第26話:アップデートなき機体に未来なし。ニート流・強制OS更新
ドォォォォン!! 轟音と共に、セツナの体がサーバーラックに叩きつけられた。 火花が散り、鉄板がひしゃげる。
「ぐっ……ぅ……!」 セツナが苦悶の声を漏らし、床に膝をつく。 その体は傷だらけだ。口元から鮮血が流れている。
対する『TYPE-Ω(オメガ)』は、無傷だった。 右腕に装着された機械式のパイルバンカーが、蒸気を噴き出して排熱している。
「……遅いな、No.007」 灰色のコートの男――ハンターが、冷ややかな視線を向ける。
「感情、痛み、恐怖。それらが君の演算処理を遅らせている。Ωを見たまえ。純粋な殺戮プログラムだ。迷いがない」
Ωが機械的な駆動音と共に歩み寄る。 その瞳には、セツナへの敵意すらない。ただ「障害物を排除する」というタスクだけが存在している。
「……くそっ、なんてデタラメな性能だ!」
俺、佐藤悟はメインコンソールの陰でキーボードを叩き続けていた。 未羽と連携してファイアウォールを突破し、薬のレシピ(製造データ)は確保した。 だが、このままではここから生きて出られない。
「マスター……逃げて……」 セツナがふらつきながら立ち上がる。 ボロボロの体。それでも彼女は、俺と敵の間に立ちはだかる。
「私が……止める。相打ちなら……できる」 「馬鹿野郎! 誰が死んでいいって許可した!」
俺は叫んだ。 セツナがビクリと肩を震わせる。
「いいかセツナ。俺は強欲なニートだ。薬も、お前の命も、今日の夕飯も、全部持って帰る! 諦めんじゃねぇ!」
俺は画面を切り替えた。 狙いはサーバーではない。 目の前で暴れているバケモノ――『TYPE-Ω』の制御システムだ。
「未羽! 聞こえるか! 敵のサイボーグの通信プロトコルを解析しろ!」 『やってるわよ! でも暗号化がエグい! 外部からの操作は弾かれる!』 「弾かれるなら、無理やりねじ込め! 俺が奴の視覚センサーに『目隠し』をする!」
Ωがパイルバンカーを構え、セツナに突進した。 速い。ジェットエンジンのような加速だ。 セツナは反応しきれていない。
――今だッ!
俺はエンターキーを拳で叩いた。
「食らえ! 視界ジャック攻撃!」
その瞬間。 突進していたΩの動きが、ガクンと止まった。 Ωの視覚センサー(モニター)の全域に、俺が送り込んだ大量のポップアップウィンドウ――『激安! 怪しいダイエットサプリ広告』や『クリックして100万円ゲット!』というウザい広告――が埋め尽くされたのだ。
「……!?」 Ωが空中でバランスを崩す。 視界を奪われたサイボーグは、ただの鉄塊だ。
「セツナ! 右だ! がら空きだぞ!」 「……うん!」
セツナが反応した。 彼女はΩの懐に潜り込むと、渾身の力を込めてアッパーカットを放った。
ガシャァァァン!! Ωの顎部装甲が砕け散り、巨体が天井まで吹き飛ばされた。
「なっ……! Ωの制御系に侵入しただと!?」 ハンターが初めて狼狽の声を上げた。 彼は懐から端末を取り出し、再起動をかけようとする。
「させるかよ。……おい、おっさん。お前の自慢の『最新型』だがな」
俺は不敵に笑い、指を突きつけた。
「セキュリティパッチが当たってねぇぞ。俺みたいなロートルハッカーに穴を突かれるようじゃ、まだまだ『未完成』だ!」
ドサッ。 天井から落下してきたΩは、火花を散らしてピクリとも動かなくなった。 俺が中枢回路に『強制シャットダウン』のコマンドを流し込んだからだ。
「……勝った」 セツナが荒い息を吐き、俺の方を振り向いた。 その顔に、安堵の笑みが浮かぶ。
「マスター……私……勝った……」
だが。 悪夢は終わっていなかった。
「……ふん。なるほど、面白い」
ハンターは、壊れたΩを一瞥し、パチパチと乾いた拍手をした。
