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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第27話:さよなら兵器、こんにちは転校生

研究所の崩壊から三日後。  メゾン・ド・サトウ、203号室。


 狭いリビングには、西園寺家が手配した最先端の医療機器と、白衣を着た専属医師たちがひしめき合っていた。


「……投与完了。バイタル、安定しています」


 医師が安堵の息を漏らす。  ベッドに横たわるセツナの腕から、点滴の管が抜かれた。


「成功ね。これで彼女の脳内リミッターは正常化されたわ」  アリスが腕を組み、満足げに頷く。


 未羽がPCの画面を確認しながら補足する。  「遺伝子データのバグ修正パッチ(治療薬)も完璧に馴染んでる。もう『精神崩壊』の心配はないわ。……寿命も、人並みになったはずよ」


 俺、佐藤悟は、ベッドの脇でセツナの顔を覗き込んだ。  彼女はゆっくりと目を開けた。  そのオッドアイから、以前のような張り詰めた殺気や、怯えの色が消えている。


「……マスター」 「気分はどうだ?」 「……軽い。頭の中のノイズが消えた」


 セツナは体を起こし、自分の掌を見つめた。  首筋のバーコードは消えていない。だが、それはもう死へのカウントダウンではなく、ただの古傷になった。


「よかったぁ……!」  結衣が泣き出し、セツナに抱きついた。  セツナは一瞬驚いた顔をしたが、ぎこちない手つきで結衣の背中をポンポンと叩いた。


「……結衣、泣かないで。水分がもったいない」 「ううぅ、だってぇ……!」


 その光景を見ながら、俺は肩の荷が下りるのを感じた。  これで一件落着だ。  だが、セツナにはまだ「次」の問題があった。


「……マスター」  セツナが真剣な顔で俺を見た。


「私は治った。……次の任務ミッションは?」 「ん?」 「私は兵器。戦うために作られた。……敵は誰? 誰を殺せばいい?」


 部屋の空気が静まり返った。  彼女の中ではまだ、「兵器としての自分」がアイデンティティの全てなのだ。  命令がなければ動けない。生きる意味が見いだせない。


 俺はため息をつき、セツナの頭をガシガシと撫でた。


「あのな、セツナ。お前はもう兵器じゃない。リストラだ」 「……リストラ?」 「ああ。俺の部屋には、物騒な兵器はいらない。必要なのは……」


 俺は少し考えて、ニヤリと笑った。


「一緒にゲームをして、飯を食って、くだらないことで笑える『家族』だけだ」


 セツナが目を丸くする。  「家族……?」


「そうだ。だから任務はない。これからは、お前がやりたいことを自分で決めろ」 「……自分で?」


 セツナは困惑し、視線を彷徨わせた。  結衣、アリス、未羽を見る。  そして、窓の外を行き交う、ランドセルを背負った子供たちを見た。


「……私、あそこに行きたい」  セツナが指差したのは、近所の小学校だった。


「結衣たちが毎日行く場所。……みんなと一緒の場所」


 その言葉に、アリスがパチンと指を鳴らした。


「決まりね。学校に行きましょう」 「えっ、でも戸籍とかどうするの? 手続き大変だよ?」  結衣が心配するが、アリスは不敵に笑う。


「西園寺家の法務部を舐めないでちょうだい。戸籍の偽造……いえ、新規作成くらい朝飯前よ」 「ボクも手伝う。教育委員会のデータベースにハッキングして、転入データをねじ込むわ」 「お前ら、サラッと犯罪スレスレのことを……」


 俺がツッコむ間もなく、話はまとまった。  セツナの新しい任務は「小学生になること」に決定した。


 ***


 一週間後。  聖オメガ小学校、4年1組の教室。


「今日から新しいお友達が増えます。入ってきてください」


 担任の佐々木先生(家庭訪問で俺を尋問した人だ)の声に合わせて、ドアが開いた。  教室に入ってきたのは、真新しい制服に身を包んだ銀髪の少女。  その愛くるしい姿に、クラス中がどよめいた。


「うわ、すげー可愛い!」 「外人さんかな? 髪の色きれい!」


 セツナは黒板の前に立つと、無表情でチョークをへし折りそうなくらい強く握り、名前を書いた。  『佐藤 セツナ』。  (※戸籍上、俺の遠い親戚の養子という設定になった)


「……佐藤セツナ。好きなものはマスター(サトル)。得意技は関節技。……よろしく」


 シーン……。  教室が凍りついた。  先生が引きつった笑顔でフォローに入る。


「あ、あはは、ユニークな自己紹介ですね! えっと、席は……佐倉さんの隣ね」


 セツナはトコトコと歩き、結衣の隣の席に座った。  そして、後ろの席のアリスと、斜め後ろの未羽に向かって、小さくピースサインをした。


 休み時間。  セツナの周りには、あっという間に人だかりができた。


「ねえねえ、どこから来たの?」 「その髪、地毛?」


 質問攻めに遭うセツナ。  彼女は助けを求めるように結衣を見た。  結衣は優しく微笑んで、セツナの手を握った。


「大丈夫だよ、セツナちゃん。みんなお友達になりたいだけだから」 「……お友達」


 セツナは恐る恐る、隣の男子生徒に手を伸ばした。  そして――


 ガシッ。  男子の手首を掴み、関節の可動域を確認するように曲げ始めた。


「いたたたた! なにすんの!?」 「……骨格、脆弱。カルシウム不足」 「セツナちゃん! 挨拶代わりに関節技かけちゃダメ!」


 教室に笑い声が響く。  アリスが「やれやれ、手のかかる子がまた増えたわね」と紅茶をすすり、未羽が「観察対象としては面白いけど」とタブレットを向ける。


 ***


 その日の放課後。  俺はアパートのベランダから、通学路を歩いてくる四人の少女たちを眺めていた。


 ランドセルを背負ったセツナが、何かを見つけて走り出す。  野良猫だ。  彼女は猫と並んで四つん這いになり、会話(?)をしている。  結衣が慌てて追いかけ、アリスが呆れ、未羽が笑っている。


「……平和だなぁ」


 俺は缶コーヒーを開けた。  つい先日まで、命のやり取りをしていたとは思えない光景だ。  元・生体兵器の少女は今、ただの「ちょっと変わった転校生」として、世界に溶け込もうとしている。


 だが、俺は知っている。  彼女の背負った運命は、そう簡単には消えないことを。  あのハンターや、その背後の組織は、まだ諦めていないだろう。


「ま、何かあったらまた守ればいいか」


 俺は飲み干した空き缶をゴミ箱に投げ入れた。  美しい放物線を描いて、缶は吸い込まれる。


 下から声が聞こえた。


「マスター! ただいま!」


 セツナが俺に気づき、大きく手を振っている。  その顔には、これまでで一番人間らしい、満面の笑みが浮かんでいた。


「おう、おかえり」


 俺は手を振り返した。  今日の夕飯は、セツナのリクエストでハンバーグだそうだ。  また肉争奪戦が始まるな。


 俺のニート生活は、ますます賑やかに、そして騒がしく続いていく。

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