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住所不定無職、佐藤悟(28)。実は世界を救う伝説のハッカーですが、隣の女子小学生(10)に餌付けされて生きてます  作者: RIU


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第26話:アップデートなき機体に未来なし。ニート流・強制OS更新

ドォォォォン!!  轟音と共に、セツナの体がサーバーラックに叩きつけられた。  火花が散り、鉄板がひしゃげる。


「ぐっ……ぅ……!」  セツナが苦悶の声を漏らし、床に膝をつく。  その体は傷だらけだ。口元から鮮血が流れている。


 対する『TYPE-Ω(オメガ)』は、無傷だった。  右腕に装着された機械式のパイルバンカーが、蒸気を噴き出して排熱している。


「……遅いな、No.007」  灰色のコートの男――ハンターが、冷ややかな視線を向ける。


「感情、痛み、恐怖。それらが君の演算処理を遅らせている。Ωを見たまえ。純粋な殺戮プログラムだ。迷いがない」


 Ωが機械的な駆動音と共に歩み寄る。  その瞳には、セツナへの敵意すらない。ただ「障害物を排除する」というタスクだけが存在している。


「……くそっ、なんてデタラメな性能だ!」


 俺、佐藤悟はメインコンソールの陰でキーボードを叩き続けていた。  未羽と連携してファイアウォールを突破し、薬のレシピ(製造データ)は確保した。  だが、このままではここから生きて出られない。


「マスター……逃げて……」  セツナがふらつきながら立ち上がる。  ボロボロの体。それでも彼女は、俺と敵の間に立ちはだかる。


「私が……止める。相打ちなら……できる」 「馬鹿野郎! 誰が死んでいいって許可した!」


 俺は叫んだ。  セツナがビクリと肩を震わせる。


「いいかセツナ。俺は強欲なニートだ。薬も、お前の命も、今日の夕飯も、全部持って帰る! 諦めんじゃねぇ!」


 俺は画面を切り替えた。  狙いはサーバーではない。  目の前で暴れているバケモノ――『TYPE-Ω』の制御システムだ。


「未羽! 聞こえるか! 敵のサイボーグの通信プロトコルを解析しろ!」 『やってるわよ! でも暗号化がエグい! 外部からの操作は弾かれる!』 「弾かれるなら、無理やりねじ込め! 俺が奴の視覚センサーに『目隠し』をする!」


 Ωがパイルバンカーを構え、セツナに突進した。  速い。ジェットエンジンのような加速だ。  セツナは反応しきれていない。


 ――今だッ!


 俺はエンターキーを拳で叩いた。


「食らえ! 視界ジャック攻撃スパム・ボミング!」


 その瞬間。  突進していたΩの動きが、ガクンと止まった。  Ωの視覚センサー(モニター)の全域に、俺が送り込んだ大量のポップアップウィンドウ――『激安! 怪しいダイエットサプリ広告』や『クリックして100万円ゲット!』というウザい広告――が埋め尽くされたのだ。