「まさか、外部から直接ハッキングしてくるとはね。君の腕前は評価しよう、佐藤悟」
彼は懐から、赤いスイッチのようなものを取り出した。
「だが、ここで終わりだ。……証拠隠滅の時間だよ」
彼がスイッチを押した瞬間。 ウゥゥゥゥゥ――ッ!! 施設全体に、不気味なサイレン音が鳴り響いた。 赤い回転灯が激しく明滅する。
『警告。自爆シーケンスが起動しました。施設崩壊まで、あと300秒。全職員は直ちに退避してください』
「自爆だと!?」 「レシピはくれてやるよ。どうせバックアップはある。だが、君たちはここで灰になってもらう」
ハンターは床の隠しハッチを開き、脱出シューターへと足をかけた。
「さらばだ、No.007。……地獄で会おう」 言い残し、彼は闇の中へ消えていった。
「待てッ!」 俺が駆け寄るが、ハッチは電子ロックされ、二度と開かない。
「……ちくしょう! 逃げられたか!」
だが、悔やんでいる時間はない。 足元がグラグラと揺れ始めている。あちこちで爆発音が聞こえる。
「マスター、急いで! 出口が塞がれる!」 セツナが俺の手を引く。
「ああ! レシピは取った! あとは逃げるだけだ!」
俺たちはサーバールームを飛び出した。 だが、通路はすでに火の海だった。 防火シャッターが次々と降りてくる。
『サトル! 聞こえる!? 正面ルートはダメ! 崩落してる!』 イヤホンから未羽の悲鳴に近い声が響く。
「じゃあどこを通ればいいんだ!」 『地下搬入路よ! そこならまだ生きてる! ……でも、急いで! あと三分でそこの隔壁も閉じるわ!』
三分。 俺の貧弱な足では、全力疾走してもギリギリだ。 しかも、ここは地下三階。
「……走るぞ、セツナ!」 「マスター、私の背中に乗って!」 「バカ言え! 怪我人が重荷を背負えるか!」
俺はセツナの手を強く握りしめた。
「俺が引っ張る! ……今日の俺はな、火事場の馬鹿力モードなんだよ!」
俺たちは炎の回廊を駆け抜けた。 爆風が背中を押す。熱気が肺を焼く。 ニートの運動不足な足が悲鳴を上げ、乳酸が溜まって鉛のようになる。 それでも、俺は足を止めなかった。
この先に、結衣の作ったおにぎりが待っている。 アリスの紅茶が待っている。 未羽のゲームが待っている。 そして――セツナの「明日」が待っている。
「うおおおおおおおッ!!」
俺は雄叫びを上げ、閉まりかけた隔壁の隙間へと滑り込んだ。
ドォォォォォォン……! 背後で巨大な爆発音が響き、研究所は瓦礫の山となって崩れ落ちた。
***
夜明け前。 湾岸倉庫街の一角で、四人の少女と一人の男が、煤だらけになって座り込んでいた。
「……死ぬかと、思った……」 俺は大の字になって夜空を見上げた。 隣にはセツナがいる。彼女もボロボロだが、その胸にはしっかりと、薬のレシピが入ったUSBメモリが抱かれている。
「マスター。……ありがとう」 セツナが俺の頬にキスをした。 不意打ちだった。
「ず、ずるい!」 「私だってしたことないのに!」 「抜け駆け禁止!」
待機していた結衣、アリス、未羽が騒ぎ出す。 アリスのリムジンが無事だったのが救いだ。
「……帰ろうか」 俺は体を起こした。
「腹減ったな。……結衣、おにぎり」 「うん! あるよ! ちょっと潰れちゃったけど」
結衣が差し出した、いびつな形のおにぎり。 俺とセツナはそれを半分こして頬張った。 煤と涙の味がしたが、世界で一番美味かった。
こうして、セツナの「賞味期限」は消滅した。 彼女はもう、兵器じゃない。 ただの、少し野性味あふれる、俺の大切な家族の一員だ。
だが、あの灰色の男――ハンターは生きている。 奴との決着は、またいつかつけなきゃいけないだろう。 でも、今はいい。 今はただ、この騒がしくて温かい日常に、泥のように眠りたかった。




