第27話:さよなら兵器、こんにちは転校生
研究所の崩壊から三日後。 メゾン・ド・サトウ、203号室。
狭いリビングには、西園寺家が手配した最先端の医療機器と、白衣を着た専属医師たちがひしめき合っていた。
「……投与完了。バイタル、安定しています」
医師が安堵の息を漏らす。 ベッドに横たわるセツナの腕から、点滴の管が抜かれた。
「成功ね。これで彼女の脳内リミッターは正常化されたわ」 アリスが腕を組み、満足げに頷く。
未羽がPCの画面を確認しながら補足する。 「遺伝子データのバグ修正パッチ(治療薬)も完璧に馴染んでる。もう『精神崩壊』の心配はないわ。……寿命も、人並みになったはずよ」
俺、佐藤悟は、ベッドの脇でセツナの顔を覗き込んだ。 彼女はゆっくりと目を開けた。 そのオッドアイから、以前のような張り詰めた殺気や、怯えの色が消えている。
「……マスター」 「気分はどうだ?」 「……軽い。頭の中のノイズが消えた」
セツナは体を起こし、自分の掌を見つめた。 首筋のバーコードは消えていない。だが、それはもう死へのカウントダウンではなく、ただの古傷になった。
「よかったぁ……!」 結衣が泣き出し、セツナに抱きついた。 セツナは一瞬驚いた顔をしたが、ぎこちない手つきで結衣の背中をポンポンと叩いた。
「……結衣、泣かないで。水分がもったいない」 「ううぅ、だってぇ……!」
その光景を見ながら、俺は肩の荷が下りるのを感じた。 これで一件落着だ。 だが、セツナにはまだ「次」の問題があった。
「……マスター」 セツナが真剣な顔で俺を見た。
「私は治った。……次の任務は?」 「ん?」 「私は兵器。戦うために作られた。……敵は誰? 誰を殺せばいい?」
部屋の空気が静まり返った。 彼女の中ではまだ、「兵器としての自分」がアイデンティティの全てなのだ。 命令がなければ動けない。生きる意味が見いだせない。
俺はため息をつき、セツナの頭をガシガシと撫でた。
「あのな、セツナ。お前はもう兵器じゃない。リストラだ」 「……リストラ?」 「ああ。俺の部屋には、物騒な兵器はいらない。必要なのは……」
俺は少し考えて、ニヤリと笑った。
「一緒にゲームをして、飯を食って、くだらないことで笑える『家族』だけだ」
セツナが目を丸くする。 「家族……?」
「そうだ。だから任務はない。これからは、お前がやりたいことを自分で決めろ」 「……自分で?」
セツナは困惑し、視線を彷徨わせた。 結衣、アリス、未羽を見る。 そして、窓の外を行き交う、ランドセルを背負った子供たちを見た。
「……私、あそこに行きたい」 セツナが指差したのは、近所の小学校だった。
「結衣たちが毎日行く場所。……みんなと一緒の場所」
その言葉に、アリスがパチンと指を鳴らした。
「決まりね。学校に行きましょう」 「えっ、でも戸籍とかどうするの? 手続き大変だよ?」 結衣が心配するが、アリスは不敵に笑う。
「西園寺家の法務部を舐めないでちょうだい。戸籍の偽造……いえ、新規作成くらい朝飯前よ」 「ボクも手伝う。教育委員会のデータベースにハッキングして、転入データをねじ込むわ」 「お前ら、サラッと犯罪スレスレのことを……」
俺がツッコむ間もなく、話はまとまった。 セツナの新しい任務は「小学生になること」に決定した。
***
一週間後。 聖オメガ小学校、4年1組の教室。
「今日から新しいお友達が増えます。入ってきてください」
担任の佐々木先生(家庭訪問で俺を尋問した人だ)の声に合わせて、ドアが開いた。 教室に入ってきたのは、真新しい制服に身を包んだ銀髪の少女。 その愛くるしい姿に、クラス中がどよめいた。
「うわ、すげー可愛い!」 「外人さんかな? 髪の色きれい!」
セツナは黒板の前に立つと、無表情でチョークをへし折りそうなくらい強く握り、名前を書いた。 『佐藤 セツナ』。 (※戸籍上、俺の遠い親戚の養子という設定になった)
「……佐藤セツナ。好きなものはマスター(サトル)。得意技は関節技。……よろしく」
シーン……。 教室が凍りついた。 先生が引きつった笑顔でフォローに入る。
「あ、あはは、ユニークな自己紹介ですね! えっと、席は……佐倉さんの隣ね」
セツナはトコトコと歩き、結衣の隣の席に座った。 そして、後ろの席のアリスと、斜め後ろの未羽に向かって、小さくピースサインをした。
休み時間。 セツナの周りには、あっという間に人だかりができた。
「ねえねえ、どこから来たの?」 「その髪、地毛?」
質問攻めに遭うセツナ。 彼女は助けを求めるように結衣を見た。 結衣は優しく微笑んで、セツナの手を握った。
「大丈夫だよ、セツナちゃん。みんなお友達になりたいだけだから」 「……お友達」
セツナは恐る恐る、隣の男子生徒に手を伸ばした。 そして――
ガシッ。 男子の手首を掴み、関節の可動域を確認するように曲げ始めた。
「いたたたた! なにすんの!?」 「……骨格、脆弱。カルシウム不足」 「セツナちゃん! 挨拶代わりに関節技かけちゃダメ!」
教室に笑い声が響く。 アリスが「やれやれ、手のかかる子がまた増えたわね」と紅茶をすすり、未羽が「観察対象としては面白いけど」とタブレットを向ける。
***
その日の放課後。 俺はアパートのベランダから、通学路を歩いてくる四人の少女たちを眺めていた。
ランドセルを背負ったセツナが、何かを見つけて走り出す。 野良猫だ。 彼女は猫と並んで四つん這いになり、会話(?)をしている。 結衣が慌てて追いかけ、アリスが呆れ、未羽が笑っている。
「……平和だなぁ」
俺は缶コーヒーを開けた。 つい先日まで、命のやり取りをしていたとは思えない光景だ。 元・生体兵器の少女は今、ただの「ちょっと変わった転校生」として、世界に溶け込もうとしている。
だが、俺は知っている。 彼女の背負った運命は、そう簡単には消えないことを。 あのハンターや、その背後の組織は、まだ諦めていないだろう。
「ま、何かあったらまた守ればいいか」
俺は飲み干した空き缶をゴミ箱に投げ入れた。 美しい放物線を描いて、缶は吸い込まれる。
下から声が聞こえた。
「マスター! ただいま!」
セツナが俺に気づき、大きく手を振っている。 その顔には、これまでで一番人間らしい、満面の笑みが浮かんでいた。
「おう、おかえり」
俺は手を振り返した。 今日の夕飯は、セツナのリクエストでハンバーグだそうだ。 また肉争奪戦が始まるな。
俺のニート生活は、ますます賑やかに、そして騒がしく続いていく。