「……!?」  Ωが空中でバランスを崩す。  視界を奪われたサイボーグは、ただの鉄塊だ。


「セツナ! 右だ! がら空きだぞ!」 「……うん!」


 セツナが反応した。  彼女はΩの懐に潜り込むと、渾身の力を込めてアッパーカットを放った。


 ガシャァァァン!!  Ωの顎部装甲が砕け散り、巨体が天井まで吹き飛ばされた。


「なっ……! Ωの制御系に侵入しただと!?」  ハンターが初めて狼狽ろうばいの声を上げた。  彼は懐から端末を取り出し、再起動をかけようとする。


「させるかよ。……おい、おっさん。お前の自慢の『最新型』だがな」


 俺は不敵に笑い、指を突きつけた。


「セキュリティパッチが当たってねぇぞ。俺みたいなロートルハッカーに穴を突かれるようじゃ、まだまだ『未完成』だ!」


 ドサッ。  天井から落下してきたΩは、火花を散らしてピクリとも動かなくなった。  俺が中枢回路に『強制シャットダウン』のコマンドを流し込んだからだ。


「……勝った」  セツナが荒い息を吐き、俺の方を振り向いた。  その顔に、安堵の笑みが浮かぶ。


「マスター……私……勝った……」


 だが。  悪夢は終わっていなかった。


「……ふん。なるほど、面白い」


 ハンターは、壊れたΩを一瞥いちべつし、パチパチと乾いた拍手をした。


「まさか、外部から直接ハッキングしてくるとはね。君の腕前は評価しよう、佐藤悟」


 彼は懐から、赤いスイッチのようなものを取り出した。


「だが、ここで終わりだ。……証拠隠滅クリーンアップの時間だよ」


 彼がスイッチを押した瞬間。  ウゥゥゥゥゥ――ッ!!  施設全体に、不気味なサイレン音が鳴り響いた。  赤い回転灯が激しく明滅する。


『警告。自爆シーケンスが起動しました。施設崩壊まで、あと300秒。全職員は直ちに退避してください』


「自爆だと!?」 「レシピはくれてやるよ。どうせバックアップはある。だが、君たちはここで灰になってもらう」


 ハンターは床の隠しハッチを開き、脱出シューターへと足をかけた。


「さらばだ、No.007。……地獄で会おう」  言い残し、彼は闇の中へ消えていった。


「待てッ!」  俺が駆け寄るが、ハッチは電子ロックされ、二度と開かない。


「……ちくしょう! 逃げられたか!」


 だが、悔やんでいる時間はない。  足元がグラグラと揺れ始めている。あちこちで爆発音が聞こえる。


「マスター、急いで! 出口が塞がれる!」  セツナが俺の手を引く。


「ああ! レシピは取った! あとは逃げるだけだ!」


 俺たちはサーバールームを飛び出した。  だが、通路はすでに火の海だった。  防火シャッターが次々と降りてくる。


『サトル! 聞こえる!? 正面ルートはダメ! 崩落してる!』  イヤホンから未羽の悲鳴に近い声が響く。


「じゃあどこを通ればいいんだ!」 『地下搬入路よ! そこならまだ生きてる! ……でも、急いで! あと三分でそこの隔壁も閉じるわ!』


 三分。  俺の貧弱な足では、全力疾走してもギリギリだ。  しかも、ここは地下三階。


「……走るぞ、セツナ!」 「マスター、私の背中に乗って!」 「バカ言え! 怪我人が重荷を背負えるか!」


 俺はセツナの手を強く握りしめた。


「俺が引っ張る! ……今日の俺はな、火事場の馬鹿力モードなんだよ!」


 俺たちは炎の回廊を駆け抜けた。  爆風が背中を押す。熱気が肺を焼く。  ニートの運動不足な足が悲鳴を上げ、乳酸が溜まって鉛のようになる。  それでも、俺は足を止めなかった。


 この先に、結衣の作ったおにぎりが待っている。  アリスの紅茶が待っている。  未羽のゲームが待っている。  そして――セツナの「明日」が待っている。


「うおおおおおおおッ!!」


 俺は雄叫びを上げ、閉まりかけた隔壁の隙間へと滑り込んだ。


 ドォォォォォォン……!  背後で巨大な爆発音が響き、研究所は瓦礫の山となって崩れ落ちた。


 ***


 夜明け前。  湾岸倉庫街の一角で、四人の少女と一人の男が、すすだらけになって座り込んでいた。


「……死ぬかと、思った……」  俺は大の字になって夜空を見上げた。  隣にはセツナがいる。彼女もボロボロだが、その胸にはしっかりと、薬のレシピが入ったUSBメモリが抱かれている。


「マスター。……ありがとう」  セツナが俺の頬にキスをした。  不意打ちだった。


「ず、ずるい!」 「私だってしたことないのに!」 「抜け駆け禁止!」


 待機していた結衣、アリス、未羽が騒ぎ出す。  アリスのリムジンが無事だったのが救いだ。


「……帰ろうか」  俺は体を起こした。


「腹減ったな。……結衣、おにぎり」 「うん! あるよ! ちょっと潰れちゃったけど」


 結衣が差し出した、いびつな形のおにぎり。  俺とセツナはそれを半分こして頬張った。  煤と涙の味がしたが、世界で一番美味かった。


 こうして、セツナの「賞味期限」は消滅した。  彼女はもう、兵器じゃない。  ただの、少し野性味あふれる、俺の大切な家族の一員だ。


 だが、あの灰色の男――ハンターは生きている。  奴との決着は、またいつかつけなきゃいけないだろう。  でも、今はいい。  今はただ、この騒がしくて温かい日常に、泥のように眠りたかった。

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