧嘩してどうする!」 「……海、強い。倒せない」 「自然災害みたいなもんだからな!」
さらにセツナは、水中へ潜ったかと思うと、数秒後にザバァ! と飛び出してきた。 その口には、ピチピチと跳ねる大きな鯛がくわえられていた。
「……獲った」 「ワイルドすぎるだろ! モリも使わずに!?」
セツナは「マスター、あげる」と、活きのいい鯛を俺の膝の上に置いた。 ヌルヌルする。
「……佐藤。背中にサンオイルを塗りなさい」 今度はアリスがマットから呼びつける。 女王様の命令だ。逆らえない。
俺が渋々アリスの背中にオイルを塗ろうとすると、背後から殺気が飛んできた。
「……ムッ」 セツナが鯛を放り出して駆け寄ってきた。 「私が塗る。マスターの手は汚れる」 「ちょっと! あんたの魚臭い手で触らないでよ!」 「……サトルお兄ちゃん、鼻の下伸びてるよ?」 結衣がジト目で睨む。 「ボクも塗ってあげる。日焼け止め(SPF50+)を、厚さ5ミリでコーティングしてあげるわ」 「それもう塗装だろ!」
結局、俺は全員の世話係として、ビーチを走り回る羽目になった。 汗だくだ。 引きこもりにはハードワークすぎる。
***
夕暮れ時。 遊び疲れた少女たちは、ヴィラのテラスでバーベキューを楽しんでいた。 メインディッシュは、アリスが用意した高級肉と、セツナが素潜りで乱獲した魚介類だ。
「んー! お外で食べると美味しいね!」 結衣が焼きとうもろこしを頬張る。 セツナは骨付き肉をワイルドにかじっている。
俺は少し離れたデッキチェアで、夕日が水平線に沈むのを眺めていた。 心地よい風が吹いている。 不思議だ。あれだけ嫌だった外出なのに、今は悪くない気分だ。
「……何、黄昏れてんのよ」 アリスがトロピカルジュースを持って隣に来た。
「いや、平和だなと思ってな。一ヶ月前は、ここでテロリストと戦うなんて想像もしてなかった」 「そうね。……でも、退屈しなくていいでしょ?」 「ああ。おかげさまで過労死しそうだ」
俺たちは笑い合った。
その時。 ズドォォォォン!! 海の方から、凄まじい水柱が上がった。
「な、なんだ!?」 「敵襲!?」
俺たちが立ち上がると、波打ち際に未羽が立っていた。 彼女の前にある砂の城が、爆発四散している。
「……あ、ごめん。火薬の調合間違えた」 「砂遊びに火薬を使うな!」 「強固な要塞を作ろうとしたら、対艦ミサイルが必要かと思って」 「思考が物騒すぎる!」
どうやら、俺の安息の地はどこにもないらしい。 騒がしい少女たちの声が、夜の海に響き渡る。
この夏休みは、まだまだ長そうだ。 俺はため息をつきつつ、焼きあがったサザエを手に取った。 ……まあ、悪くない味だ。




